アウシュヴィッツの様々な議論(14):「アウシュヴィッツの巻物」の紹介2:マルセル・ナジャリ、及び犠牲者数の推計値について。
マルセル・ナジャリの巻物については、近年になってデジタルデータとして分析できるようになり、解読が一気に進んだということで結構な世界的ニュースになっていたようです(2017年)。何せ、発見されたのは1980年になってからのことであり、水分の侵食が酷かったのだとか。
ナジャリは結局、殺されずに生き延びたのですが、母国であるギリシャに戻った後、自身の経験を綴った回顧録を出版はしたものの、それっきり一度も収容所でのことを語ることはなく、巻物についても一切語らず、その後ニューヨークに渡った後、54才で亡くなります。
さて今回は、そのナジャリの巻物が紹介されている、いつものHCサイトから記事を翻訳します。個人的には、ナジャリの巻物はそんなに長くないので全面掲載して欲しかったのですが、部分的に省略されているのが残念です。が、贅沢は言えません。
▼翻訳開始▼
アウシュビッツのゾンダーコマンド囚人マルセル・ナジャリの当時の手書きの手紙が解読される
ロシアの歴史家パヴェル・ポリアン氏の最近の記事「Das Ungelesene lesen」によると、ゾンダーコマンドの囚人マルセル・ナジャリの現代手書きの手紙の90%が「マルチスペクトル画像の使用により」解読されたという。これまでの解読可能なテキストの量は約10%に制限されていた。
ブログの投稿「The Contemporary Sonderkommando Handwritings on Mass Extermination in Auschwitz-Birkenau(アウシュヴィッツ・ビルケナウにおける大量殺戮に関する現代のゾンダーコマンドの手記)」では、ナジャリの手紙から、アウシュヴィッツ国立博物館が以前に読んで公開していたものから、以下のように、大量殺戮についてのぎこちない記述が引用されている。
現在拡張されている解読では、以下のようにはるかに詳細に読むことができる。
原稿は1980年10月24日にアウシュヴィッツ・ビルケナウの第 3 火葬場の地面に埋められているのが発見された。ポリアンが指摘しているように、1944年10月7日のゾンダーコマンドの反乱とギリシャの解放に言及したこの記述は、最終的な部分的なゾンダーコマンドの清算(ナジャリは生き残ったが、彼は1971年に死亡した)の前の1944年10月中旬から11月26日の間に書かれたようである。
しかし、上記に引用されている絶滅措置に関する文章は、さらに正確な日付を示すことができる。「今日、テレージエンシュタットからの輸送があったが、神に感謝して、彼らは彼らを私たちのところに運ばず、収容所に閉じ込めておいた...」という発言は、テレージエンシュタットからの最後の輸送がアウシュビッツに到着した1944年10月30日を指している―ゾンダーコンマンドの反乱以来、恐らく絶滅の対象とならなかった唯一の輸送であり、テレージエンシュタットからの以前の輸送はゾンダーコンマンドの囚人によって作成された当時の絶滅リストに記載されている。
火葬場2と3の配置、殺害手順、遺体処理など、アウシュヴィッツでの大量殺戮の様子が確実に記された原稿である。
最も注目すべきは、彼がアウシュビッツで4年以内に140万人のユダヤ人を殺害したと推定していることである―ナジャリ自身が収容所に到着したのは1944年4月のことである。この数字は、今日の情報源から知られているものよりもわずかに数十万人多いだけで、戦後にソビエトが取得した400万人よりもはるかに少ないことを示している。ゾンダーコマンドの囚人の中には、当時の強制移送/絶滅のデータをよく知っていた者がいて、その知識を後のゾンダーコマンドの囚人にも伝えていたことが示されている。
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2017/11/10更新
Posted by ハンス・メッツナー at 2017年10月07日(土)
▲翻訳終了▲
犠牲者数の推定値ですが、あくまでも個人的な意見になると断った上で述べます。例えば、こちらのBBCの記事にもこのナジャリの巻物の記載内容についてこんな記述があります。
「正確な推定値」だとは私は思いません。先ず、ナジャリがアウシュヴィッツに来たのは1944年4月であり、当然ではありますが、ナジャリ単独で推計できるほどのデータを持っていたとは考えられません。基本的には、もっとも現場でよく知っていた一人であろう、アウシュヴィッツ司令官を長く務めていたルドルフ・ヘスですら、「うーん、どうだったかなぁ? 流石に400万は多すぎだし、アイヒマンの250万人もまだ多すぎるし……」と考え込まないと分からないほどだったのです。
以前に訳した、「ハンガリーのホロコースト研究ノート」に出てきた、ビルケナウに到着したユダヤ人の、囚人登録される労働適格者への囚人服を管理していた担当カポのレオ・グレーザーですらもこうです。
グレーザーは囚人服を渡した数だけをメモしていたので、移送数全体を知っていたわけではありませんし、ガス室に運ばれたユダヤ人の数も数えてはいなかったでしょう。ですが、近くにいた関係者のはずです。しかし、この時期に最も多かったであろうハンガリーユダヤ人の現在の虐殺推計数は32万人であり(この推計には、そのグレーザーリストが使われているにも関わらず)、ハンガリー研究ノートでは言及されていない他の虐殺を含めたところで、その倍の65万人にもなるとは考えられません。
したがって囚人などの推計値に対して言えるのは、この記事の下でセルゲイ・ロマノフとネイサンが言っているように、極論すれば、ある程度は考えたかもしれないが適当な数字を言っていただけである、ということのように思えます。
ナジャリの示した数値が現在の値である110万人に近いのは、ルドルフ・ヘスが、アイヒマンかその関係者に聞いた国別虐殺数を足したら、偶然113万人だった、のと似たような話に過ぎないと思います。ナジャリの巻物にある、「約3,000人」だって、ナジャリ自身が数えたとは到底考えられません。遠い数字だとは思いませんが、大雑把な数字に過ぎないでしょう。実際には、ハンガリー研究ノートを使用して推計したところ、推定ではあるものの、ガス室一回あたり、平均的には約2,100人程度だったのではないか? との計算も独自にしています。
従って、百万人を超えるような馬鹿でかい数値を、囚人たちが精度良く推定できるなど、あり得ないでしょう。ヘスですら無理だったのです(註;実はその後、ヴァンペルト報告書を訳していてその中にヘス自身が推計した最終値である「120万人」があることを知り、ほぼ正確な推計値に達していた、と言えると思われる)。実は、ポーランドの資料サイトの別の人の証言の翻訳をしていたら、600万人という推定値すらあったのです。
ソ連がどうして400万人という数字を報告書に使ったのかについては、信頼性の高いと思われた囚人、つまりヘンリク・タウバーのように仔細にわたって証言する人の、信頼性を重視したんじゃないか、あるいは400万人という証言が最も多かったから、などではないかと、今は漠然と思ってます。ただ、いずれにしても報告書にはそんなことは一切書いていないので、ソ連がそう書いたことについての理由を、100%断定できる回答は出せないと思います。
ただし、「おそらく囚人の誰かの述べた数字をそのまま用いたのであろう」という主張は、「ソ連は過大な犠牲者数を適当に捏造主張したのである」という否定派の主張よりは遥かにマシな憶測だとは思います。ネイサンのいう通り実際にはバラバラですし、共謀している気配もありません。
閑話休題。
ところで、「ナジャリの巻物にある、「約3,000人」」については、しつこくこれを言うネット否定派がいます。彼に言わせると、「畳一畳に22人も入るわけねーだろwwwww」なのだそうです。
私はこの「頭の悪い」発言には、呆れるしかないのですが、こんな記事も以前には自分で書きました。
実際の話、こうした限界密度データなどほとんどないのです。私も相当探し回りましたが、Holocaust Controversies内のどこかの記事にも数例だけ調べて考察をしていた記事があったと思いますが、明石花火大会歩道橋事故を上回る数字はありませんでした。
私自身は、ナジャリの「約3,000人」がどこから出てきた数字なのかは全くの不明であるものの、ルドルフ・ヘスの自伝にも限界が3,000人(但し、この数字になったことは一度もなかった、ともある)とあるのに一致するので、むしろかなりの正確性がある、と思っています。大雑把ではあるものの、ゾンダーコマンド達は目の前でガス室を何度も見ていたでしょうし、作業量にも関わってくる数字なので、ある程度の正確性はあったのだと思います。
だからと言って、これが例えば仮に「5,000人」だったとしても、それが直接「嘘」に結びつくというものでもないでしょう。ゾンダーコマンドの仲間がそう言っていた、などの伝聞の可能性や、あるいは単なる本人の誤解など、その程度ならあり得るし、場合によっては説明が難しくなるような「一万人」だったとか、逆に「数百人」だったとかも証言・記述としてはあり得ると思います。人間誰しも誤解などの間違いはするものです。
しかし、「彼」の言っている「嘘」の射程は、「陰謀」にありますので、そういう話ではないのです。彼を含む否定派は、巻物は故意に捏造され、証拠として用いられるようにわざと埋められたものである、という話のようです。ならば、どうしてナジャリの巻物は1980年という、とっくにニュルンベルク裁判も終わってる時期に発見されたのでしょうね? 陰謀工作の失敗?(笑)
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