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学振DCにとって大学院で学ぶことは不要のものですか?

ぼちぼち確定申告の季節も近づいてきていますので、今回は「日本学術振興会特別研究員(DC)」と所得税に関わる(ちょっとした)問題を書いておきます。

特別研究員制度は様々な課題がある制度ですが、今回は「学費は研究奨励金を得るための経費か?」ということを日本学術振興会とやり取りした経緯を紹介しながら、博士課程と研究の関係を考えたいと思います。

「日本学術振興会特別研究員(DC)が大学院在学のために支払った大学院授業料が特定支出に該当するか」という所得税に絡むややマニアックにもみえる問い合わせを行う中で、「学振DCにとって大学院で学ぶことは不要のものなのか?」という特別研究員制度に潜む矛盾が浮かびあがってきます。

「日本学術振興会特別研究員(DC)が大学院在学のために支払った大学院授業料が特定支出に該当する」と考える根拠

一般の会社員が仕事に関係するような研修を受けた場合、その費用に相当する給与を所得税の課税対象にしないようにする(=研修費を必要経費として扱う)ことができます(これを「給与所得者の特定支出控除」と言います)。これには会社から研修が職務に必要であることを証明する証明書を発行してもらう必要があります。

厳密には、所得税法第五十七条の二第二項第三号によれば、「職務の遂行に直接必要な技術又は知識を習得することを目的として受講する研修(人の資格を取得するためのものを除く。)であることにつき財務省令で定めるところにより給与等の支払者により証明がされたもののための支出」であれば、特定支出の一つに当たります。

では特別研究員の場合、職務とはなんでしょうか。特別研究員には研究専念義務を課せられており、これを遵守しない場合には日本学術振興会によって特別研究員の採用が取り消され、研究奨励金の返納を求められる場合があります。したがって、「特別研究員における職務とは研究遂行」と理解できます。

特別研究員は、次に掲げる事項を遵守しなければならない。
なお、下記の事項に違反したと日本学術振興会(以下、「本会」という。)が判断するときは、特別研究員の採用を取り消すとともに、支給済みの研究奨励金の返納を求める場合がある。
(1)特別研究員以外の身分を持たないこと (P.2「2.特別研究員の身分」参照)
(2)特別研究員の義務を遂行すること (P.3「3.特別研究員の義務」参照)
(以下略)
(日本学術振興会特別研究員 遵守事項および諸手続の手引(以下手引) p.1)
3.特別研究員の義務
特別研究員は以下に掲げる2つの義務を有します。
(1)研究専念義務
特別研究員は、出産・育児に係る採用中断及び病気を理由とする採用中断の扱いを受ける場合を除き、採用期間中、申請書記載の研究計画に基づき、研究に専念しなければなりません。(略)
また、特別研究員の研究課題の研究遂行に支障が生じるおそれがあるため、採用期間中、報酬を受給することは、原則禁止しています。(略)
(手引 p.3)

特別研究員(DC)の申請及び採用の条件には、「大学院博士課程への在籍」が含まれています。在学しなくなる場合には、特別研究員(DC)を辞退しなければなりません。また、学位取得の場合には、特別研究員(PD)への資格の変更が必要であり、この点からも、大学院博士課程への在籍が特別研究員(DC)の申請及び採用の条件であると理解できます。

1.趣旨
優れた若手研究者に、その研究生活の初期において、自由な発想のもとに主体的に研究課題等を選びながら研究に専念する機会を与えることは、我が国の学術研究の将来を担う創造性に富んだ研究者を育成する上で極めて重要なことです。
このため、独立行政法人日本学術振興会(以下「本会」という。)は、我が国の大学院博士課程在学者で、優れた研究能力を有し、当該大学で研究に専念することを希望する者を「特別研究員-DC」に採用し、研究奨励金を支給します
(日本学術振興会特別研究員-DC平成32年度(2020年度)採用分募集要項(以下、募集要項))
採用時においてこの申請資格を満たしている必要があります。(略)
(1) 特別研究員-DC1(大学院博士課程在学者)
在学年次 平成32年(2020年)4月1日現在、我が国の大学院博士課程に在学し、次のいずれかに該当する者(外国人も含む)
(略)
(2) 特別研究員-DC2(大学院博士課程在学者)
在学年次 平成32年(2020年)4月1日現在、我が国の大学院博士課程に在学し、次のいずれかに該当する者(外国人も含む)
(略)
(募集要項より)
特別研究員が以下の(1)~(4)に掲げる事項に該当する場合は、特別研究員の採用を辞退してください
(略)
(3)特別研究員-DC(略)が、P.12「8.採用後の学位取得等による資格の変更」以外の事由により、大学院に在学しなくなる場合(休学(出産・育児、病気に係る採用中断を除く)、留学及び停学を含む。)
(略) 
(手引 p.6)

一方で、大学院博士課程では、所定のカリキュラムを履修、単位を取得し、職務である研究の遂行に関わる技術、知識の習得を行っています。

よって、大学院在学は「職務の遂行に直接必要な技術又は知識を習得するため」に必要なものであると理解できます。したがって、大学院在学に必要な支出である授業料は、「職務の遂行に直接必要な技術又は知識を習得することを目的として受講する研修のための支出」であると考えることができます。

最寄りの税務署に聞いてみたところ、「給与等の支払者による証明書があれば、確定申告において控除が可能」とのことでした。

特別研究員制度における給与等の支払者は日本学術振興会です。したがって、日本学術振興会に対して、大学院授業料を、「職務の遂行に直接必要な技術又は知識を習得することを目的として受講する研修のための支出」として証明することを依頼する必要がありました。証明してもらえるか問い合わせてみました。

日本学術振興会の回答

 事業担当者としても、特別研究員に対して可能な限り柔軟な支援をしたいと考え、問題点の整理等を税務署と打合せをしました。
こちらとしても問題意識をもって臨んだのですが、以下の点から、
大学院の授業が特別研究員としての必要な技術又は知識を習得するためとは断言できないとなりました。
・申請要件として、大学院博士課程に在学(特別研究員で研究するための資格)していること。
・特別研究員以外の身分として、大学院生の身分を持てると認められていること。
・研究遂行経費において、大学院の入学料・授業料等の学費を含めることができないこと。
 対応に向けて何とか説明を続けたのですが、依頼に対する回答に至らず申し訳ございません。

あー。
これを受けて、「大学院の授業が特別研究員としての必要な技術又は知識を習得するためとは断言できない」というのが日本学術振興会としての見解か、それとも税務署としての見解かを確認してみました。その回答はこちら。

説明をさせて頂きますと、どちらか一方の見解ではありません。
両者で現制度の公募から採用後まで手引き等に基づいて議論した結果になります。その上で、大学院博士後期課程に在籍しているのは申請要件であり、
特別研究員という身分を付与し、自由な研究活動を進めることが本事業の趣旨となっています。
説明が難しいのですが、特別研究員の研究が先にあり、授業は技術又は知識を習得する場ではありますが、
特別研究員の研究は申請書に基づくものと整理しました

※過去、文科省と国税庁との研究遂行経費に関する調整において、授業料の計上は認められませんでした。
仮に特別研究員の研究遂行上、授業が不可欠であれば研究遂行経費となり、それがベストな対応になったと思います。

「大学院の授業が特別研究員としての必要な技術又は知識を習得するためとは断言できない」…?

そんな、まさか、大学院の授業が、研究遂行に直接必要な技術又は知識を習得するためのものではなかったなんて…。
挙げられたその根拠を一つ一つ再考してみます。

「申請要件として、大学院博士課程に在学(特別研究員で研究するための資格)としていること」への反論

博士課程の在学が申請のための単なる資格に過ぎないならば、休学していても在学には変わりないわけですが、休学、留学及び停学となった場合には採用を辞退しなければならないことを踏まえれば、「大学院在学」は形式的な在学を意味していません。実際に「技術又は知識を習得する」状態にあることを条件としていると解釈するのが妥当です。

大学院在学は「技術又は知識を習得する環境を含め、研究遂行のために必要な一定の研究環境を確保していることを担保するための要件」であると解釈するのが妥当であって、単なる「特別研究員で研究するための資格」とは言えません。

「特別研究員以外の身分として、大学院生の身分を持てると認められていること」への反論

確かに「手引」には「例外的に大学院生の身分を持てることを認める」という記述がありますが、しかし特任研究員(DC)が大学院生の身分をたなければならない」ことは、大学院在学が申請及び採用の条件であることから明らかです。

一方「特別研究員は、その採用期間中、原則として特別研究員以外の身分を持つことができません。」との規定は、制度の趣旨に照らせば「研究に専念する」ことを担保するための要件です。

2.特別研究員の身分
(1)特別研究員は、その採用期間中、原則として特別研究員以外の身分を持つことができません。但し、以下の①~④に掲げる例等については、例外として特別研究員以外の身分を持つことを認めています。
① 特別研究員-DCが受入研究機関において大学院生の身分(大学院設置基準第三十五条に基づく国際連携専攻における連携外国大学院の学籍を含む。)を持つこと
※特別研究員は学生として海外の大学・大学院に在籍する留学はできません。
(略)(手引より)

したがって、「例外的に大学院生の身分を持てることを認める」という趣旨の記述は、「特別研究員(DC)は大学院生の身分を持たなければならない」ことと、「研究に専念する」ために他の身分を持てないという要件の表現との整合性をとるための形式的な記述に過ぎないと考えるのが妥当です。

すなわち、「例外的に大学院生の身分を持てることを認める」という記述は、特別研究員の研究遂行において、大学院在学が付加的な要素であることを示すものではありません

「研究遂行経費において、大学院の入学料・授業料等の学費を含めることができないこと」への反論

今回、日本学術振興会に依頼したことは、「その者の受講する研修が職務の遂行に直接必要な技術又は知識を習得するためのものであること」の証明であって、直接的には「大学院の入学料・授業料等の学費が経費であること」の証明ではありません。

「特別研究員の研究の遂行に関連する経費」を特別研究員の研究奨励金に関する取扱要項の第2条2で挙げる5項目に限定しているからといって、日本学術振興会が特別研究員(DC)の大学院在学を「その者の受講する研修が職務の遂行に直接必要な技術又は知識を習得するためのもの」と認めることを妨げるものではないはずです。

(研究奨励金の内容)
第2条 研究奨励金は、次に掲げる経費に充てるために支給するものとする。
一 特別研究員の生計の維持に必要な経費
二 特別研究員の研究の遂行に関連する経費
2 前項第二号に掲げる経費(以下「研究遂行経費」という。)は、次に掲げるものとする。
(1)学会関係経費
(2)各種研究集会等への参加費
(3)学術調査に係る経費
(4)自宅での研究に必要な経費
(5)所属・関連機関への交通費
(特別研究員の研究奨励金に関する取扱要項)

「特別研究員の研究が先にあり、授業は技術又は知識を習得する場ではあるが、特別研究員の研究は申請書に基づくものであること」への反論

この見解が、「研究遂行が研修(授業)より先に行われているから特定支出に当たらないこと」を意味するのであれば、次の理由から妥当ではありません。所得税法は、特定支出について、各年に提供を受けた役務に対応する支出を指しています。また、研修に関する特定支出について、単に「職務の遂行に直接必要な技術又は知識を習得することを目的として受講する」ことを要件としています。職務に就く前に、研修が先に始まっていたとしても、就職・転職等により生じた新たな職務の遂行に直接必要であるのであれば、この要件に該当すると解釈することが妥当です。要は時期の前後は関係なく、必要か、必要でないかが問題です。

この見解が、授業と研究遂行とは独立している(関係がない)ことを意味するのであれば、次の理由から妥当ではありません。申請及び採用の条件である大学院在学によって受ける授業で得る技術又は知識が、研究遂行と無関係であるならば、そもそも研究専念義務を課していることと矛盾します。授業が研究遂行と無関係であるならば、極論、研究専念のために「授業を受けてはいけない」ことになりますが、当然のことながらそのような制度にはなっていません。また、特別研究員(DC)においては、特別研究員(PD)とは異なり、受入研究機関を教育機関である「大学院研究科」に限定しています(PDはその他の研究機関も可)。すなわち本制度は、授業による技術又は知識の習得が特別研究員(DC)の研究遂行に不可欠であることを前提としていると解釈することが妥当です。

再び日本学術振興会の見解

というようなことを述べたところ、下記のような返答をいただきました。

・申請要件として、大学院博士課程に在学(特別研究員で研究するための資格)していること。
⇒本事業の目的は、自由な発想に基づいて研究課題を設定し、将来、創造性に富んだ研究者を育成することにあります。
大学院が技術又は知識を習得する場であることは分かるのですが、学校教育法では大学院は教育機関と位置付けられており、
教育の成果を研究に活用すると整理しています。
このことからも、特別研究員の成果報告には、自由な研究であるうえ厳しい審査等を設けていません。
・特別研究員以外の身分として、大学院生の身分を持てると認められていること。
⇒プロジェクトで雇用されている研究員とは違い、自由な発想で研究を遂行するのが特別研究員になります。
独立した研究者に研究奨励金を支給しているものであり、研究活動をする上で教育機関である大学院に所属しても構わないと整理しています。
※将来、優れた研究者として活躍するには博士号を取得している必要があります。
・研究遂行経費において、大学院の入学料・授業料等の学費を含めることができないこと。
・特別研究員の研究が先にあり、授業は技術又は知識を習得する場ではあるが、特別研究員の研究は申請書に基づくものであること。
⇒「特定支出(研修費)に関する証明の依頼書」には、給与支払者が記載事項を確認し、技術または知識を習得するためのものであることを証明する必要があります。
このような整理によって、図書館等の利用など含まれる授業料=特別研究員の研修と証明することは難しいです。

「独立した研究者に研究奨励金を支給しているものであり、
研究活動をする上で教育機関である大学院に所属しても構わない」という制度だというのは本当?

・休学していても研究活動していれば「研究奨励」金が支払われる
・後期博士課程の在学月数36ヶ月以上でも研究課題次第では特別研究員(DC2)になれる
ということならば、「独立した研究者に研究奨励金を支給しているものであり、研究活動をする上で教育機関である大学院に所属しても構わない」という主張にも納得できるのですが、制度実態そのものと整合性のある主張には思えません。

また確かに、学校教育法は大学院を「学校」と位置付けています。しかし、それを持ち出すならば、同時に、学校教育法に関連する文部省令第28号大学院設置基準を参照するべきです。そこには、
「博士課程は、専攻分野について、研究者として自立して研究活動を行い、又はその他の高度に専門的な業務に従事するに必要な高度の研究能力及びその基礎となる豊かな学識を養うことを目的とする。」
としており、博士課程での教育の内容が、研究活動を行うに必要な能力と基礎となる知識を養うことであることが明記されています。

「自由な発想に基づいて研究課題を設定し、将来、創造性に富んだ研究者を育成する」ために、こうした博士課程の教育を「義務」付けつつ、研究活動を奨励する制度である、と考えた方が実態に即しているように思います。その教育のための対価である「授業料」が特別研究員の「研修の費用」であることは当然のことに思えます。

(最後の一文は、図書館利用が研究の関係ないものと思ってるのか?単に研究書が読めるだけでなく、どんだけの論文購読が大学の図書館のおかげで無料になっていることか…。

まとめ

これ以上は平行線なので仕方ないなぁとあきらめましたが、以上のやりとりから次のようなことがわかります。

1)博士課程の教育がそもそも「高度の研究能力及びその基礎となる豊かな学識を養う」ものであることが十分に踏まえられず、特別研究員の研究と博士課程の教育とが独立したものかであるように扱っている。

2)研究能力・学識を養うはずの博士課程の教育を、研究奨励金の制度が軽視するということは、研究奨励金が目的の判然としない給付金に成り下がり、研究者養成としての目的が形骸化していることを意味する。

(目的)
優れた若手研究者に、自由な発想のもとに主体的に研究課題、研究の場等を選びながら研究に専念する機会を与えることにより、我が国の研究活動の将来を担う創造性に富んだ研究者を養成・確保することを目的とする。

3)それを決定的にしているのは過去の文部科学省と国税庁との研究奨励金や研究遂行経費に関する調整にある。研究奨励金の必要経費の対象を見直し、実態に即したものに改めるべきである。

※過去、文科省と国税庁との研究遂行経費に関する調整において、授業料の計上は認められませんでした。(再掲)

余談

特別研究員制度が「雇用なし給与制度」なのも問題をややこしくしています。研究奨励金が給与ではなく事業所得なら、必要経費は全て各個人が税務署に申告するので、日本学術振興会等の見解とは無関係に税務署とやりあえばいいだけになります(大変な作業であることは目に見えていますが)。国税庁・税務署の判断が誤っていると考えるならば不服申立することもできます。

「研究に専念する機会を与える」といいつつ、社会保障はなく、なにが経費かの判断には口を出される状況で、同じく雇用なしで収入をもらう「フリーランス」よりややこしい状況です。

「いや課税云々よりそもそも元の金額が安すぎる…」という問題の方が大きいわけですが、それについても別のエントリーで考えてみます。

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