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南極が人類にもたらす真の恩恵とは

かれこれ20年も前の話ですが、仕事で南極大陸に行かせて頂きました。今回は、そのことについて気の向くままにお話ししたいと思います(タイトルの結論は最後に...)。

圧巻のスケール
南極大陸は日本の約37倍もの面積があります。訪れた場所は昭和基地のある大陸沿岸部の南緯70°付近で、南極点(南緯90°)までは昭和基地から更に2,200km(北海道~沖縄ほど)も離れています。

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南極大陸の概要(Created by ISSA)

真極と磁極の大きなずれ
地球の回転軸の中心位置である南極点(Geographic Pole)は、南磁極(Magnetic Pole)とは別ものです。磁石が指し示す南磁極は、上図のとおり南極点から2,800kmも離れていて、しかも年に10kmずつ動いています。

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極点と磁極の違い

当時、GPSは未だ補助的な装備品でしかなく、ナビゲーションの主役はコンパスでしたので、昭和基地周辺だと地図上の南北とコンパスが指し示す南北が、いつも45°くらいずれていました(極域から離れて日本まで来ると差は約6°まで縮小)。

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南極での輸送用ヘリコプター(Photo by ISSA)

極地では体重が重くなる?
余談ですが、地球は回転する球体ですので極地に近づくほど遠心力が小さくなります。極地での体重は赤道より0.5%増える計算となり、例えば赤道上で体重が60.0kgの人が極地に行くと理論上は60.3kgになるそうです...。

孤立無援が当たり前
南極大陸はグローバル・コモンズ(国際社会の共有財産)であり、どの国のものでもありません。現在、40を超える世界各国の観測拠点が点在していますが、隣の基地まで何百キロも離れていて、周囲を行き交う船舶や航空機もなければ(下図参照)、補給線も救助機関も存在しない、そんな世界です。

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民間船舶の活動状況(marinetraffic.com
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民間機の活動状況(flightradar24

だから、困った時はお互いに助け合うしかないのですが、私たちが南極に向かっている時、豪州の観測船がスクリューの故障により氷海で身動きが取れなくなっていたので、私達の船が曳航して氷海からの離脱を支援しました。

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豪州観測船オーロラ・オーストラリス
(Photo by ISSA)

極冠高気圧とカタバ風
下図は大雑把なイメージですが、地球を真下から見上げると、三大洋に囲まれた南極大陸が如何に孤立した大陸であるかが分かります。大陸の上には「極冠高気圧」というものがドーンと乗っかっていて、その周りをまるで数珠のように低気圧が取り囲んでいます。

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南極の気圧配置(Created by ISSA)

そのため、どこから南極に接近しようとも、嵐の海を避けて通ることはできません。

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南極への道のりは険しい(Photo by ISSA)

南極では、しばしば高気圧の重たい空気が大陸の斜面に沿って駆け下りてくるカタバ風(Katabatic Wind)という強風に晒されることがあります。観測隊の拠点となっていた小屋が跡形もなく吹き飛ばされていたことがありました。
 
そういえば、このカタバ風で飛んできたクーラーボックスの蓋が後頭部を直撃して「目の前にサザンクロスが見えた」と伝説的なコメントを残した方が居られました。(^_^;

莫大な氷の量
日本の37倍もある広大な大陸には、場所によっては富士山もすっぽり隠れてしまうほどの厚みのある氷が延々と乗っかています。地球上の氷の約90%が南極大陸にあるといわれていて、もし南極の氷が全て溶けてしまうと、世界の海面は約60mも上昇するそうです。

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南極大陸の断面図(Created by ISSA)

下の写真は、小さな山に見えるかもしれませんが、実際は、標高1,500m以上の山岳地帯です。厚さ1,000m以上の氷床で埋め尽くされていて、辛うじて山頂部分だけが顔を出している状態です。

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Scott Mountains(Photo by ISSA)

氷床の下には一体何が...
このような南極の分厚い氷床の下には一体何があるのでしょうか。古代文明ミステリーに関心がある方は、是非、「ピリ・レイスの地図」でネット検索してみて下さい...。

北極とは違う氷山の形
長い年月をかけて大陸に降り積もった氷床は、やがて海に押し出されて南極海を漂うテーブル型氷山になります。

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テーブル型氷山(Photo by ISSA)

下の写真をよくみると、まるで地層のように降雪が幾重にも積み重なった様子がうかがえます。

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テーブル型氷山に見る氷層(Photo by ISSA)

北極の氷山は単に海水が凍ったもので山型であるのに対し、南極の氷山は形成過程が全く異なるので、テーブル型氷山になるのです。

浮遊大陸が出現?
南極では視界が良いので、しばしば蜃気楼が現れます。浮遊しているように見えるテーブル型氷山を、仲間内では宇宙戦艦ヤマトに出てくる「浮遊大陸」と呼んでいました(笑)。

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氷山の蜃気楼(Photo by ISSA)

現代に蘇る太古の空気
テーブル型氷山から掘り出した氷には、遥か昔に雪が降った当時の空気がそのまま閉じ込められています。この氷を飲み物に入れると、普通の氷と違って気泡がシュワシュワと弾けるのですが、数万年とも数十万年ともいわれる太古の空気が現代に蘇る瞬間の、格別のロマンを味わえます。

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景色の変化
一面が氷に覆われた南極では、晴れている日は「眩いばかりの青と白」のツートンカラーの世界が延々と広がります。とにかく空気が澄みわたっているので、視界が良い時は遥か200km(東京~浜松ほど)先の地物まで見通すこともできます。

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凍りついた南極海を進む砕氷船
(Photo by ISSA)

夕方になると、辺り一面が「黄金の輝き」に包まれていきます。

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氷平線に沈みゆく太陽(Photo by ISSA)

氷平線に太陽が沈むと、次第に辺りは「紫色」に変化します。

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南極大陸から昇る月(Photo by ISSA)

ロマンあふれる南半球の星座たち
そして夜の帳が下りると、南半球の星々が夜空を彩ります。南極でも、オリオン座など一部の日本でもお馴染みの星座を見ることができますが、南半球では日本で見るのとは「逆さま」に見えます。

北半球ではアンドロメダ、オリオン、ヘラクルス、ペルセウス、ペガサスなど、ギリシャ神話系の星座がひしめいていますが、南半球では大航海時代の幕開けとともに名付けられたものが多いのが特徴です(例:きょしちょう、くじゃく、カメレオン、インディアン等、航海によって「ヨーロッパ人が発見したもの」や、ぼうえんきょう、けんびきょう、ろ、とけい等「18世紀までの発明品」など)

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南半球の代表的な星座

また、マゼランが航海日誌に「南半球には雲のように見える天体がある」と記した大・小マゼラン雲も有名です。私たちの銀河系から最も近い銀河で、約16万光年の距離に位置しています。更に、私たちの太陽系から最も近い恒星として知られるケンタウルス座アルファ星は、南天ではひときわ明るく、地球から4.3光年の距離にあります。

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大・小マゼラン雲

南十字星(Southern Cross、学名Crux)は、南極では天頂付近に見えます(長辺を4.5倍すると天の南極に至る)。オーストラリア先住民のアボリジニは「海を泳ぐエイ」に例えていましたが、15世紀にバスコ・ダ・ガマが初めて記録し、17世紀末に「みなみじゅうじ座」とされました。

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天の川と南十字星

気まぐれで美しいオーロラ
オーロラは、先述の南磁極を中心に環状に発生するので、昭和基地はオーロラ観測には絶好のロケーションにあります。太陽風と呼ばれるプラズマが地磁気に沿って電離層に入ってくると、自然のネオンサイン、オーロラが空に出現します。ただ、その出現は気まぐれなので、極寒の地で長時間にわたり夜空にカメラを向け続けるにはかなりの根気が必要になります...。

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神々しいオーロラ(Photo by ISSA)

ころがる太陽
夏になると太陽が沈まない「白夜」が訪れます。白夜の間はオーロラを見ることはできませんが、その代わりに「ころがる太陽」を見ることができます(太陽が、地平線に近いところを動いていく様子から、こう呼ばれる)。

「白夜」は緯度で66.5°以上の地域に訪れます。これは地球の自転軸が公転軌道に対して23.5°傾いているために起こります(夏に「白夜」がある地域では、冬になると逆に一日中全く太陽が昇らない「極夜」が訪れる)。

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ころがる太陽(Photo by ISSA)

かつては温暖な大陸だった
大陸移動説によれば、約2億年前、超大陸パンゲアがローラシア大陸とゴンドワナ大陸に分裂し、更にゴンドワナ大陸から南極大陸などが分裂して現在の位置に収まったと考えられています(恐竜や植物の化石の出土から、約2億年前の南極大陸はかつて、より温暖な場所に位置していた)。

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地球創成期の地層
大陸沿岸部の幾つかの露岩地帯は、地球創世記の約40億年前にできたものといわれています。木々も草花もなく、飛び交う虫も居ないこのような荒涼とした場所に降り立つと、「キーン」と耳鳴りがするほどの静寂に包まれていて、まるで別の惑星に降り立ったような不思議な感覚にとらわれます。

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地球創世記の露岩地帯(Photo by ISSA)

多様な生き物たち
他方、沿岸部から南極海は生命の宝庫です。ペンギン、アザラシ、ユキドリ、トウゾクカモメ、クジラ、シャチなど、多様な生物が生息しています。ペンギンやアザラシは南極海の豊富な魚を求めて数百メートルも潜ることができると言われています。

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南極圏の多様な生き物たち(Photo by ISSA)

また、海から上がると北極熊のような天敵が居ないためか、人間に対する警戒心は殆どありません。

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「ナンダ、ナンダ!?」と、人間を見物に来たペンギンたち(Photo by ISSA)
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アデリー・ペンギンのルッカリー(Photo by ISSA)

凍らない魚(Ice Fish)
海は塩分を含んでいるため、真水と異なりマイナス1.8℃から凍り始めるのですが、南極海に生息する魚は血液中に凍結を抑制する特殊なタンパク質を保有していて、平均水温がマイナス2℃の南極海でも凍結から身を守り、活動することができます。

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凍らない魚

探検家や王族の名がひしめく南極の地名
南極の地名は、18世紀初頭以降の探検家や王族の名前がひしめいています。しかも、史上初めて南極点に到達したのはノルウェーのロアール・アムンゼンだったこともあり、特に東南極には
"Liitzow Holm Bay"(リュツオ・ホルム湾)
"Amundsen Bay"(アムンゼン湾)
"Mt. Riiser Larsen"(リーセル・ラルセン山)
"Prince Olav Kyst"(プリンス・オラフ海岸)
など、ノルウェーの探検家や王族にちなんだ地名が名を連ねています。
 
なお、"Shirase Glacier"(白瀬氷河)という日本の探検家にちなんだ地名もあります。

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ノルウェーの地名がひしめく南極大陸

このほか、
"Skallen"(スカーレン:頭蓋骨)
"Langhovde"(ラングホブデ:長い頭)
"Skarvsnes"(スカルブスネス:鵜の岬)
"Skjegget"(シェッゲ:ひげ山)
"Botnnuten"(ボツンヌーテン:奥の峰)
など、人名以外でもノルウェー語の地名が非常に多いです。

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アムンゼン湾(Photo by ISSA)

島の上にある昭和基地
また、昭和基地は実際には大陸沿岸部の島の上にあるのですが、島の形が「釣り針」に似ていることから、ノルウェー語で釣り針を意味する "Ongul Island"(オングル島)と呼ばれています。

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オングル島上の昭和基地(Photo by ISSA)

1957年、タロ・ジロの物語で有名な第1次南極観測隊が初代観測船「宗谷」で東オングル島に到着し「昭和基地」と命名されて以降、この基地は日本の南極観測の拠点として機能してきました。

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ミレニアムを迎えて(Photo by ISSA)

南極を観れば地球が分かる
といわれるほど地球環境のちょっとした変化は、極域でのオゾンホールの出現や氷の融解など様々な現象となって観測されます。
 
20世紀初頭の白瀬隊による南極探検に始まり、国際地球観測年(IGY)や南極条約の締結を経て、日本が60年以上にわたり南極観測の「先駆者」として国際社会で重要な役割を果たしてきたことは、本当に誇るべき偉業だと思います。

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南極点と南極条約原署名12か国

北極との大きな違い
旅行で訪れたフィンランドから「北極圏」にも足を踏み入れたことがあるのですが、北極と南極を比較すると、色々な事がとても違っていることが分かります。
 
大陸の有無、航路の有無、氷山の形状、生物の違い等、列挙するときりがないのですが、決定的な違いは「北極は経済・軍事上の要衝である一方、南極は経済・軍事上の利用価値に乏しい」ということです。

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クック船長による南極探検
18世紀後半、テラ・アウストラリス・インコグニタ(Terra Australis Incognita)、つまり「未知の南方大陸」の発見を目指したクック船長は、「それは氷に覆われた不毛の地であり、人類に何の恩恵ももたらさないだろう」と記したとの逸話があります。
 
(南極条約で禁じていますが)仮に何らかの資源採取や軍事拠点の建設が可能であったとしても、確かにコストやリスクの面から極めて不向きな環境といえます。

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クック船長による南極探検の図

唯一無二の価値
しかし、逆に「経済・軍事上の利用価値に乏しい」ことこそが、南極の「唯一無二の価値」だと思います。その証拠に、南極以外のグローバル・コモンズでは、海洋、宇宙、サイバー空間、北極など、どれをとっても争い事が絶えません。
 
南極は隔絶され経済・軍事目的のインセンティブが働きにくい地域であるからこそ、各国が争う事なく純粋に科学目的で基地を造り、様々な調査活動を行い、互いに成果を共有し合いながら、地球環境の全容解明に取り組むことができるのです(実際に中国やロシアの観測拠点も訪れて、イデオロギーの違いを超えた国際協調をこの目で見ました)。

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中国の観測拠点にて(Photo by ISSA)

南極が人類にもたらす真の恩恵とは
このように、「唯一争い事のない最後の聖域であり、人類が国際協調を具現化できる場所」、これこそがクック船長の時代では気づけなかった南極が人類にもたらす計り知れない真の恩恵なのではないでしょうか。

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南極条約原署名国をデザインした筆者のヘルメット

リアリストらしからぬ発言かもしれませんが、「人類に国際協調の精神を忘れさせないよう、何らかの大いなる意思が働いて、南極大陸という争い事を持ち込みにくい隔絶された世界が作られたのではないか」、そう考えたくなるほど南極は奇跡と神々しさに満ち溢れています。

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南極の夜明け(Photo by ISSA)