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伝統か、本当の幸せか

エジプト留学が、そろそろ折り返し地点になりました。早く帰って寿司を食べたいような、まだまだここに居たいような複雑な気持ちです。初めの頃は、シャワーの時に口に入る水だけでお腹を壊していたのに、今は沸かせば水道水も飲めるようになりました(絶対に真似しないでください^_^)。

ところで、先日発表されたグローバルジェンダーギャップ指数で、日本は121位とG7で堂々の最下位を飾りました。政治、教育、福祉など挙げるとキリがないほど女性の地位の低さが露呈している国ですが、一方で、前進しようとしている女性が増えているのも事実だと思います。このような女性が声を上げ始めたことによって、私も「女性として生きること」について考えるようになりました。

私が留学を決めた理由の一つが、大学で受けていた、「イスラームとジェンダー」という授業でした。もともと、イスラームのことを学びたく、なおかつフェミニズムに足をつけ始めた私にとって、うってつけの授業でした。イスラーム教の中での性差とは何か、特に、中東のフェミニズムの発展、イスラーム教の教典に描かれる女性と現実の女性の扱われ方など、様々なことを網羅していて、大変興味深く大好きな授業でした。

私の解釈ですが、教授は毎回、「イスラーム教の女性=こういうあり方という方式はない。宗教は一人の人間の構成要素の一部分であって、彼女たちの行動を宗教と全て結びつけて考えてはいけない」ということを強調していたように思います。

また、ライラ・アブー=ルゴド(コロンビア大学人類学科教授、女性・ジェンダー研究所所属)の「ムスリム女性に救援は必要か」という本を読んだ時、「ムスリムの女性が苦しんでいるのは、宗教のせいだと考えている人が多くいると彼女たちに伝えると、驚いた顔をして『確かに苦しんでいるが、それは国家や制度のせいであって、宗教ではない』」と述べていました。

私自身もこの考えは正しいと思っているし、実際多くのムスリム女性と生活している上で(私は女子寮に住んでいます)、それを裏付ける出来事もたくさんあったように思います。

でも、その一方で彼女たちに「エジプトのフェミニズムについて学んでいる」と言うと、全員渋い顔をして、「エジプトの女性の地位は0以下だよ」と返事が返ってくるのはなぜでしょうか。

私の友達は理系の学科で、クラスに女子が二人しかいないのですが、クラスメイトのある男子に「ここは男の学科だから、女が来る場所ではない」と言われたと。彼女は特に傷ついた様子もなく淡々と話していました。また、他の友達は授業中に発言すると「台所に帰れ」と言われたことがある。

まず、エジプト人は、Lower Egypt(下エジプト、アレキサンドリアやカイロなどの都市部)とUpper Egypt(上エジプト、アスワンやアスユート)で、考え方が全く異なります。友達は「あいつは上エジプト出身だから、考え方が超保守的」と言っていましたが、こんな昭和のような女性差別が残っている地域が、まだ存在します。今でも街を歩いていても男女が共に歩いていることを見かけることはほぼゼロ。(アレキサンドリアはたくさんいる 笑)かと言って決して、エジプト人がこのような男性ばかりなのではありません。ただ、女性に対する態度と、彼らの出身地が大きく関係していることはあながち間違いではないと思います。

また、女性にとって、私たちくらいの歳での婚約、結婚はエジプトでは全く珍しくありません。大学在学中に婚約し、卒業と同時に結婚する女性も沢山います。私の友人も婚約しているのですが、彼女は非常に勉強が好きで、まだ学問を続けたいと言うことで、結婚を延期して大学院に進学することを決めました。

これを知った両親は猛反対。なぜなら、彼女いわく「エジプトの伝統では、結婚=絶対幸せ、だから結婚を延期することはあまり良くない。でもこの伝統的な考えのせいで、まだ自分の意思もはっきりしていない女性が、幸せになれると信じて両親に結婚させられた後、結局幸せになれなかった例を沢山見ている」と。実際エジプトの離婚率は非常に高い。しかし、「エジプト人は、愛よりも伝統を重んじる」と彼女は言っていました。つまり、代々の伝統を守らないと、幸せになれないと言う年長者からのプレッシャーが、若い女性の芽を沢山潰してきたのではないか。

この「伝統」と言う面では、日本と少し似ていると思うことがありました。例えば若い女性が会社でセクハラに遭ったと言う話を聞いて、年長の女性が「それくらい私たちの時代では普通だった」とか、セカンドレイプじみた発言をする。これは「自分たちが若いころに味わった苦労を、若者もして当然」といって、いつまでたっても被害者が絶えない負のスパイラルと似ています。

これら以外にも、女性蔑視の理由は沢山あると思いますが、上記に挙げた例からも、「イスラーム教が女性蔑視の象徴である」と安易に言うことはできません。第一、エジプトにはクリスチャンもそれなりにいます。

そして、「イスラーム教は不変ではない」とは言えます。開祖当時に「男女平等」を謳っていても、ハディース(預言者ムハンマドصの言行)が男性の都合のいい風に解釈されて行ったことは事実です。例えば、皆もよく知る一夫多妻制は、pre-Islamicの時代に、戦争で男性の数が激減したため、女性とのバランスを保つためと言われていましたが、男女がほぼ同数になった今も、なくなることはありません(ちなみにエジプトでは一部の農村を除いて一夫多妻をとる男性はほぼいないと言われています)。

そして、一番引っかかることは、「男性は4人まで妻を持てるけど、全員に完全に平等に接することのできる男性に限られるので、実質する人はなかなかいない」と言う男女平等の主張です。これはイスラーム教だけでなく、全ての女性の権利において言えることだと思いますが、「女性はただ男性と同じ権利が欲しいだけで、なぜ男性有利の立場から女性に権利の一部を分け与えることを男女平等と考えるのか」。

今の時点での意見は、「宗教は女性差別の唯一要素ではないと同時に、宗教のコンテクストの中にも今の考えを展開するための要素は何かしら含まれている可能性がある」ということです。

ムスリムでない私の発言は説得力がないかもしれませんが、客観的意見も大事だと思い書き残します。



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