2020年6月1日 / 花火

花火のニュースを見て、井上靖の詩を思い出した:

若いころはどうにかして黄色の菊の大輪(たいりん)を夜空に打揚げんものと、寝食を忘れたものです。漆黒の闇の中に一瞬ぱあっと明るく開いて消える黄菊の幻影を、いくど夢に見て床の上に跳び起きたことでしょう。しかし、結局、花火で黄いろい色は出せませんでしたよ。
―― 老花火師は火薬で荒れた手を膝の上において、痣(あざ)のある顔をうつむけて、こう言葉少く語った。
黄菊の大輪を夜空に咲かすことはできなかったが、そのころ、その人は「早打ち」にかけては無双の花火師だった。一分間に六十発、白熱した鉄片を底に横たえた筒の中に、次々に火薬の玉を投げ込む手練の技術はまさに神業といわれていた。そしていつも、頭上はるか高く己が打揚げる幾百の火箭(ひや)の祝祭に深く背を向け、観衆のどよめきから遠く、煙硝のけむりの中に、独身で過した六十年の痩躯(そうく)を執拗に沈めつづけていた。
           井上靖「生涯」

私はこの詩を読むと、涙が出そうになるくらい感動する。そして、答えは出ないと分かっていながら、人生とは何かということについて考えてしまう。


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