映画「真木栗ノ穴」(ネタバレあり)
公式の紹介記事
2008年の映画だが、今年観た映画でいちばん印象に残った作品。主演は西島秀俊。映画の口上はつぎのとおり。
超あらすじ
鎌倉に住む、売れない作家・真木栗(まきぐり)が書いたこともない官能小説を連載する仕事をもらったところ、彼の目を惹いた、日傘をさした楚々とした女がボロアパートの隣室に引っ越してきた。
彼は宅配便の配達人や置き薬の営業マンらと知り合うが、隣室の女・佐緒里を部屋の穴から、こっそり覗きながら慣れない官能小説を書いている内に、彼らを小説の中に登場させて佐緒里にからませると筆が進み、小説は人気を博すようになった。
ところが、その後も部屋の穴から、佐緒里の部屋を覗いていると、真木栗が小説に書いたようなことが部屋の中で繰り広げられるようになった。終に真木栗は自分自身が小説に登場するように原稿を書いた。
書きながら酷い頭痛に襲われた真木栗に思いもかけなかった事実が次々と明かされる。混乱する真木栗だったが、編集者が最後の原稿を受け取りに来ると、彼の姿はなく原稿用紙だけが机の上に残されていた。
補足と感想
西島秀俊が38歳の年に公開された作品だけに若い。けれども、さすが西島だけあって、異界に棲む者に、次第に取り込まれていく作家の憔悴をうまく演じている。官能小説がネタになっているが、それが本筋ではない。
むしろ、この作品は死者の魂が暮らす冥界を描いているのだろう。作家の住むアパートは取り壊しが予定されている老朽化した建物で、鎌倉の市街地から、そこに行くには切り通しをトンネルのようにくぐって行かなければならない。
すでにアパートそのものが異界への入り口であることが暗示されているのだ。真木栗の隣室にはボクサー志望の男がもともと住んでいるが、新たに佐緒里という女が空き部屋に越して来たわけである。
真木栗は宅配の荷物を佐緒里の不在中に預かったことで彼女と言葉を交わすようになったが、それを見る隣室の男は怪訝そうな顔をする。それも、そのはずで後からわかったことだが、佐緒里はこの世のものではなかったので男には見えなかったのだ。
彼女には、起業した夫がいて、一時はマスコミに取り上げられるくらい成功を収めていたのだが倒産の憂き目を見た。彼女は夫による無理心中で亡くなり、夫自身は死にきれず行方不明となっているのだった。
佐緒里は儚げで憂いを含んだ目をした女だったが、真木栗が知り合った宅配業者、置き薬の営業マンを官能小説に登場させると、なぜか小説に書いたような情事が佐緒里の部屋で行われるようになり、それを真木栗は穴から覗いて楽しむのだった。
そして、真木栗が自分自身をも小説に登場させようと原稿を書き進めていると、宅配の男も、置き薬の男も、佐緒里の部屋に居たときには既に死んでいたことがわかった。佐緒里の部屋そのものが既に異界になっていたのである。
無理心中で浮かばれない佐緒里の魂も、やはり浮かばれない宅配の男、置き薬の男の魂も異界を彷徨っていたのだが、真木栗はそれと知らずに、彼らを引き合わせていたのだった。そして、冥界で彼らが営んだことは死の対極にある生の極致だった。
真木栗は最後の原稿を書き終わった後で、竹と紙で自ら作った灯籠を手に、実家から送られた梅酒を酌み交わすために佐緒里の部屋に赴いて彼女に迎えられる。彼の机の上に残された原稿は次のような言葉で締めくくられていた。
〝この世に矛盾が蔓延(はびこ)り、終末が近づいている。どうやら私たちの世界がある一人の男の空想である事が近く発表されるだろう〟
現し世にいながら、佐緒里に魅入られ冥界に関わってしまった真木栗がやがて現し世を去らねばならなかったのは定めだったのだろう。だが、彼にとって、それが不幸なことだったのか、というと原稿の最後の一文を読む限り、むしろ現世に逗まることの方が不幸だったと言っているようである。
【映画情報】
原作;「穴」山本亜紀子(角川ホラー文庫)
監督;深川栄洋
プロデューサー;今村悦朗, 倉谷宣緒, 丸目博則, 岩淵規
出演;西島秀俊, 粟田麗, 木下あゆ美ほか
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