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君は自転車泥棒

ファッ?!という驚きのネットミーム通りである。

もうすぐ6歳になる息子が友人の誕生日会に行きたいというので、パーティ会場まで送った。イタリアだと親も参加する事が多いのだが、生憎妻も僕もこの週はずっと体調が悪かった。相手先の親へこちらの事情を伝えて、息子一人を置いて僕は家のベッドに戻らせていただく。

ある程度の時間になったので迎えに行くと、息子は会場の中のトランポリンで飛び跳ねていた。少し遅めの時間になってしまったので、もうお開きの雰囲気は出ているのだが、まだ友達は幾人か残っている。そもそも土曜日の夕方、パーティ会場はバール、何組かの親は呑みながら子ども達を放し飼いにしているのだ。彼らはすぐに帰ろうとする気配があまり感じられなかった。

息子はその空気を読み取ってるのか、まだ他の友達も残っている楽しさからか、帰りたがらない。帰るよ、パパママは体調が悪いの、お願いだから、と父親の僕がごねてお願いしても、彼は聞く耳を持ってくれない。子どもとは残忍なものである。親として躾として強制する事も多いが、そんな時に申し訳ないなんて気分になる必要がないくらい。どっちもどっちだ。

捕まえようとした僕の腕をすり抜けて、彼は友達と一緒に逃走を図った。会場の外も原っぱだったり、コンクリートの一周100mくらいのトラックがあったり、それなりに広い。息子と友達はパーティ会場の外にあった自転車を掴み、2台で逃走し始めた。

子どもの自転車のスピードでも、さすがに体調の悪い僕には追い掛けられない。まぁぐるりと二人で回ってくるだけだ、一周してくればもう一度チャンスはある。

諦めた僕を忘れたように、彼らはいつの間にか競争を始めた。キャッキャウフフと、どっちが速いか競っている。ウチの息子は他の子よりも少し大きいので、大体の運動は他の子よりも勝る事も多いのだが、このレースは残念ながら友達の方が速い。僕の元にも友達の方が先に辿り着いた。その差、数メートル。そりゃそうか、そもそもウチには自転車がないから、ウチの子は自転車に乗れないのだ。

………あれ?


何故、お前は自転車を漕げているのか、息子よ。

驚きのあまり、彼らが通り過ぎて2周目に入るのを止められなかった。あれ?補助輪も着いてない自転車、何でこのコは運転しているのか?い、いつのまに?

呆然としている父親なんて知らんぷり、彼はレースで必死に勝とうと頑張っている。林檎みたいなほっぺをして、今の楽しい時間以外は何も頭にないほど前を向いて。

僕は目を丸く見開きながら、ファッ!?と呟いた。周りのイタリア人にこの感情が分かるはずもないだろう。ウチのコすげー!なんていう、少し親バカが入ってるかもしれない。でも頭の片隅では、残念さがウロウロし始めていた。僕が息子と同じような歳だった頃、親父に後輪を持ってもらって練習した、自転車の乗り方なんていうあの親子イベント的なものは、この子と僕の間にはどうやらなくなってしまったようだ。

まぁ面倒がなくって良いのかもしれないな。「男子三日会わざれば刮目して見よ」というが、ウチの場合は3時間だったという事だ。後々聞いてみたら、誕生日会で友達と遊んでる最中に乗れるようになったんだと。性格的には怖がりなのに、人間、楽しみながら学べば、思いも寄らない放物線を描いてジャンプをしていくのだと、この歳にして理解した。


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