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名はアノニマス

幾何学的な模様が海原を抜けていくとそこには最寄りの駅があり、勤務地を越えてさらに進むと丁字路に行き着いた。織り成すメロディーが遠くから聞こえてきて、そこはあたかも楽園のようだった。小津安二郎の声が聞こえてくる。私は破廉恥な目元にキスをするように、アゴのホクロに手を当てた。もう少しボキャブラリーがあればと悔いても時すでに遅し。先生に教わったはずの掛け算も忘れてしまった。肩の骨がボキッと音を立てて、ボールペンの芯が破裂した。いつか艶のある風船が、割れんばかりの拍手喝采を受けることを祈っている。涙目になりながら、博士課程を経て、ヘテロを追い越しながら、原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律を水割りで流し込む。胃にはいずれ穴が空き、飽き性の国道をさえずりながら、道脇の駐車場でウーバーイーツを注文した。的屋の的を射抜くように屋台から屋台までハシゴしていると、酒飲みの次郎がこちらを見ながら言った。お前は誰だと。グッピーですと答えた。ら、愚かにも心は土砂崩れを起こし、崖の下では草むしりをする少年がいた。巻き戻せない過去に寄りかかるようにして、今日はアブラカタブラの扉の前で居眠りをするように運転している。赤信号を見る目は酔い潰れており、カエルの肉を食べたくなった。不眠症の私にとって、幾何学的な模様とは崖崩れである。ゲリラ豪雨の最中、電信柱が電磁波を受けるようにして共倒れし、友達登録をさせてもらった。頬が紅色のフラミンゴのような次郎にとって、ここは楽園の高架下だ。サラリーのない男にとって、月謝は日本酒であり和食。ガタンゴトンガタンゴトンと音を立てて、どこまでも電車は行く。居酒屋の看板を蹴飛ばすようにして、黄色信号を灯し、大海原を目指している。苛立つ知性により、群青の空は軍事施設と化している。日和見なあなたのことを思い出す。月並みな弓矢を見ていると、青信号を連想する。あれは遥か彼方の深い深い知能指数のアリストテレス。終わりが近付くにつれて、私が思うのは、夕闇に誘われる堕天使たちのことだった。またこうして空虚な現世で、いかがわしい言説を聞くたびに怒り狂いそうになるのは、書き出す字の筆圧が稲妻のようにひび割れていたからだ。二股を左に曲がると夕暮れが射し込むいつもの道に出る。後はもう、沈黙が奏でる音源に沿って走るだけ。寂しさが一糸まとわぬ姿を見せる前に朝焼けを待つ必要がある。革財布を折り曲げ、株価の値動きに合わせて着信が入る。名はアノニマス。21秒間の鳴動ののち、空は暗く染まり、私はアサリの入ったクラムチャウダーを口に運ぶ。ゆらゆらと方舟に乗っている。もう間もなく死ぬと知っていたら、人は果たしてなんと言うだろう。気泡を希求し、読めない空気を非通知設定にする。さようならは突然にやってくる。お互い様の箸の上で、沢庵が泣くようにして横たわっている。次郎を道連れにして、私は死ぬことに決めた。映画のクライマックスによくある方法で。

#創作大賞2022

苦しいからこそ、もうちょっと生きてみる。