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アンビュランス/観てみて_11

●そうだよ、ドカーン!だよ

予め観ようと決めていた作品が幾つもある週でした。なのに歯止めが。暫く大人しく過ごし落ち着いてから外出を試みてみました。⁡

己の単純さを実感、体の調子と気持ちの張りががっつりリンク。ならばはじめの一歩はザッツ・エンターテインメントでいこうと思ったのです。ならばこれだと思ったのです。監督は「良い爆発のレシピを知っている。」と自ら宣うマイケル・ベイ。それに便乗して私もドカーン!と元気良くやってみようかと、首はシーネで固定して。このビジュアルで『アンビュランス』。当初の自虐ももはやワクワク感しかなく、期待値マックスで着席しました。


●振り返り⁡(内容に触れています)●


総括
ドカーン!でした(終)、、、じゃなくて。⁡

⁡映画『アンビュランス』。コピーは「それは、単純な銀行強盗のはずだったー」。つまり“それは”が複雑極まりない展開になります。破壊王マイケル・ベイ監督王道の複雑極まりなさが繰り広げられます。超ホメてます。メインキャストはジェイク・ギレンホール(兄)、ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世(弟)、エイザ・ゴンザレス(救急救命士)の3名。⁡

⁡物語は妻の医療費に窮した弟が羽振りの良い兄を頼りに行き、銀行強盗のグループに無理矢理引き入れられてしまうところからスタートします。⁡⁡ところが計画は失敗。生き残った兄弟は救急車を強奪し逃亡する羽目に。車中には救命士と負傷した警官がいました。警官は直前に兄と揉み合っており、兄を守ろうとした弟が撃ったまさにその人で瀕死。警官殺しは重罪。刑務官にとりわけ可愛がられるであろう30年の服役は、さぞや恐ろし過ぎる事でしょう。兄弟は絶対に警官に死んで欲しくない。救命士は職業人として職務を全うしたい。どこでもかしこでも銃口が向けられる中、結論だけが合致した彼らがいかに生き延びるかが描かれます。ドカーン!と共に。⁡

主として弟が運転します。どんどんと数を増すパトカーやヘリコプターもすり抜けるわ体当たりするわ自滅させるわのスーパードライビングテクニックで。兄は名の知れた冷徹な極悪人らしいのですが、瞬間湯沸し器にしか見えませんでした。身バレした際に警察が「またあいつなのか!!」みたいな反応をするので、もしやこのキレっぷりは計算ずくなのかも知れないと買い被りそうになったものの、話が進めどキレるメリット皆無。どうやら本当にこういう人だったのかもしれません。そんな激情型の兄をジェイク・ギレンホールが熱演しています。

その後間もなくそんな兄の迂闊な発言で、運転手が彼の弟で軍人だったということもバレてしまいます。今度は警察は「軍人だからか!!」と、それなら仕方ないの意味で弟の運転技術に大きく納得していました。この作品では兄弟の言動に対し、絶妙のタイミングで第三者の台詞が挟まれるお陰で私の脳内補完もスムーズに進んだ気がします。この合いの手感が堪らないです。併せてこの逃走中、弟が実は善意の人なのだというシークエンスも幾つか挟まれ、それにより救命士が弟を理解していく様子も描かれていきました。

原作は『25リミッツ』というデンマーク映画だそうです。監督はリメイクではないと断言されているし(ということはきっとかなりな別物なのだろうなと、原作未見の私ですらそんな気がします。)なのでどこをどこまで踏襲しているのかが分からないのですが、こちらの版では途中から、追う側の指揮系統外に属する人が突然現場に参加し、しかもたまたま兄の元同級生で兄の性分も十分理解している事がその人自身の口から説明されます。ここ、カットされたシーンなどもあるのかなぁ?と思いつつ(うーん、無い気がします。)この偶然には兄弟の不運を哀れむしかありませんでした。

⁡反面、市警察指揮官のモンロー警部が、ミリオネアの部屋着みたいな思い切りラフなアメカジだったりだとか、巨大な犬(監督愛犬)を現場真っ只中まで連れて来て長々溺愛していたりだとか、警部の補佐として急遽派遣されてきた女性が個性溢れる豪快さんで、彼の一言一言に皮肉を呟き観客をニヤニヤさせたりだとかと、警部周りの情景が至極丁寧に描かれていると思わされつつの、そんな警部自身は裏社会のメキシカンお手製の武器であっさりやられてしまったりだとかするのです。マイケル・ベイ監督、ディテールに激しく強弱つけて我々の目をスクリーンから反らせようとしないのです。ありがとうございます。

勿論そこには兄弟のブラザーフッドも描かれています。⁡猛スピードの運転席で殴りあいの喧嘩をするのもそれゆえ。その時挟まれる彼らの少年時代のワンシーン、弟がセイリングを歌い兄が耳を抑えているシーン。ちなみにロッド・スチュワートでなくクリストファー・クロスの方です。悪ガキが唄う清らかな声でおなじみクリストファー・クロス。その挿入のあと、つい最前まで喧嘩していた彼らは突如この歌をユニゾンで歌い始めます。私は暫しのポカーンの後大笑いです。でもそれは彼らにとっては楽しかった大切な思い出のリバイバル。だからこそ現在進行形の痛々しさがますます胸に響きます。あの頃はこんな自分たちになるだなんて思ってもみなかったろうに。そんな切ない場面も見せつける監督。⁡

⁡私は途中から、何処に行くのか?何処なんだ?と、ずっとお腹の中で呟きながら観ていました。それは救急車のゴールでもあったし、物語の行く末でもありました。これはハリウッド制作のドンパチ映画です。因果応報のラストでしかないのは分かっていたけれど、シンプルに全滅では辛すぎました。⁡

⁡救急車は遂にある場所で止まります。その時兄はそこにしか行くつもりはなかったのだと思います弟の為に。この時弟はある行動をとります兄の為に。その後の流れは法治国家に住む人間として良しとしてよいのかは分かりませんが、この作品ではそれをアリだと判断しています。⁡私自身の判断はアリでした、この作品を選んだという判断が。というより正解でした。余韻をぶった切る清々しい程のエンドクレジットも好感しかありません。観客の望みに応える、、、どころか更には上をいってくれたマイケル・ベイ監督に改めて心より感謝です。