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鞍馬天狗シリーズ短編「鬼面の老女」「西国道中記」紹介と感想


「鬼面の老女」(1924)

大佛次郎『鞍馬天狗 第十巻』中央公論社, 1969, p.3-32

あらすじ
小野宗春亡き後、弟の小野宗行が全てを奪ってしまった。
宗春の忠臣・浦部甚太夫に連れられ、逢阪山で武術を教えられながら育った宗春の一子・宗房。
成人し、甚太夫も亡くなり、金に困って叔父を頼って実家へ行くが、計略に嵌められ一銭ももらえなかった。
その帰り、密使を捕まえようとしていた鞍馬天狗一味と刀を交わす宗房。
誤解も解け、父を知っているという鞍馬天狗と知己を得る。

後日、父の墓参の際に出会った宗行の娘・白菊姫に一目惚れした宗房。
その際に、再会した鞍馬天狗に宗春の山荘だった所が化物屋敷と言われていることを聞く。
宗房と鞍馬天狗は、化物屋敷の秘密を暴くために鹿ヶ谷へと向かった。


紹介と感想
雑誌『ポケット』で今作から始まる連作短編8編が連続掲載されたものが、鞍馬天狗の始まりになります。最初は今作だけの読み切りの予定で始めた物が連載になったとのことです。
今作が鞍馬天狗の処女作であり、大佛次郎のオリジナル時代劇の処女作でもありました。

結果的に連作の第1話となった今作では、宗房の紹介と怪談話の裏にある真相を暴く物語になっていました。

今作だけでも鞍馬天狗の強さが描かれています。
しかし、それよりも宗房が甚太夫直伝の「天狗飛切の術」を使い、谷を飛び越えたことに驚きました。どっちが天狗なんだという感じです。

また、ここまで読んだ戦後作は「ですます調」であったのが、「である調」であるのも新鮮でした。

本書には、後の7編の梗概が乗っています。これを読むと、初期の鞍馬天狗と近藤勇のキャラの尖り方が伝わってきて、こちらも新鮮でした。


余談ですが、本巻あとがきで、『鞍馬天狗』を書き、作家として生きることになったことについて簡単に振り返っていましたが、これが短いながらも面白かったです。

ただ文壇の人たちがやろうとしない、読者を楽しませる小説なら自分にだって「作れる」と思った。やがて、それだけでは物足りなくなって、別の要素がいろいろと入ってきたし、真実な仕事も考えたが、遂に自負心も自惚れも一生持たなかった。いまでもアマチュアでディレッタントで、一命を打ち込んだ仕事にはならなかった。つまり、作家の資格が自分にはなかったということかも知れぬ。鞍馬天狗も読者のものであって私のためのものでない。

大佛次郎『鞍馬天狗 第十巻』中央公論社, 1969, p.512
あとがきより

映像化
竹脇無我・主演『鞍馬天狗』(1974~1975)
 第10話「鬼女の面」

野村萬斎・主演『鞍馬天狗』(2008)
 第1話「天狗参上」
 ※このシリーズでは小野宗房が鞍馬天狗の本名となり、キャラクターとして統合されています。


「西国道中記」(1941)

大佛次郎『鞍馬天狗 第八巻』中央公論社, 1969, p.453-481

あらすじ
鞍馬天狗が西郷吉之助に頼まれたのは、幕府方の勝安房という人物の護衛だった。
勝は長州へ出向き休戦談判へ出かけたとのことだった。
西郷としては、国の中で争っていては外国に攻め入られた時に困るという勝の言う通りだと納得したが、薩摩藩の中でも血の気の多い者が脱藩して勝の後を追って行ったのだ。
勝を追い始めた鞍馬天狗は、岡っ引の長次と妾のお艶も勝を探している事を知った。
どうやら、新選組の休戦反対派も勝を追っているらしい。
鞍馬天狗は馬を走らせ淀の城下まで辿り着く。果たして、勝はどこにいるのか……。


紹介と感想
自作の鞍馬天狗へ愛憎半ばの気持ちをもち、厳しい事を言う事が多い著者が、読了本のあとがきで「読者には物足りない作品かもしれないが、書いた私は、嫌な方ではない。」と記載している『週刊朝日 初夏特別号』に掲載された短編です。

短い中で勝安房のキャラクターが経っており、2勢力から追われる勝をどのように守るのかという興味もあり面白く読めました。
また、道中記だけあり短い中で動きの多い作品なので、映像にすると映える作品だと思います。

「格式も何も要りはせぬ。そいつに始終こだわる癖が出来てから、ご公儀の屋台が、いびつになって、万端が手順よく運ばぬことになったのだ。長州だってそうだろう。勝が談判に来たと噂が拡がってみろ。こいつ増長するか、さもなくては、八方から偉そうな横槍が出て、藩論などが決まるものか? ぶらりと行って膝を突き合わせて、正直な話をするだけのことさ。」

大佛次郎『鞍馬天狗 第八巻』中央公論社, 1969, p.472
お供もなく単身は危険だと言う鞍馬天狗へ勝が伝えた言葉

映像化
嵐寛寿郎・主演 第34作目『鞍馬天狗と勝海舟』(1953)


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