自給自足で暮らしたい
私の故郷は秋田の小さな町で、父はお米と野菜を作る農業、母は個人で配達式のパン屋を営んでいる。
我が家では、父が作ったお米と野菜が食卓の主役だ。上京してからも、ずっと父のお米を食べているし、春から秋にかけて、旬の野菜や果物がひっきりなしに送られてくる。一人暮らしをするようになってから、お米を買ったことがないし、野菜を買うことも少ないので、たまにスーパーで値段を見るとびっくりする。これは本当に幸せなことだ。
私が幼い頃からパン屋に勤務していた母は、独立して今年で15年目になる。家の4畳ほどの小さなスペースに専用のオーブンを置き、毎朝4時に起きて前日受けた注文のパンを大量に作りお昼に配達へ向かう。パンに使う小麦は父が育てて収穫し、専用の機械で挽いた小麦粉で、パンに使うジャムやあんの具材も全て自家製。
我が家では当たり前のことだが、すごいことなのだろう。
自給自足。実家の暮らしはまさにこの一言に尽きる。自分達で育て、収穫し、販売して生活が成り立っている。
そうか。私も父や母のような暮らしがしたいのだ。
職業は違えど。全て自分から生まれた素材を使って作品をつくりたい。自分の文章、自分の絵、デザインで。
10年間、制作会社でデザインの仕事をして、フリーランスになって5年目。フリーランスといっても、業務委託、塾講師、ロゴなどの単発案件など、いろんな仕事を組み合わせながらやっている。ここ数年は創作を優先したいので、平日18時以降は仕事をしないし、土日祝日もしっかり休む。
フリーランスは頑張ればたくさん稼げるが、私のようなペースだと会社員として働く方が稼げるので収入の面ではギリギリだ。創作活動で得られる収入は、本当にわずかなものだ。
それでも、創作ができる余裕のある今の生活は、休む間も無く仕事をしていた時よりも確実に私の心を満たしている。仕事以外の時間は、陶芸したり、絵を描いたり、文章を書いたり、いつも手を動かしている。趣味の延長のようなものなので苦ではないし、オンオフなしにいくらでもつくり続けられる。節約を楽しめば、あまりお金も減らないのだ。
思えば、実家も裕福ではないが自分達の好きなことで、自給自足しながら暮らす両親はとても幸せそうで、いつも生き生きとしている。
父も母も自分の仕事を愛しているのだ。
昔、私が体調を崩して仕事を辞めた時も、手に職があればなんとかなるから大丈夫と強い言葉で勇気づけてくれた。めちゃくちゃ説得力があった。
高校のとき思い描いたデザイナーという職業は、とても華やかで、誰もが知っている広告やパッケージをデザインするクリエイター達に憧れた。私はそこには到底及ばなかった。
それでも、つくって生きることを選んだ自分の選択は正しかったと思う。小さく、少しづつ。遠い昔、蒔いた種に毎日水をあげていたら、ゆっくり、確実に芽が育っているような。そんな実感が最近はある。
食べることと同じように、絵や文章が放つ幸せは、一瞬のものだ。それでも生きていくために必要なものだと信じている。
父や母のように。自分達で作った野菜やパンが、届けた人の笑顔に繋がるように。私も自分で生みだした作品で、人に癒しや、気づきを与えられるようになりたい。