音楽と「跳躍」

こんにちはMSSさんです。ミキシングの記事では「音楽の立方体の箱」という概念を勝手に生み出しましたが、また勝手に新しい概念を思いつきました。それは「跳躍」です。

跳躍を思いついた経緯ははるまきごはんさんのゼロトーキングを聴いたときです。ゼロトーキングの中ではちょくちょく強くディレイのかかったsaw波のシンセが挿入されます。どこかで聴いたことがある人は必ずいるはずです。あのsaw派はトランスミュージックに使われる音色です。

ゼロトーキングという楽曲は4つ打ちではありますがトランスとはまったく異なる雰囲気の楽曲です。なのにトランスに使われるシンセの音色に違和感がありません。はるまきごはんさんの楽曲にはたびたびこのようなことが発生します。Phantom Springでははるまきごはんさんの世界にまたもや違和感なく激しくエモーショナルなギターサウンドが挿入されます。このギターサウンドはenvyなどの国産エモーショナル・ハードコアのサウンドの影響を強く感じます。Tシャツの筋肉質なバンドマンたちがデスボイスで絶叫をし、ライブ会場ではとても危険なレベルのモッシュピットが発生する音楽です。「バカを言うな、そんなわけないだろう」という方はぜひenvyを始めとするエモーショナル・ハードコア、ニュースクール・ハードコアを聴いてみてください。

このように音楽のサウンド面にはたびたび「その音楽の文脈とは異なる文脈を歩んだ音楽からエッセンスを持ってくる」という手法が見受けられます。次に僕は歌詞の世界でもこの手法が使われている(歌詞は作家が意図的ではない場合は発生していると言ったほうが適切かもしれません)のではないか考えました。

今パッと浮かぶのは2曲。まずはフィッシュマンズの「いかれたベイビー」。この楽曲はとても優しいレゲエサウンドで歌詞全体の雰囲気も「キミ」のとても好きなところを歌った優しいラブソングです。山崎まさよしを始め色んなアーティストがカバーしているフィッシュマンズの中でも有名な曲です。ご存知の方はあらためて聴いて頂きたいのですが、この優しい楽曲に「いかれた」という狂気的なワードは適切ではないと感じませんか?少なくとも楽曲の雰囲気から「いかれた」というワードの雰囲気には距離があります。

2曲目はブランキー・ジェット・シティの「悪い人たち」。ブランキー・ジェット・シティはコンセプトとして「ブランキー・ジェット・シティという架空の街で起こる様々なぶっ飛んだ出来事」を歌詞にし、出来事にふさわしいサウンドを鳴らします。そんな彼らの曲の中でも「悪い人たち」はとても優しい曲です。ゆりかごのようなベースラインに赤ちゃんのガラガラのようなギターアルペジオがずっと続く、ロックミュージックで子守唄を鳴らしているような、そんな曲です。そんな優しい曲の中で紡がれる歌詞は「悪い人たち」がとある街にやってきてから残酷の限りを尽くし、セックスや麻薬にふけり女を犯し、残酷であればあるほど街では週刊誌が飛ぶように売れ、やがて悪い人たちは文明を築くという歌詞です。色んな解釈があると思いますが、人間とこの現実世界を浅井健一の言葉で歌った曲のように聞こえます。そして楽曲は最後、消えて無くなってしまったほうがいいくらい悪い人たちがめちゃくちゃにした街で新しい命が生まれます。「きっとかわいい女の子だから」の繰り返しで曲は幕を閉じます。この楽曲は優しいサウンドに対して「きっとかわいい女の子」以外すべてのワードが不適切なショッキングなワードばかりです。ロックミュージックの名曲ではこの2曲のような「楽曲の雰囲気とは距離のあるワードの使用」がちょくちょく見受けられます。

サウンド面では「楽曲全体の雰囲気を生み出している文脈から使用している音色やフレーズの文脈に距離がある」こと、歌詞では「楽曲全体の雰囲気から使用されているワードの雰囲気に距離があること」がわかりました。名曲と呼ばれ僕自身もとても好きな楽曲にはサウンド面と歌詞の2つにおいて似た現象が発生しています。この現象は距離が発生していることを意味しているので「跳躍」と名づけました。名曲は「跳躍」が多いように感じます。

僕が毎度毎度感動した楽曲についてうんたらかんたらいろいろ考えてるのは「なぜ感動したのか?」を自分の中で考えたいからです。それはちょっと野暮なこともわかっています。僕はボカロ曲の作曲もしています。「跳躍」という概念に気づいてしまったがゆえになるべくとらわれないように心がけたいと思いました。なぜなら感動がテクニックによって意図的に生み出せるなんていうのは聴いてくれる人をバカにしたおこがましい考え方だと思っているからです。わたしたちはまず説明できないほどの感動が先にあって、なぜ感動したか考えるのは心を鎮めてからでいいのです。それは夏休みの読書感想文ガチ勢だったり、友達や恋人と映画館でステキな映画を観た後にカフェで映画の感想をおしゃべりするようなことだと思っています。それはガチでもカジュアルでも一人でも二人でもいいんです。何かに出会ってグッと来てしまうたび、僕は生きてることは素晴らしいことだなと思ってしまいます。

みなさんも今度ご自身が好きな楽曲を聴く際に「跳躍」が発生しているかどうか探してみると、好きな曲がまたさらに味わい深く心に残る大切な楽曲になるのではないかと思います。あなたの心に残る大切な楽曲に、二度目三度目の恋をしてほしいです。

長い文章を読んでいただきありがとうございました。それではまたの機会に。

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