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メグレシリーズ中編「メグレと溺死人の宿」「ホテル〈北極星〉」「メグレとグラン・カフェの常連」紹介と感想

今回はメグレの中編の中から『世界の名探偵コレクション10 6 メグレ警視』に収録されている3作品の感想を書いていきます。


メグレと溺死人の宿(1938)

あらすじ
深夜のロワン河の岸辺、《溺死人の宿》の側で起こったトラックと自動車の衝突事故。偶然ヌムールに来ていたメグレは、事件に関わることになった。河から引き揚げた車からは中年女の死体が出てきたが、車を使用していた男女は行方不明のままだった。果たして、奇妙な衝突事故の裏に隠された真相は。

紹介と感想
奇妙な事故を発端にした事件は、土砂降りの中で行われる捜査と、終盤のメグレによる事件当夜の再現が印象に残る中編です。事件関係者のドラマというよりも、事件を追うメグレを味わい深く楽しむ物語と言えます。

メグレはコートのポケットに両手を突っ込んでいる。山高帽には水があふれ、ちょっとでも動いたら、どっと流れ落ちそうだった。ことがうまくいかないので、メグレは顔をしかめ、一枚岩のようにじっと身動きしない。ただ、パイプを噛みしめたまま「ああ!」とつぶやいただけだった。

ジョルジュ・シムノン 長島良三訳『世界の名探偵コレクション10 6 メグレ警視』p.100
事件現場に着いて、土砂降りの中で車が引き上げられるのを待つメグレ

映像化
ジャン・リシャール主演(仏) ※日本未紹介
 第85話「L'auberge aux noyés」(1989)


ホテル〈北極星〉(1938)

あらすじ
後2日で定年退職となるメグレは、取らなくても良い電話を取ったことでやっかいな事件に関わることになった。安ホテルで背中から刺されて殺された男、ジョルジュ・ボンバール。同じ部屋に居たと思わしき若い女に目を付けたメグレだったが、これがやっかいの始まりだった。

紹介と感想
メグレのオフィスをメイン舞台に展開される本作は、定年間近のメグレと、十代と思わしき少女の静かな戦いの物語になります。
少女は、本名も言わず、様々な態度でメグレを翻弄しますが、メグレも簡単には動じず、リュカやジャンヴィエの力も借りながら少しずつ事件の真相を読み取っていきます。
最後は、好敵手同士のような理解に辿り着いた二人だからこそ、最後の結末が効いてくるのだと思います。メグレ中編でも完成度の高い一編です。

 メグレは自室のドアを開け、しばし呆然となった。彼の書類はすべて引き裂かれ、しわくちゃにされて床にまき散らされ、窓ガラスはこわされ、暖炉に飾られていた共和の女神像は二つに割れて床に横たわっている。
 若い娘はというと、警視の肘掛椅子に坐り込んで、傲然とメグレをながめていた。
「予告しておいたはずよ!」と、彼女は言った。「いい、こんなことではまだまだすまないから!」

ジョルジュ・シムノン 長島良三訳『世界の名探偵コレクション10 6 メグレ警視』p.176
荒らされたオフィスに戻って来たメグレ

映像化
ブリュノ・クレメール主演(仏)
 第54話「Maigret et l'Étoile du Nord」(2005)※日本未紹介


メグレとグラン・カフェの常連(1938)

あらすじ
メグレは、いつものように《グラン・カフェ》へ行き、お馴染みのメンバーとカードをしていた。その日、肉屋が大金を持っているので公証人に会いに行くと話し、その夜のうちに銃で撃たれて死んだ。誰もが元警視のメグレの元へ来るが、メグレは事件に関わるのを拒否していた。三年後のある日、メグレは夫人にだけ理由を語るのだった。

紹介と感想
引退後、田舎で余生を送っているメグレの様子がじっくり珍しい物語になります。シリーズは時期によってパラレルワールド的な時間軸になっていますが、単純に考えるとシリーズ最後の時間軸に位置してもおかしくない物語です。
自分の住むコミュニティで起きた事件に、なぜメグレは関わりたくないのかが主題となりますが、事件自体は正直弱めの話です。
それよりも、メグレ夫人も沢山顔を出してくれるため、引退後のメグレ夫妻の様子が印象に残る、メグレ夫妻好きのための静かな中編になります。

「あの事件で、何があったのか、どうしてわたしに言いたくなかったの?」
「どうしてもさ!」
「今はどうなの? まだ、本当のことを知ることはできないの?」
「まだだ!」
 夏だった。夫妻はサヴォア地方に出かけてみることにした。あちこち見物して回るつもりはなかった。メグレ夫人が、歩くのが不得手だったからである。

ジョルジュ・シムノン 長島良三訳『世界の名探偵コレクション10 6 メグレ警視』p.270
事件の捜査が打ち切りになり、暫くたってからのメグレ夫妻のやりとり

メグレシリーズ 既読作品リスト

現時点での読了リストを自分用のメモとして書いておきます。
☆がお気に入り、〇がお気に入りには後一歩だけど良いと思った作品です。
全て現時点での評価になります。

長編
〇03.サン・フォリアン寺院の首吊人(1930)
 06.黄色い犬(1931)
☆07.メグレと深夜の十字路(1931)
☆09.男の首(1931)
 14.サン・フィアクル殺人事件(1932)
〇17.紺碧海岸のメグレ【別邦題:自由酒場】(1932)
☆18.第1号水門(1933)

☆21.メグレと超高級ホテルの地階(1942)
☆25.メグレと奇妙な女中の謎(1944)

☆29.メグレと殺人者たち(1947)
☆35.メグレと老婦人(1950)
☆36.モンマルトルのメグレ(1950)
☆38.メグレと消えた死体(1951)
☆39.メグレと生死不明の男(1952)
☆41.メグレとベンチの男(1952)
〇42.メグレの途中下車(1953)
〇43.メグレ間違う(1953)
☆44.メグレと田舎教師(1953)
☆45.メグレと若い女の死(1954)
☆46.メグレと政府高官(1954)
☆47.メグレ罠を張る(1955)
〇48.メグレと首なし死体(1955)
☆53.メグレと口の固い証人たち(1958)
〇56.メグレと老外交官の死(1960)
 62.メグレと幽霊(1964)
☆63.メグレたてつく(1964)
〇64.メグレと宝石泥棒(1965)
〇72.メグレと老婦人の謎(1970)
 73.メグレとひとりぼっちの男(1971)

中短編
 01.首吊り船(1936)
 02.ポールマルシェ大通りの事件(1936)
 03.開いた窓(1936)
〇04.月曜日の男(1936)
 05.停車──五十一分間(1936)
☆06.死刑(1936)
 07.蠟のしずく(1936)
〇08.ピガール通り(1936)
☆09.メグレの失敗(1937)

☆10.メグレ夫人の恋人(1939)
☆11.バイユーの老婦人(1939)
〇12.メグレと溺死人の宿(1938)
☆13.殺し屋スタン(1938)
☆14.ホテル“北極星” (1938)
〇17.メグレと消えたミニアチュア(1938)
〇19.メグレとグラン・カフェの常連(1938)

 20.愚かな取引(1939)
☆21.街中の男(1940)

☆24.メグレと無愛想な刑事(1946)
☆25.児童聖歌隊員の証言(1946)
〇26.世界一ねばった客(1946)
〇27.誰も哀れな男を殺しはしない(1946)
☆28.メグレ警視のクリスマス(1950)
☆29.メグレとパリの通り魔(1951)


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