深夜の電話

二日酔いがひどかったので、ビールでも飲むかと思いながら携帯をタップすると、どこまでスクロールしても通知の嵐だった。げんなりしながらLINEを開くと、寝落ちしたであろう時間の五分後にあった不在着信。台風以来吸い込みがイマイチな換気扇が、不規則にガコッガコッと音を立てているのが部屋の中でやけに響く。どうしていつもこうなんだろうなあ。間の悪い女グランプリで上位を狙えるんじゃないかな、なんて思いながらビールを飲んでしまうあたり、何も反省していない。

今日だってそうだ。「スイパラ行かない?」って友達からの誘いを受けるちょっと前に夕飯を食べてしまった。考えだすとあれもこれもできりがないからやめておくが、あと少しのタイミングに間に合わない。せっかちなのがいけないのだろうか。

何年か前も同じように、同じ人から電話を出損ねてしまったことがある。その日はやけに眠たくて、ビールも飲まずに布団に入って、でも熟睡できなくてウトウトするのをずっと繰り返していた。まだ春が来る前の、誰かを湯たんぽにして寝たくなるような、そんな気温のせいで余計に寝付けなくて。誰かと話したいなあ、さすがにシラフじゃだめだなぁ、なんて思いながら手を擦り合わせて狭い布団の端から端までゴロゴロ行ったり来たりしていた。
ねむたいなあ、でもねたくないなあ、でも仕事だしなあ、でもねたら朝になっちゃうし嫌だなあ。どうしようもなく心がぽっかりしている気がして、うだうだウトウトしていたら、いつの間にか携帯が光ってて。不在着信の通知だと思った瞬間、上から別の通知が流れ込んでくる。

「れか」「寝てるの?」
寝てない、ひとりになりたくないから。

なんて重たいことはもちろん言えず、ちょっとだけ泣きそうになりながら「起きてますよ。飲んでたんですか?笑」なんて即レスしちゃって。折り返しはできなかった。掛けたら全部終わっちゃいそうだから。出ないことが答えだろうなあと思って。

「ねな」
「いやまだ起きてますよ」
「ねなよ」
「まだ帰り道ですか?」
「そう」
「じゃあ家に着くまでは起きてます」
「帰れるよ」
「酔っ払いの言うことなんか信じません」
「ねな」

帰る家はどこでしたっけ。そういえば、私あなたの家のこと全然知らなかったな。
布団の中はどんどん冷える。これだから冬は良くない。私に優しいのは毛布だけだね。ゴォーと叫ぶと換気扇と低く唸る冷蔵庫の声で、現実なんだよなこれ、と実感してしまう。

「れ」「か」「ねた?」
「寝てません、考えごとをしてました」
「ねなよ」
どっちですか? からかいたいだけ?

送ろうか送らまいか、全部消して悩んだ末に「お水買いました?帰れてます?」とだけ吹き出しに残す。

全部わかっているんだ。夜中に電話をしてくる人がロクでもないことも、酔ったせいなのも、確信犯的に名前の呼び方を変えるのも。
だったら、せめて今夜くらいは私に一番はじめのおはようをちょうだい。間違えでいいよ。人間だからさ、コンディション維持のために普通にしたいよ。おはようくらいじゃ致命傷は埋まらない。でもね、水のようなやさしさを与えるなら、形のあるもので穴埋めしてよ。

電話なんて出ないほうがいい、返事もしない方がいい、もっと言えば会わない方がいい。でも現実としてどれも叶わないから、無い物ねだりで欲しくなる。
次の電話はいつだろう。その時こそ、みっともなくすがりついて私も別の名前を呼べるのだろうか。

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