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〈連載小説〉薄井さんとゆたかくん

00『感情』とは人それぞれが持つもの。感覚的にどのようなものかは分かるが言葉で説明できる者は少ない。感情が薄い人間もいれば豊かな人間もいる。例えばそんな2人が出会い同じ時間を過ごしていくとどんな事が起きるのか。こんなにもくだらないことを考えてしまうほど感情とは分からないものなのである。

01私はいわゆる社畜だ。正しくはだった。働き詰めた結果心身ともに壊し、入院した。おまけに医者に言われたのだが職場で罵倒され自分を過小評価し続けていったことにより僕は人よりも感情が薄くなってしまったらしい。笑えなくなり、全てに対してどこか冷徹な人間になった。確かに昔に比べ生きている世界がモノクロで何も感じなくなってしまった。
全部を失ったのだと気付かされた30歳。もう華華とした社会には戻りたくない。退院したら死んでやろうと心の奥底で大事に思っていた。
今日も病室から見える景色は変わらない。桜の蕾が膨らみはじめている。そろそろ退院の日も近い。
ため息だけが部屋に響いている。何かをする気力もなくただ時間だけが川のように流れていくのだった。
すると病室に誰か入ってきた。
「薄井さんおはようございます!今日は珍しく快晴ですよ〜!」
初めての印象はやけに笑う医者。私よりも若いながらも院内では凄腕と名高いらしい。どことなく胡散臭い。
「…そうですね。」
気まずい空気が流れた。
「き、今日は薄井さんに頼み事があってきたんです!」
「たのみごと…ですか?」
医者からの頼みごととはなんだろうか。死んで臓器提供してくれとかかなとありもしない想像をした。
「薄井さん!子ども育ててください!」
意味が分からないとはまさにこのことだ。

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