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広東麺考

1.広東麺が食べたくて

 なぜか無性に広東麺が食べたくて、この2〜3週間、町の中華料理店で広東麺ばかり食べ歩いていた。肉・野菜・海鮮を炒めたものを餡(あん)にして、醤油味(塩味の場合もある)の中華そばにのせたもの。そこに少しばかりの酢と辣油をたらすと深い味わいになり、中華料理と中華そばを同時に味わうことができる。

 しかし、この広東麺は日本で創作されたメニューであり、中国に行っても広東麺という料理はないそうである。天津飯や中華丼は中国にはなくて、日本で創作されたものだということは知られるようになったが、広東麺も同じことらしい。

 たしかに町の中華料理店でも広東麺という品はメニューにない場合がある。でも、店によって多少呼び方が違うけれど五目そばとか五目タンメンというものを注文すると、広東麺に相当するものが出てくる。それくらい日本ではポピュラーだけれども正式な中華料理ではないようである。

2.なぜ広東麺と呼ぶのか?

 中国は広大なので食べ物、料理も地域によって異なる。陳建民さんが日本に普及した四川料理は麻婆豆腐や担々麺など辛味が効いた味覚なのに対して、広東料理は海産物を多く用いて素材の味を活かし薄味に仕上げるのが特徴とされる。日本の中華料理は広東料理や、それが元になっているものが主流で、横浜中華街でも多くは広東料理の店だと言われている。

 広東麺が日本で生まれた料理ではあるものの、いつ誰が(どの店が)創作したのかは不明だ。ただ、片栗粉をつかったとろみのある料理に中国の地名をつけることが多かったので、多品目の食材を炒めた餡かけの中華そばを広東麺と呼ぶようになったのだろうと言われている。[前述のとおり五目そばという呼び方もあるが]

 この餡というものも種類はいくつかあるようで、饅頭などの菓子に詰めるものも餡、餃子などの点心に詰めるものも餡で、もともと詰めものを指す言葉だった。そのうち、食材を煮て練り上げてつくられたものを指して餡というようになり、出し汁を醤油・味醂などで調味し水で溶いた葛粉を加えた葛溜まりを和食では葛餡とも呼ぶようになったそうである。

 したがって明治以降に中華料理が華人によって伝えられる以前から和食には餡かけを使う料理があった。冬瓜や湯葉などの餡かけ料理は日本料理店で味わう機会があるが、あんかけの蕎麦や饂飩も江戸時代から既に庶民に食されていたそうである。

 だから、餡かけ料理そのものは珍しくはなかっただろうが、中華料理といえば餡かけというイメージがある。中国では、餡掛け御飯全般を烩飯(フイファン)と呼び、同様に茹でた麺に餡でまとめた料理をトッピングする料理を烩麺(フイミェン)と呼ぶ。[烩麺にはスープが用いられない]

 中国ではあくまで饅頭や月餅などの菓子や、餃子や包子などの点心に詰めるものを餡と呼ぶので餡かけという言葉は使わないが、ご飯や麺にトッピングする料理は水溶き片栗粉でまとめた餡かけである。中華料理≒餡かけ、と中華料理≒広東から、餡かけ中華そばを広東麺と呼ぶようになったのは自然な流れだったのだろう。

3.それでは五目そばが正しいのか?

 広東麺はあくまで和製中華料理だから、その言葉を使わずに「五目そば」や「五目タンメン」という呼び方をする場合もある。肉・野菜・魚介など多数の食材を使うところから五目という言葉が使われている。

 しかし、他方で中華料理には八宝菜というものがある。中国語ではパーパオツァイと読むが、これまさに五目炒めであり、ご飯にかければ即ち中華丼となる。中華丼は和製中華料理だが、八宝菜烩飯(パーパオツァイフイファン)と言えば中国でも通じるのかも知れない。

 それはともかく、中華料理には八宝という修飾語があるわけで、五目という言い方はもしかして日本語なのではないか?広東麺を五目中華そばとか、五目タンメンとか言い換えても、ちっとも中華風ではないような気がしてくる。

 しかし、この五という数字は中国から伝来した陰陽五行説において重要な意味がある。自然界にあるものは陰と陽の気から成り、陰気と陽気の構成によって木・火・土・金・水の五つの性質に分けて考えることができるという中国古来の自然哲学である。

 薬膳ではその考え方に対応して、五臓(肝・脾・心・肺・腎)、五味(酸・苦・甘・辛・鹹)、五色(緑・赤・黃・白・黒)という整理をしていて、多様な食材のバランスを考えることによって健康によい食事を摂るべきと唱えている。

 それでは五目という言葉は中国由来かと言えば、やはり違う。日本では五目そばの他にも五目寿司、五目漬け、五目飯など多くの種類の具材が使われている様を表す言葉だ。しかし、もともと中国では五行・五臓・五味・五色など、事象をカテゴライズして整理するために「五」という数が用いられているのであって、そこに多くのという意味はない。

 そうすると、中国では多くのという意味を表すには八という数字が使われるのだろう。八が”たくさん”を示す言葉は日本語にもあり、八百屋とか大江戸八百八町などは、その例である。そういうわけで、広東麺を五目中華そばとか五目タンメンとか、と言い換えても、やはり日本式の言い方になる。

[余談だが、八という漢数字は中国では発財つまりお金が増えるの”発”と語呂が合うことから、日本では形が末広がりなことから、ともに縁起が良いとされている]

4.タンメンとは何か?

 多分、中国には広東麺のような料理はないと思うので、無理矢理のこじつけだが、八宝菜湯麺(パーパオツァイタンミェン)と表現すれば中国人でも日本でいう広東麺なるものがどのようなものか想像できるのではなかろうか。

 ここでいう湯麺つまり日本式の発音だとタンメンとは、スープに浸した麺料理のことである。つまり湯とはスープのこと。焼きそばならば炒麺(チャーミェン)になるし、餡かけ料理を汁なし麺にトッピングすれば前述のように烩麺(フイミェン)となる。

 しかし、スープに浸した中華そばの料理一般を湯麺(タンメン)と呼ぶなんてことは、子どもの頃には知らなかった。ずっと、炒めた野菜が入った鶏ガラの塩味スープの中華そばがタンメンだと思っていた。これはどうしたことだろう。

 どうやら私が子どもの頃から知っているタンメンというのは関東地方限定のものらしく関西にはないらしい。また中部地方には岐阜タンメンという麺料理があるが、ニンニクや辛味餡が入っているという違いがあるらしい。

 この関東限定のタンメンの由来だが諸説あるらしい。一説には横浜の「横濱一品香」が、第二次大戦後に日本人向けにアレンジした湯麺料理が人気になって、そこから関東風のタンメンが始まったとも言われている。同店のタンメンは今でも人気メニューだそうである。

 麺やスープのレシピに違いはあるが、この関東風のタンメンと有名な長崎ちゃんぽんには多少の共通点もある。それに目をつけたのか今はサッポロ一番で有名なサンヨー食品が「長崎タンメン」なるインスタントラーメンでヒットを飛ばしたので話はややこしいが、要は売れた者勝ちというのが商品のネーミングというものなのだろう。

【カバー写真は南京亭国立店の広東麺】

ー了ー


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