早稲田大学人間科学部eスクールについて

 すがやみつるは2005年4月から2009年3月まで、インターネットを使った通信制大学の早稲田大学人間科学部eスクールで学びました。ここに紹介する文章は、「小松左京マガジン」(第29号/2008年1月28日発行)に掲載されたもので、発行者から許可を得て掲載しています(当初掲載していたブログが終了したため、こちらに転載しました)。

(「小松左京マガジン」第29号・2008年1月刊・掲載原稿)

 マンガ家五十八歳、早稲田で学ぶ

            菅谷 充(すがやみつる)

●なぜ、マンガ家がeスクールに入学したのか?

「これは、オレのためにつくられた大学だ!」

 こんな不遜な確信を抱いたのは二〇〇四年四月一日のことだった。

 この日、大相撲の旭鷲山関が紋付き袴姿で早稲田大学の入学式に参列する様子がテレビのニュースやワイドショーで報じられ、同時に旭鷲山関が学ぶのが、インターネットを利用した通信教育であることも伝えられた。

 ——ついに日本でも、ネットを利用した本格的な通信教育がはじまったのか!

 ぼくは、少し感慨深い思いを抱きながらパソコンをインターネットにつなぎ、eスクールと呼ばれる早稲田大学人間科学部の通信教育システムについて調べてみた。その結果、冒頭のような確信を抱くことになったのだ。

 感慨深い思いを抱いたのには理由があった。二十二年前の一九八五年四月、海外のF1レース情報ほしさにパソコン通信をはじめたぼくが、生まれて初めてパソコンで接続した先が、ニューヨーク工科大学の通信教育システムだったからである。

 当時は英語がチンプンカンプンだったので、入口をチラリと覗いただけだったが、「いつか日本でも同じような通信教育がはじまったら、そのときには受講してみてもいいかな……」とボンヤリ考えたのを憶えている。ぼくは高校時代、大学進学率がほぼ一〇〇パーセントの受験校に通っていたが、経済的な理由で進学を断念し、マンガ家になることを優先した過去を持っていた。その頃から抱きつづけていた学歴コンプレックスが、ネットを使った通信制大学への淡い期待を抱かせたものらしい。

 その後、コンピュサーブ(CompuServe)というアメリカの商用ネットに参加し、メッセージを書き込みはじめた頃のこと。ぼくのひどい英文を見かねたプロのジャーナリストたちが、電子掲示板に「ミツルのための英語講座」を開講してくれたことがあった。新聞社や通信社の記者、企業の広報担当者といった英文のプロたちが、ボランティアでぼくの英文を添削してくれたのだ。おかげでぼくは、半年も経たぬうちに英文レポートを書くコツをつかみ、いつしかアメリカやフランスのレース雑誌に、日本発のレース記事を寄稿するまでになった。

 短期間で英文レポートが書けるようになったのは、パソコン通信という双方向のコミュニケーション手段があればこそだった。しかも生徒ひとりに対し教師が多数という恵まれた環境でもあった。さらに時差のせいもあって、二十四時間休みなしの集中特訓講座になっていた。

 このような経験から、早稲田大学人間科学部eスクールのような双方向のインターネットを使った通信教育なら、二十四時間いつでも好きなときに学べるし(ぼくのような昼夜の生活が逆転している人間には、とくに打ってつけだ)、しかも効率よく学ぶことができるのではないかと思ったのだ。

 eスクールのWebサイトにアクセスして調べてみると、まさに予想したとおりの内容だった。「オレのためにつくられた大学だ」などと不遜な考えを抱くに至ったのも、ここに理由がある。

 この数年、学歴コンプレックス以外にも、大学で学ぶ必要性を痛感するようにもなっていた。少子化のせいで定員割れを起こすようになった大学や専門学校が、学生確保のために(だけではないかもしれないが)マンガの学科や専科を設けるケースが増えているのだが、そんな学校から、ぼくのところにも講師の口がかかるようになったのだ。

 とはいえマンガ家としてのキャリアは長いが、大学で学んだ経験がないために、高等教育機関での教え方がわからない。そんな講師では、お金を払って学ぶ学生に失礼ではないか。また、マンガの技術を教えるのなら、これまで勘と経験でこなしてきた仕事の内容を、体系的に捉えなおす必要がある。

 マンガ教育では長いキャリアをもち、体系的な教育体制を整えている大学もあるが、学生集めのためだけにマンガ学科を設けたと思えるような大学や専門学校も少なくない(どの大学もマンガ学科は高い入試倍率を誇っている)。その多くがマンガ家になるための学科やコースを設定しているが、マンガの需要が激減している現状では、ニートやフリーターの養成機関にしかならないのではないか。そんな危惧ももっていた。

 文学部で学んだ学生のすべてが作家をめざすわけではない。いや、文学部を出て作家になる学生など、ほんの一握りにすぎないだろう。大半の学生は、文学部で学んだ知見をベースに、マスコミや広告、あるいは文学とはまるで無関係な業界に就職するはずだ。

 同様に、マンガ学科で学んだ学生も、そこで得た知識や見識を、卒業後、IT産業や広告などの業界で活かせるようなカリキュラムが必要なのではなかろうか。

 さいわい日本においては(いや近頃は世界各国においても)、アニメからゲーム、実写映画から広告、ライトノベルやケータイ小説に至るまで、マンガ的な表現が満ちあふれている。たとえば「マンガの面白さ」や「マンガのわかりやすさ」を学ぶことで得られた知見は、他の分野でも活用できるのではないか。つまり「ペンに墨汁をつけてマンガを描くことだけが、マンガを学ぶことではない」ということだ。

 そのような広義のマンガを教えようとしたら、教える側にも広い知識と知見が必要になる。ストーリー作りには小説や映画の脚本の作法が求められるだろうし、もっと基本的なドラマづくりには、心理学の知識が必須になるようにも思われた。ハリウッドの映画づくりを見ていると、セオリーとメソッドとシステムに充ち満ちている。マンガも、現在、政府が後押しするような〈産業〉とみなすなら、やはり「マンガ工学」とでも呼べるシステマチックな考え方が必要ではないか。

 大学で学んだ経験もないのに、このようなことばかり考えていたのだが、早稲田大学人間科学部eスクールの開講科目を見ると、心理学系の科目が豊富で、しかも「教育工学」系の授業も多いではないか。つまり教育をエンジニアリングやシステムとして捉えているということだ。

 ——ここで学べば「マンガ工学」を考えるうえで役に立つ知見を得られるのではないか……?

 そんなことを考えはじめたら、いても立ってもいられなくなり、早稲田大学のオープンキャンパスにも出かけて追加情報を集めると、ついに受験を決意した。

●志望動機書と面接だけの入試と高い学費

 早稲田大学人間科学部eスクールの入学試験は一次、二次に分かれている。一次試験は志望動機書による書類審査のみ(ただし手書きで三千字)。一次試験に合格すると二次の面接試験に進むことができる。

 高校を卒業してから三十八年が過ぎ、その間、勉強などというものとは無縁の生活を送ってきたぼくが、受験を決意できたのも、学科試験がなかったからである。センター試験などが必須とされていたら、きっと受験を断念していたことだろう。

 一般的な通信制大学と同様に、eスクールにもスクーリングを必要とする科目があるが、スクーリングのない科目だけを選択すれば、キャンパスに赴くのは、二次入試にあたる面接試験と卒論の口頭試問の二回だけですむ。

 卒論の口頭試問は、eスクールの「質」を維持するために実施されるもので、教員や学生の前で卒論の要旨をプレゼンし、鋭い質問を受ける必要がある。通信教育では、その気になれば卒論の代筆も可能になる。口頭試問は、そのような不祥事を防止するためのシステムでもあるらしい。

 早稲田大学のeスクールと他の通信制大学の最大のちがいは、学費が高いことだろう。入学金が三〇万円。授業料が一単位につき二万九〇〇〇円。卒業までに最低百二十四単位が必要なので、授業料だけで三五九万六〇〇〇円が必要になる。そのほかに設備費が一年につき一〇万円。最低年限の四年間で卒業できたとして、四二九万六〇〇〇円が必要になる。

 この金額は通学制の授業料と変わらない。しかも、他の通信制大学とくらべると、数倍から十倍以上も高いのだ。これだけの高い授業料を支払っても得られるものがあるかどうかが、eスクールに価値を見出せるかどうかの分かれ目になるだろう。さいわいにしてぼくは、高い授業料を支払うだけの価値のある教育システムだと考えている。

●eスクールの概要

 早稲田大学人間科学部eスクールは、人間環境科学科(環境)、健康福祉科学科(健福)、人間情報科学科(情報)の三学科に分かれている。

 五年目となった二〇〇七年度からは、いちど大学や専門学校を出た経歴を持つ再履修者のため、αコースという二年生に編入できる仕組みができた。こちらのコースなら最短三年で卒業できる。高卒の場合は四年生のβコースを選ぶことになる。大学や大学院を卒業していても、希望すればβコースを受講できる。αコースを三年で卒業するのはハードなため、推薦による大学院への進学を狙っている人は、大卒でもβコースを選ぶ傾向があるらしい。上位1/3に入る成績を確保し、最低年限で卒業できる見込みのある学生は、大学院への推薦入学の資格が得られるからである(ぼくも、この推薦入学の資格を得て研究計画書と面接だけの試験を受けたところ、なんとか合格でき、二〇〇九年から大学院に通うことになった)。

 eスクールの一学年は二〇〇七年度で二百四十二人。学生の年齢は、下は十八歳から上は七十歳台まで。平均年齢は四十歳弱で、大半が社会人だ。

 ぼくのような高卒で入学したのは1/3ほどで、残る2/3の人たちは、大学や短大、専門学校の卒業生だ。博士や修士も少なくない。

 学生の職業はサラリーマンが中心だが、それも若いサラリーマンやOLから、役員、経営者まで。ほかにも医師、歯科医、大学教授(何人もいます)、公務員、マンガ家(ぼくのほかにもおりました)など、もう千差万別といっていい。近頃、企業の労働環境に関連して〈ダイバーシティ=多様性〉という言葉をよく聞くが、学びの場でのダイバーシティといえば、やはり通信制の大学の独壇場になるだろう。

 旭鷲山関のようなスポーツ選手も多く、Jリーガーの選手やプロ野球のコーチもいる(二〇〇八年度には現役のプロ野球選手も入学した)。フィギュアスケートの中野友加里選手は、遠征が多いことを考慮して、ネット接続の環境さえあれば、いつでもどこでも授業が受講できるeスクールを選んだそうだ。彼女と同じ科目を受講したことがあるが、カナダに遠征中も休むことなく授業を受け、素晴らしい内容のレポートを提出しつづけていた。

 また、芸能界で活躍する学生も多いらしいが、芸能関係の学生には授業で出会ったことがないので実感がない(最近、女優をしている若いeスクール生とネットで知り合いになった)。また、ヨーロッパのレースに参戦中の若きレーシングドライバーもいる。

 最も人気の高い学科は〈健福〉で、学生の数も他の学科の二倍ほど。病院や介護施設などの現場で働くプロの女性が多いのも、この学科の特色だ。半数以上の学生が、心理療法士などの資格を得るために、大学院への進学を希望しているという。

〈環境〉には建設や土木関連の職に就いている学生が多いようだ。これらの業界では、アセスメントの問題など、環境に関する知識が必須となっている。そこで、あらためて大学で学ぼうと考えた人が多いらしい。

〈情報〉は、高校の情報科教員免許が取得できることから、高校の教師や教育関連の企業で働く学生が多いようだ。

 ちなみにぼくも〈情報〉を専攻しているが、実際には他学科の授業も自由に選択できる。「学際的な授業」を売り物にしているためでもあるが、各学科の科目数が少ないために、他学科の科目も受講しないと卒業に必要な単位を取得できないという現実的な一面もある。

 ちなみにeスクールは、二〇〇七年春に初の卒業生を出したが、一期生百六十九名のうち、約1/3にあたる五十三名が卒業した。一般的な通信制大学では、卒業する学生が五パーセントに満たないといわれている。それに比べるとeスクールの卒業者の割合は驚異的とさえいえるだろう。しかも、このうち十七名が大学院に進学した。

 大学側のシミュレーションでは、社会人が卒業までに必要とする単位を取得するには六年かかるものと見なされていたそうで、それ以上のペースで卒業する学生が多かったことは、大学にとっても想定外の事態だったらしい。

 学びのモチベーションが高いのは、高い学費を自分で払う社会人学生が多いからだろう——というのがeスクール生の一致した意見となっている。

●eスクールの授業

 早稲田大学eスクールの授業は、基本的にパソコンの画面に表示されるビデオを見て受講する。一科目につき最大で一時間半ほどの授業が、毎週、ブロードバンドを使ったストリーミング方式の動画で提供される。月曜日の午前零時から日曜日の午後十一時五十九分までの一週間のうちに、ビデオを見れば「出席」となるが、見損ねると「欠席」となり、成績にも影響が出る。

 といっても一週間の時間があるため、よほどのことがなければ欠席することはない。通学に時間をとられるうえに、休講も多い通学制にくらべると、みっちり受講できるシステムになっている。

 また、過去の授業はバックナンバーとして、いつでも好きなときに何度でも再受講できる仕組みになっている。eスクール生のほうが通学生よりも成績が上だといわれているが、その理由は年齢やモチベーションのちがいだけではない。欠席がなく、何度でも復習できるシステムが、eスクール生の成績を支えているともいえるのだ。

 そのため通学制の一部の授業でも、ネット上のビデオによる授業の再履修ができるようにして、欠席した授業の穴埋めや復習に役立てるようにしたという。これはeスクールという制度の波及効果ともいえるだろう。

 このようなことが簡単にできるのは、eスクール向けのビデオ授業の多くが、通学制の授業をビデオカメラで撮影したものだからである(ほかに専用のスタジオで、教員による講義を収録したものもある。こちらは放送大学の授業に似たイメージだ)。

 各科目には専用のBBSが用意されており、教育コーチと呼ばれる教員の補佐役が、課題を出したり質疑応答に応じてくれる。彼らの役目は、いま流行の言葉でいえば、メンターということになる。メンターとは「よき助言者、顧問」などを指す。

 授業の評価は出席のほか、授業の内容が確認できたかどうかをチェックする小テストと課題に応じたレポートが主流となっている。どれだけ暗記できたかを試すテストが主力だったら、ぼくのような記憶力の衰えた中高年は、確実に落第してしまうだろう。それなりの好成績を維持できているのは、調べて書くレポートが中心のおかげでもある。

 レポートは、ワープロソフトの「ワード」や「エクセル」、あるいはPDFのファイルでアップロードする。授業の受講だけでなく、課題やレポートの読み書きから送信まで、パソコンの使用が必須となる。

 インターネットを使った通信教育ということもあり、eスクールの学生は、全員がパソコンやネットに習熟しているものと思っていたら、実はそうでもないことが入学直後に判明した。eスクールで学ぶために、初めてパソコンやネットをはじめた学生も多かったのだ。そのような学生は、パソコンの使いこなしに時間をとられるため、肝心の授業についていくのが大変になる(そんな学生のため、スクーリングの機会を利用して、ボランティアでパソコン講座をひらいたこともある)。

 ちょっとユニークなのは、必修科目となっている英語の授業だろう。英語の授業は外部のビジネスマン向け英語教育会社にアウトソーシングされているのだが、一週間おきにネイティブの外国人から電話がかかってきて、あらかじめ定められた課題に応じた内容の英会話をする必要がある。英会話のない週はライティングの課題が提出されることになっている。

 スクーリングが必須の科目もある。教員免許取得に義務づけられている体育の授業がそれだ。体育にはソフトボール、ジョギングとストレッチ、ソフトテニスの三科目があり、通常は、それぞれ出題されたランニングや素振りなどの課題を自宅でこなすことになる。

 スクーリングは期末に一泊二日で実施される。所沢キャンパスにあるソフトボールや陸上競技、テニスコートなどの施設を使って実技をするのだが、技術の優劣を競うよりも、学生同士の親睦や〈早稲田魂〉の育成と継承を目的としているような印象もある。そのせいか体育の授業は、いずれも学生に好評で、出席者も数十人規模に達することが多い。

 従来の郵便などを利用した通信教育では、学生ひとりひとりが孤独に苛(さいな)まれることが多く、それが受講の継続を困難にしているといわれている。だがeスクールでは、内部のBBSだけでなく、ソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)のmixiなどで、学生同士が連絡を密にとる例も少なくない。課題が集中する学期末になると、厳しい状況を慰め合ったり、激励し合ったりする光景が、mixiのあちこちで見受けられる(ぼくも、パソコンが苦手なeスクール生のために、mixiでパソコンやネットの使い方を手助けするコミュニティを開いている)。

 このようなネット上のコミュニケーションの場が、従来の通信教育にはありがちだった孤独感を排除し、反対に、学生同士の連帯感や士気を高めるのに役立っている。

●ゼミ、図書館、そして学割

 eスクール生も三年生になるとゼミに所属するが、通学制と異なり、教員と接する機会も少ないため、基本的にはシラバスだけでゼミを選択する必要がある。

 ゼミに所属するためには、どのような研究をしたいのかを志望動機書にまとめて提出する必要がある。定員以上の志望者があった場合は、そのゼミが所属する学科の学生が優先される(定員以内なら、他学科のゼミへの所属も可能)。

 ぼくは「インストラクショナル・デザイン」という教育工学系のゼミに所属し、「マンガは、なぜわかりやすいのか?」をテーマとした卒論を書くために、日々、卒業研究に取り組んでいる。

 同じゼミには男性二名、女性二名が所属しているが、三十歳の女性が最年少で、五十七歳のぼくが最年長(指導教員より九歳も年長だ)。

 こんな年齢層でも大学生は大学生。先日は、ゼミ合宿というものを体験したが、合宿場所は東京ディズニーリゾートに隣接した高級ホテル。飲んで食べてテーマパークで遊び、そのうえで研究の経過発表と、贅沢な〈大人のゼミ合宿〉を堪能した。このようなゼミ合宿ができるのも、社会人学生のいいところだろう。

 個人的に運がよかったのは、自宅が西早稲田キャンパスと所沢キャンパスの中間地点にあったことだ。地方在住の学友には申しわけないが、授業のレポートや卒業研究で足りない資料があれば、すぐにどちらかの図書館に行くことができるのだ。とりわけ西早稲田キャンパスにある中央図書館は、蔵書も多く、しかも午後十時まで開いている。地下にある書庫には、古い貴重な図書も多いのだが、そんな資料まで惜しげもなく貸してくれるのだ。

 図書館の蔵書もネットで検索でき、レポートや論文の引用文献にするものは、「RefWorks」という文献データの管理システムに取り込んで整理することができる。

 図書館の蔵書以外にも、新聞記事や論文の検索なら、自宅にいながら図書館のサーバー経由でオンラインデータベースの利用が可能で、便利に使わせてもらっている(これも年間十万円も設備費のうちだろう)。

 このような早稲田大学の〈知のインフラ〉は、いちど体験すると手放せなくなるものだ。どうせなら八年間在籍して、図書館を使い倒してやろうか——などという不埒な考えまで脳裡をよぎっていたが、結局、大学院に進む道を選ぶことにした。

 eスクールという通信教育課程の学生といえども、資格の面では通学制の学生となんら変わりはない。交通に関する学割はスクーリングのときしか認められないが、それ以外の映画や演劇は、学割料金でありがたく楽しませてもらっている(ただしぼくの場合、映画は「夫婦50割引」のほうが安い)。高価なパソコンソフトもアカデミックパックを学割価格で購入できるので、実にありがたい。

 最後に、ぼく自身のことを少し。

 二〇〇四年暮れにeスクールへの入学が決まると、ぼくが最初にしたことは、エレキギターを買うことだった。

 大学生になる→青春を謳歌する→青春といえばエレキではないか——という単純な発想は、ベンチャーズとグループサウンズで育った世代の悲しい性(さが)である。

 とはいえ高級品を買うのは憚(はばか)られ、楽天のネットショップでアンプやケースも含めた二十点セットを一万四四〇〇円で購入した。ところが、品物が届いたとたんに五〇肩を発症。ギターを担ぐだけで肩に激痛が走る事態となり、泣く泣くレッスンは中断した。

 二〇〇五年四月に授業がはじまったとたん、発症した五〇肩と入れ替わるかのように、スパッと消え失せたのが、長年苦しめられていた腰痛だった。それまでも同じ姿勢でパソコンに向かい、終日、文字原稿を書いたりマンガの絵を描いていたのだが、いつも腰に痛みが走る状態で、寝ているときにうめき声をあげることさえもあった。

 ところが仕事をしていたのと同じ椅子にすわり、同じパソコンの画面に向かっているというのに、eスクールの授業を受けるようになったら、知らないうちに腰痛が消えてしまったのだ。それも、「お父さん、最近、腰が痛いと言わなくなったわね」と家内に言われるまで、腰痛の存在を忘れていたほどだった。

 つまりぼくの腰痛は、『椅子がこわい——私の腰痛放浪記』を書かれたミステリー作家の夏樹静子氏と同じで、心因性のものだったらしい。毎日の授業や課題が楽しくて、ウキウキ気分でパソコンに向かうようになったのが、腰痛解消につながったのだ。それが証拠に、最近マンガの新連載をはじめたとたん、腰痛が再発した(涙)。

 この腰痛の例でもわかるように、eスクールは実に楽しい学びのシステムで、授業だけでなく、学生同士の飲み会からアイスホッケーをはじめとするスポーツの応援まで、遅れてきた青春を心ゆくまで堪能させてもらっている。

 そのうえに、eスクールというインターネット時代の通信教育のシステムは、実質的な学びの手段として、通学制よりも効率的で効果が高いことも実感した。当初は「通信制だから……」というエクスキューズを発することもあったが、そのようなネガティブな考えも、とうに捨て去っている。eスクールの成果と実績は、今後の卒業生の活躍でも証明されていくにちがいない。

 ぼく自身は、大学や専門学校でマンガを教えることを視野に入れながらも、あらためて創作に意欲を燃やせるようになった。とりわけ学歴コンプレックスのせいで尻込みしていたSFというものに、あらためて取り組んでみたいとも考えはじめている。

 早稲田大学eスクールで得た最大の成果——それは、ささやかな自信かもしれない。

                            〈了〉

※この文章は2008年に書かれたもので、現在の早稲田大学人間科学部eスクールの状況とは異なるところがあるかもしれません。最新情報はeスクールのWebサイトをご覧ください。

  http://www.waseda.jp/e-school/

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

21
マンガ家・小説家ですが、いまは京都精華大学マンガ学部キャラクターデザインコースの教員が本業になっています。2019年現在、マンガの仕事も復活しつつあります。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。