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招福楼 その1:お料理編

近江の奥座敷、いざ故郷の総本山へ

滋賀県のさらに奥、ICカードが使えない近江鉄道に揺られてようやく辿り着く交通の要衝八日市。滋賀が誇る懐石料理の総本山、招福楼は、その駅前に静かに佇みます。

滋賀県生まれ・育ちの私がこの名店の名を知ったのは東京勤務時代でした。大層美食家のジャーナリストさんと食の話で盛り上がったところ、

「滋賀出身なら、招福楼だね。」と。

???「なんですか、それ?」

「招福楼、知らないの?吉兆と並ぶ和食の名店だよ。僕は、吉兆よりも招福楼の方が好きだなぁ。」

招福楼って高級すぎて、、、滋賀民なら誰もが知る有名店ってわけではないんですよね。私が貧乏なのか?と思ったけど、周りの滋賀県民もそんなに知ってるわけでもない。

さて、そんな会話を交わしたのは2017年。あれから5年、招福楼のランチに2回お邪魔し、満を待して、ついに招福楼でお夕食をいただきました‥!

神社の境内のような広い砂利道を進み、石の太鼓橋を渡る頃、下駄番さんが出迎えてくださります。冬芽をつけて春を待つ桜の枝に頭を撫でられながら、門を抜けて中居さんが跪づく玄関へ。

30代の小娘2人で初めてきた数年前は緊張でカチコチでしたが、3回目ともなれば
「こんばんは~、お世話になります〜😊」
と、微笑む余裕も。成長したぞ!と変なところで食べる前から感慨無量です(笑)

お部屋は「灯火の間」

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桐一枚板の壁面照明が、やわらかく土壁のお座敷を照らします。そこは、茶道の茶室が本来あるべき、質素な空間。物質的な豊かさとは一線を画した、精神的な豊かさを希求する静謐な世界。昼よりは、圧倒的に夜ですね。仄暗い照明が、静かな別世界を生み出します。

先付 うにとうどと帆立、菜の花?

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2月、立派な枝振りの梅がお出迎え。ただのおひたしに見えて、神業的淡い均衡。クセやえぐみはもちろん徹底的に取り除き、それでいて全く水っぽいさはなく、出汁の加減も素材の風味を邪魔しない絶妙な加減。素材の持つ味わいと風合いを束ねてすべてが調和する均衡点に調整されたおひたし。おひたしに、一品目から招福楼の哲学を感じます。

煮物椀 蟹真丈とキクラゲ

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福良雀のぷくぷく可愛らしいお椀に、冬の味覚、蟹でおおわれた真丈。もうほとんどそのまんま、城崎で食べるあのあまーい蟹!すごいのがキクラゲ。じゅんさいを連想させるほどトロリとした食感で、透明な出汁の中にあって、なぜか全く水っぽくもない。出汁の味と境界線を失って見事に一体に溶け合っている。普通に見えて、普通のものはひとつもない。

あぁ、これですよ。この探しに行って初めて気づく驚き。

澄み切った透明な出汁を張ったいっぱいの椀で、これだけ唸らせ、堪能させる。やはり恐るべし、招福楼…。

向付 烏賊、鯛、赤貝

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相変わらず、和食店のお刺身はねっとりと旨味があって美味しい。この赤貝の下に実は肝があって、それが、肝の旨みはあるのに何故か臭みというか、肝特有の味だけが引き算されていて、口の中でありえないことが両立している???普通に見えて、ヒトサラごとに謎だらけ。

焼物 マナガツオ

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赤・金、梅、マナガツオ。

旧正月と立春のお祝いムードでしょうか?招福楼では、焼物は茶懐石流に鉢に入れて提供され、竹箸で各自の皿に取り分けるスタイルです。なんだかお茶会もどきで楽しい。

このマナガツオの西京漬け、実はごっつう立派なシタビラメくらいの厚み!多分4センチくらい。こんなマナガツオ初めて見ました( ゚Д゚)
皮目には1ミリ間隔で見事に並行に包丁が入れられていて、西京漬けなのに皮目も身も少しも焦げることなく、身が締まることもなく、でもふっくらしっとりおいしさたっぷり。皮目の臭みは全くなく、腹側はそれはそれはもうにじみ出るほどに脂が乗っていて、うま味がすごい!そして臭みは探してもない!全くない!!(・・?

相変わらず、見事な焼き物です。
一見ただの焼き魚ですが、どれだけ新鮮な大物を仕入れても、味噌漬けにして焼いただけではこんな代物できません。毎回謎です。普通に見えて、普通のものはひとつもない。うーん、、、やっぱりすごい!

八寸 赤貝の鉄砲和え、いくら、さより、くわい、水菜のおひたし

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これも茶懐石仕様。ただ、吉兆のようなハレの日の華やかな演出とはまた異なり、あくまで茶道の精神を濃く残した、海のものと山のものたち。

が。ここは招福楼。
ただの酒のあてなわけがございません。このおひたし、何故かわからないけど、竹箸で取ると、ひと塊となって美しく取り皿に移るんですよねー。先付けよりも全体の味わいに少しメリハリが加わり、お酒にあいます。
そして手前のクワイの素揚げのクリームチーズサンド。クワイの芳ばしさとほのかな芋の滋味を邪魔せず、爽やかさとコクを加える絶妙な酸味となめらかさに調整されたクリームチーズ。妙技ですね。どうやったらこんな味と舌触りの計算ができるのか?計算通りに作れるのか?天才だから???

全部書くと終わらないので割愛します。

揚げ物 車海老、ふき、赤貝

炊き合せ 湯葉とぜんまいとせり

写真は割愛。
八寸でお酒が進み、この辺で、「ここ数年、人間ってなんだを考えてて…」とか、「陰影のコントラストが日本の美意識であって、云々(以下省略)」とか、「自分の中にないものを求める気持ちが愛の定義ってカズオイシグロが、云々(以下省略)」とか訳のわからん話で盛り上がり、極めて美味しいものを食べ続けて感覚が麻痺し、記憶が曖昧に。。。

でも厚焼き卵のように巻いて油に潜らせたふわとろの香り高い湯葉と、少ししっかり目のお出汁があまりにも美味しくて、、話が一瞬頭から飛んだのは覚えてます。

強肴 このこと山芋の酢の物

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このことは海鼠の卵巣だそう。この時期にしか採れない貴重な食材とか。独特の刺すような強い味わいを感じますが、お酢と塩気、旨みとバランスがとってあって、なんとも箸が止まらないお味でした。お食事も終盤で、しっかりとお酢も効かせてあり、さっぱりします。この辺りからリフレッシュして現実に戻りました✨

京都で年配の招福楼出身の方のお店に通ってるのですが、そちらはほぼお酢は効かせず柔らかく角を取る味の作り方のなので、招福楼も時代と共にスタイルを変えていっているのでしょうか?先日の柊家さんも、新しい料理長に変わったのもあって、正統派和食の中にメリハリを効かせた、モダンな作品に磨かれていたような。

閑話休題

白飯・香の物・留椀

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4万円近く払って、白ごはんとお漬物と赤出汁を出されたら普通怒るとこですが、この極めてシンプルなお膳で感嘆させるのが招福楼。

まず、茶事らしく柔らかく炊き上げたお米の甘いこと。私、生まれてこの方滋賀県産の米を食べていて、東京都内のスーパーに売られてるコシヒカリやら秋田こまちを食べたら味がなさすぎて米とは思えず、ずっと実家から滋賀県産の米を送ってもらって暮らしておりました。(いえ、新潟や秋田のお米は美味しいに違いないと思います。ただ、東京の一般の流通に乗ってる米は、、、どうなんでしょう?)このお米、この炊き上がり、地味に結構すごい。

そして留椀。しじみ椀の予想通り、しじみ汁。
ただし!!!
直径1.5センチのほぼ球体になるほどぷくぷく肥えたしじみが世の中に存在したなんて…(@_@)
しじみを食べても、しじみ特有の苦味が消されていて、淡いけど牡蠣のようなクリーミーな旨みの塊になっている、、、。そんでもって、極めて塩気が薄く、出汁の旨味が濃く、香り高い赤出汁。
満腹の状態で、濃さもくどさも全くなく、最後の一滴まで堪能したい留椀。

何これ?魔法ですか?

主菓子 下萌え

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びっくりするほど柔らかく、なめらかで優しい甘さのきんとん。外側は黒豆で作っていて、中から草色に色付けされた白小豆のきんとんが出てきます。芽吹きの春はもうすぐですね〜。

さて、おうすのお茶碗は…。
梅→北野天満宮→牛→牛にまたがる大黒天のおめでたいお茶碗。
掛け軸やお花、器などのこういうもてなしの趣向にどこまで気付けるか、と言うのも、茶懐石の流れを汲む和食の面白いところ。

普通じゃない、招福楼

写真にすると本当に控えめで質素で、わかりやすい高級食材や華々しい盛り付けはありません。でも、ひと口いただくと、一見ありきたりでシンプルな料理に、想像もつかない手間暇をかけて、普通ではあり得ない極みに研ぎ澄ましている。

普通に見えて、普通のものはひとつもない

研ぎ澄まされた感覚の中で勝負する、招福楼の静かな挑戦。是非皆さん自身の舌で、味わってみてください。

その2:おもてなし編へ続きます。

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