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芥川龍之介 読書記録②(開化の殺人/開化の良人/魔術/黒衣聖母/影/妙な話)



開化の殺人(「中央公論」1918年7月)

語り手が最近手に入れた、ドクトル・北畠義一郎(仮名)が本多子爵夫妻(仮名)に宛てた遺書。その遺書にはドクトルが幼き頃より想いを寄せていた現子爵夫人・明子への強い愛と、愛ゆえに犯した殺人についての告白が書かれていた。


本編は古めかしい遺書の文体で進むため、少し読みづらかったです。
しかし、それでもドクトルの、不貞を行った者を殺し、明子を救うという建前の元に殺人を犯し愉悦に浸る瞬間や、本多子爵へも同じことをしようとしている自分に気づき、以前の殺人も自分のためだったのではと絶望する気持ちが感じられました。


開化の良人(「中外」1919年2月)

「開化の殺人」で名前が出た本多子爵が語る、友人・三浦直樹の理想とする「愛のある結婚」にまつわる苦い物語。


「開化の殺人」と同一時間軸かは分かりませんが、リンクすると思われる場面もありました。

旧弊な考えを否定し、新しい考えを信奉していた気持ちが、人間のもつ不純に触れ幻滅してしまう。
一個人の理想は、他者の欲望という事実の前では負けてしまうのか。苦い顛末と、その出来事を忘れずに覚え続けている子爵の心が染みました。


魔術(「赤い鳥」1920年1月)

友人の魔術師マティラム・ミスラから魔術を教えてもらうことになった私。
魔術を使うには欲を捨てなければならないと言われた私は、「出来るつもりです」と返答する。
一月後、友人たちの前で石炭を金貨に変えて見せた私。金貨を石炭に戻そうとすると、一人の友人から金貨をかけた勝負を持ちかけられる。


魔術的なオチが粋なちょっとした小話でした。
肩の力を抜いて読める、良い娯楽短編です。


黒衣聖母(「文章倶楽部」1920年5月)

友人の田代に見せてもらったのは、顔以外が黒檀を刻んだ、黒衣の麻利耶観音だった。田代は、この麻利耶観音にまつわる、以前の持主の家に起こった気味の悪い出来事を話してくれた。


黒衣の麻利耶観音にまつわる短い物語です。
祖母の祈り通りに願いを叶えた麻利耶観音でしたが、そこに至るプロセスに、麻利耶観音の悪意は入っていないのでしょうか。
しかし、それは神のみぞ知るということなのだと思います。


影(「改造」1920年9月)

日華洋行の主人陳彩は、自身も若い部下に惹かれているが、匿名の手紙や過去の記憶から妻の不貞を疑っており、探偵に調べさせていた。
陳彩の妻・房子の方は、最近誰かに見張られているような感じがして不安になっていた。
ある夜、陳彩が自宅の近くまで行くと、家の敷地内から怪しい物音が聞こえてきて……。


短い中でも複雑な構成の物語でした。メインの物語は映画の中での出来事で、最後に現実に戻ると見せかけて、最後の場面も映画なのかもしれない。
この物語は、最初から最後まで作り物ですよと言っているようで、でもそこに書かれている感情は激しく深いものが感じられます。

二人の陳彩や、最後の東京の場面における男と女のやり取り。
純粋に幻想的な恐怖小説しても読めますが、芥川自身が離人感に悩み、恐怖していたのではとも感じてしまうのは、その後の芥川の人生を知っているからかもしれません。


妙な話(「現代」1921年1月)

ある冬の夜、旧友の村上から、私も交友がある村上の妹・千枝子の消息とともに、以前千枝子が東京に住んでいた時に体験した妙な話を聞いた。それは、不思議な赤帽にまつわる話だった。


世にも奇妙なショートショートでした。
赤帽は何を意味して現れたのでしょうか。
心のどこかに罪悪感があり、それが具現化したのでしょうか、別の誰かの意志なのでしょうか。

語り手である「私」は、この出来事を当時知るよしもありませんが、彼にとって余計な存在だったことは間違いないでしょう。



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