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酒場と酒宴の起源

お酒の起源

 酒を飲み始めたのは大学生になってからのことだが、飲んでみてなるほど親父が好きなわけだと得心がいった。ほろ酔い気分になれば、憂き世の苦労もしばし忘れられるし、美味いアテがあれば言うことはない。
 私の場合は、東北の酒どころである会津地方で都合12年ほど、仕事をしながら生活することになったので、じっくり日本酒とつきあうことができた。写真の玄宰(げんさい)という酒は会津の末廣酒造が造っている大吟醸酒であり、新酒鑑評会でも高く評価されている。
 酒は世界各地で造られ愛飲されている。宗教の戒律によって飲酒が禁じられている国もあるが、ともかく世界にはいろいろな酒がある。だが、その起源については文献的史料があるわけではない。先史時代から穀物や果物に酵母が作用して酒類が生まれることは経験的に知られていたのだろう。
 たとえば、現在でも世界中で飲まれているビールについてサントリーのウェブサイトでは次のように述べられている。

ビールが生まれたのは紀元前4000年以上前と言われています。 「液体のパン」とも呼ばれるビールの歴史は古く、紀元前4000年以上前までさかのぼります。 メソポタミアで人類が農耕生活をはじめた頃、放置してあった麦の粥に酵母が入り込み、自然に発酵したのが起源とされています。

https://www.suntory.co.jp/customer/faq/001716.html

 ビールと同様に、日本において酒が生まれたのもおそらく偶然のことだったのだろう。縄文時代に木の実を材料にした酒があったかどうかまではわからないが、最近の知見では縄文後期から稲作が始まっていたというし、米を材料にする今の日本酒の原型のようなものは2千年くらいの歴史があってもおかしくはない。
 ただし、酒は酩酊を引き起こす効果から、昔は神事や祭事において集団の儀式において管理されながら用いられていた。時代が下って貨幣経済が発達し、都市で生活する平民・市民が増えるとハレの日だけではなく、平時でも嗜好品として酒を飲用する需要が生まれ、それを提供する専門店も生まれ現在に至るわけである。 

居酒屋の起源

 さて、現代の日本には居酒屋という業態の飲食店があって、さまざまなアルコール飲料と料理を提供している。他には、焼き鳥屋や串焼き屋などという業態もあるが、一人で数人で、またはグループで酒などを飲みながら料理をつまみ歓談する、という場合に最もよく利用される業態である。
 世の中には料亭と呼ばれるような店から、寿司屋・天ぷら屋のような専門店、あるいは小料理店といった業態もある。料亭では、VIPを接待したり、顔見知りでも小難しい内密な話をするために使われるらしいし、専門店は料理を楽しむことが主な目的であることが多い。
 まずは飲むことが目的で、更に仲間や友人で歓談する時には居酒屋が便利である。大衆的な焼き鳥屋や串焼き屋なども同様に利用されるが、この居酒屋という業態がいつごろ始まったものなのか調べると、江戸時代ということで意見は一致するらしい。
 東京は神田の猿楽町に今も豊島屋という酒販店があるが、この店の創業は慶長元年というから古い。西暦で言えば1596年のことである。この時はまだ安土桃山時代だが、徳川家康はすでに1590年(天正18年)江戸に入府して、新たな領地の開発に余念がなかった。
 そして、開発が進む江戸の神田橋のあたりで豊島屋の創業者である十右衛門という人が酒の量り売りを始めた。当初は、客は焼き物の酒瓶をぶら下げて店を訪れ、店は酒樽から枡で酒を汲んで量り売りをしたのであろう。人足や職人を含む町人で賑わったことだろう。
 やがて客同士で顔なじみに、あるいは十右衛門や手代と顔なじみになった客たちが酒を瓶に入れて長屋に持ち帰るのではなくて、その場で酒を飲みながら世間話をして仕事が終わった後のひと時を過ごすようになったとしても不思議ではない。まるで、現代にも通ずるような情景だが、この豊島屋という江戸最古の酒販店で行われた「角打ち」が居酒屋のルーツだそうである。

バーの起源

 海外ではどうか。今や日本でも一般的になったバー(Bar)という業態がある。定義としては、つぎのようなことらしい。

酒の味を楽しむことを⽬的とした、最低限の接客をしているだけの酒場、飲酒店のことである。イギリスではこのスタイルの酒場をパブと称する。

wikipedia

 現在では、ワインバーやビールバー、プールバーやダーツバーと言った多種多様な業態のバーが営業しているが、基本は酒を味わう目的の簡素な酒場ということである。イギリスではバーとは言わずにパブ(Pub)ということから、どうやら米国が起源らしいと察しがつく。
 そして、バーとは、どうやら西暦1800年頃の開拓時代の米国で始まったもののようである。なんとなく、江戸で豊島屋が角打ちを始めた頃と情景が似ていそうである。
 なにしろ、バーという呼び方の語源だが諸説ある中に、酒場で樽から量り売りをしていたところ不心得者の客が勝手に酒を汲んで飲むようになったので、それを防止するために酒樽に手が届かないように横木(bar)を置いたのだというものがある。
 この辺は、役人(武士)の指導の下で開発が進んだ江戸と、英国などから平民が移り住んで開発が進められた米国との違いがあるのかも知れない。特に西部の開拓の有り様は、西部劇としてドラマ化、映画化などされているとおりでアナーキーな一面もあったのだろう。
 現在の日本でも角打ちは例外的で居酒屋のスタイルとは異なるのと同様に、現在の米国でも開拓時代を彷彿とさせるようなスタイルのバーは田舎に行かないとお目にかかれないのではなかろうか。また、移民のふるさとである英国の酒場とも違いがあるようだ。

パブの起源

 英国では、11〜13世紀ににはタヴァン(⾷堂)、イン(宿屋兼酒場)、エールハウス(酒場)という業態が既に存在していたらしい。農民が貢租を金銭で領主に納めるということが既に11世紀ころから始まっていたというから、日本と比較すると貨幣経済が古くから発達していたのだろう。
 ただし、酒場をパブと呼称するようになったのは、もっと後のことらしい。時代が下って、18世紀頃になると町に「public house(公共の家)」と呼ばれる施設ができて、人々の集会場や社交場、ときには結婚式を開く場所として使われていた。
 そうした社交場としての性格が認められたことから、やがて酒場のこともパブと呼ぶようになり、現在ではバーに似た業態になっているという。とはいえ、必ずしもパブと言えば酒類を飲む場とは限らず、カフェのように利用できる店もあるし、地域に根ざしてイベント的なことを催す店もあるらしい。日米英語学院のサイトにこんな記事があった。

イギリス在住の知人は「目的が『お酒』でなくてもいいの。『友人との語らい』でも『サッカー中継の観戦』でもいい。一言にパブと言っても『お庭が自慢』『子ども歓迎』『ライブなどのイベントが盛ん』など本当に多種多様。そのときの目的に合わせた店を選ぶのよ」と教えてくれました。実際、彼女は下戸ですが、パブの常連だそうです。

https://www.nichibeieigo.jp/kotsukotsu/topics/2399/

 そして、酒類と言っても主にビールが楽しまれ、つまみは簡単なものしかないらしい。そうした点はバーとも居酒屋とも異なるようである。

ふたたび神事の酒について

  居酒屋の起源になった江戸の酒屋での角打ちとか、バーやパブというのは一人でふらっと入って、その場で酒を楽しむものだが、現代の居酒屋の楽しみ方には会食が含まれている。海外のバーやパブでは基本的にフードは簡単なものしか出さず、会食はレストランで行われる。日本にはダイニング・バーというものがあるけれど、これはむしろ、居酒屋の業態に倣ったもののように見えるし主流ではない。
 日本の居酒屋のように飲酒と食事とを同じ処でできる業態は独特らしいが、日本には酒食を仲間とともにするという風習があるように思われる。日本民俗学の創始者である柳田國男(1875〜1962)はつぎのような文を書いている。

酒はわれわれの世に入ってから、たしかにその用途が弘くなってきた。(略)手短にいうならば知らぬ人に逢う機会、それも晴れがましい心構えをもって、近付きになるべき場合が急に増加して、得たり賢しとこの古くからの方式を利用し始めたのである。

「明治大正史 世相篇」

 自分で事業を行っている人や、サラリーマンでも他の会社や組織の人と取引や付き合う機会がある人には、柳田が言うように酒の席が便利なことは自明と思う。そうでなくても職場に新しい人が入って来た場合に、歓迎会を行うことは一般に汎く行われて来ている。何故かといえば「この古くからの方式」が便利だからであろう。

 民俗にみる酒は単なる嗜好品ではない。かつては、酒を飲む機会は神祭の日に限定されており、酒は神に供えるものであった。また、酒は決して一人で飲むものではなく、必ず人々が一堂に集まって飲むものと決まっていた。現在でも神事や人生儀礼あるいは人の接待などに酒はつきものである。  

日本民俗辞典

 わが国における酒席の伝統とはこういうものであったのだ。もちろん、現代日本では酒席に神様を思うことはないだろう。むしろ、それが正しいかどうかは別として、自分自身を無信仰・無宗教だと考えている人が多いはずである。
 だが、神様への自覚的な信心はなくても、未知の人と相まみえることは一面では脅威なのである。脅威という言葉が大げさならば、緊張を伴うと言っても良い。それが、将来のために良き機会を求めてのことであったとしてもであり、それは未知の相手と自分と立場を替えてもお互いに言えることである。
 そこで、お互いに脅威や緊張を取り除いて、相手を自分のテリトリーに迎え入れるために神事の儀礼であった酒席を利用することは便利なのである。また、職場の歓迎会の場合には、職場という擬似的な共同体にとっても重要な儀式であると言える。(ならば、送別会は葬送の儀礼なのかも知れない) 

また、宮座の行事においては(中略)酒をつぎ、同じ盃を用いてそれを飲むことが儀式の一部となっており、座の人の連帯を強化している。また、葬儀では(中略)酒には墓地や死者の忌み、穢れを清める機能があることがわかる。このように民俗のなかにみる酒には、新しい人間関係の締結と連帯の強化、死穢の払拭など多様な機能が存在する。

日本民俗辞典

 だから、日本では公式な宴会だけでなく、非公式な飲み会も含めて、グループで酒席を設ける機会がおそらく米国や英国と比べて多いのだと思う。定量的に比較調査した研究があるのかどうかは知らないが、おそらく外れてはいないだろう。
 そこが酒類を提供する業態としてのバーやパブと居酒屋が大いに異なる点なのではなかろうか。日本でもオーセンティックなバーは徒党を組まずに独り静かに酒を楽しむことが基本である。また、イングリッシュ・パブやアイリッシュ・パブに友人や仲間と繰り出すことはあるだろうが、目的は気晴らしであり、日本人が居酒屋で行うように少しかしこまった会食を行うことはないのではなかろうか。
 ただ最近は、職場など擬似的な共同体の結束を固めるために設けられる酒席が若い人からは敬遠されがちらしい。今若い人たちが年輪を重ねても、そういう志向で行くのか、それとも、儀礼を利用することになるのかは今のところわからない。経済のソフト化とリモートワークやノマドワーカの普及も影響するだろう。
 また儀礼としての酒席とは反対に、それこそ豊島屋の角打ちのように一人でふらっと行きつけの居酒屋に行って顔なじみと歓談してリフレッシュするような使い方がされることも多々ある。バーの利用の仕方と重なるところもありつつ、文化的な相違点もあるような気がする。
 もしかすると、酒場は無縁のアジールとしての機能も持っているのかも知れないが、それはまた別の機会に整理したい。

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