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上演脚本 『Kunst』

はじめに

このnoteは、2021年10月30日・31日に行われる演劇公演、Mr.daydreamer #6『Kunst』の上演脚本です。
公演情報はこちら

前回の#5『いない(いる)いらない』同様、「脚本の前売り」となります。
序盤は無料で読めますので、雰囲気だけ知りたい方もぜひお楽しみください!

本番まで脚本の内容を知らずに楽しみたい方は、公演後にご購入いただくことも可能です!(noteで全編ご購入いただいた方も、ネタバレNGの方にはご配慮いただけるとうれしいです)当日、会場には物販として、製本バージョンもご準備いたします。

それでは、ぜひ、上演脚本『Kunst』をお楽しみください!

※著作権は作者に帰属します。許可のない複製・上演等はご遠慮ください。また、上演希望の方は、mr000daydreamer@gmail.comまでご連絡ください。

(以下、脚本です)

上演脚本『Kunst』

Written by: Ryuki Ueno

【役割】
・案内人(以降Aと呼称する)
・一般民(以降Bと呼称する)
・旧芸術家(以降Cと呼称する)
・死体

散在する現象を集めた戯曲ではない。確立した現象から派生した、各側面を提示しているに過ぎない。

これは、芸術を目的として創作される作品ではない。
形骸化された「Kunst(アート)」という概念に、新しい定義を与えようと試みるものである。
(※Kunstという語は、日常的でないと思われる為、以後「アート」という名詞を用いる。)
すなわち、この作品を創作する人間たちは、自らのアート観を持ち寄って欲しい。
可能であるならば、それを互いに共有して欲しい。
その上で、私の書いたこの脚本に是非を問うて欲しい。
「アート」は都合の良い名詞ではない。その言葉に、本質が宿っている。

この脚本に、登場人物は存在しない。
ただ、3人の人間に役割を付与することとする。役割については既に提示した為、割愛する。
脚本に書かれた台詞は、役割の人格的裏付けが存在しないため、それぞれの役割が独立した存在者ではなく、一個の作家による人格から、各役割を想定した時に発せられるだろう言葉が羅列されたものに過ぎない。
すなわち、役割を引き受けた3人は、互いが同人格を演じていることを自覚しなければならない。
言い換えるならば、1人の人間の別側面を、同時に観測者に提示しているに過ぎないのである。
 
演じられる空間は指定しない。劇場でも、公園でも、路上でも、自宅でも構わない。
ただ、役割を受け入れた者と、それを観測する者が、同時に存在できる空間であることが望ましい。
空間の中に何を配置するかの選択は、基本的に自由である。
 
ただし、時間の影響を感じさせるものが最低でも2つは必要である。
例を挙げるならば、砂時計や、皮を剥かれた林檎などである。
それらは、第三者の手による介入を受けづらいと考えられるからである。

また、黒電話が舞台上に在ることが求められる。黒電話は、必ず設置されなければならない。

空間内で表現されるものが、別空間上の出来事であってはならない。
時間は常に、観測者の前で流れ続けているのであり、
役割を受け入れた者は、自身の表現している時間が、自分の認識とは別の時間軸によって影響されていることを、自覚しなければならない。
ゆえに、時間という概念によって、役割を受け入れた者と観測者との共通軸を設定している。
その前提に則り、役割を受け入れた者と観測者を隔てているのは、体感だけである。
 
死体が場の隅に倒れている。それは死体であって、異臭を放っている。


A・B・Cは空間の中に配置されている。
Aは死体を見つめている。
Bは浴槽に浸かっている。
Cは胎児へと戻っている。

空間は、見えない仕切で閉ざされている様に見える。
観測者は、それを見ている。

それが始まる合図が出される。合図は音である。
周波数が同じ音が数十秒~数分にわたって響く。
例えるならば、電話のベルもそれに該当するだろう。
そう認識した頃から、その音は次第に電話のベルになっていく。
これから舞台上は、認識に従い変化していく空間となることが暗示される。

音は、徐々に遠くに響いていく。
響きから距離的な遠さを感じられなければならない。

Aは極めて慎重に、舞台上の電話の受話器を取ろうとしている。
何かの拍子か突然に、Aは受話器を取る。
途端に外界の音、この世のあらゆる音が一遍に浴びせられる。
Aは力強く電話を切る。

無音。

Aが観測者に問いかける。
 
 
A:ただ、音が流れました。この音に込めた私の狙いを、ご理解いただけましたか?なぜ、この音だったのか。なぜ、この周波数の音だったのか。なぜ、最初に流したのか。考察していただけましたか?今の音に、どんなメッセージがあったのか、答えられますか?
B:(Aに向かって)答えられません。きっと、多くの人がそうだと思います。
C:と貴方は考察した。そういうことですね?
B:そう、なるんですかね?
C:(手を挙げて)私は、時間的共有を示したかったのだと考察します。音楽は、時間と空間の芸術です。時間という継続性と、空間という膨張性、それらが不可欠だからです。その中で、一つの音のみを、継続的に流した。本来、音の振動による空間への作用が活発な、音楽、という芸術において、今の音は単調すぎた。よって、空間という要素を抑えることによって、時間という要素をより感じさせる狙いがあった。違いますか?
A:違います。
C:ん?
A:違います。
C:ああ、そうでしたか。
B:じゃあ、何だったんですか?狙い。
A:宇宙を、感じて欲しかった。
B:ん?
A:宇宙を、外側を、感じて欲しかった。
B:ああ、そうでしたか。
C:(やや、問いただすような口調で)貴方にとって、宇宙とは?
A:宇宙、ですか?
C:そうです。宇宙です。
 
 
 Aは、やや考えているような間をとった
 
 
A:深夜1時の、胎児の寝息、でしょうか。
B:聞いたことがあるんですか?
A:何を?
B:深夜1時の、胎児の寝息。
A:ありませんよ。
B:それでは解答になりません。
A:どうしてですか?
B:聞いたことが無いんでしょう?
A:しかし、十分でしょう。聞いたことがあるかどうかは、問題になりません。
B:それを判断するのは私です。
A:いいえ、貴方ではありません。
B:では、誰が判断するのですか?
A:(観測者を示し)ここにいる、観測者です。
 
 
 AとCは石像になっていく。それは、おおよそ人間の身体からは想像できない造形である。
 しかし、最も人間的な機能を提示している。
 Bは観測者の近くで、石像群に正対してに立っている。
 その目線は、真っ直ぐ石像群に向けられているように見える。
 Bは身体に無駄な力が入っていないらしい。
 
 
B:観測者の皆様。本日は、お越しいただき有難うございます。私と貴方が見ているこの会話は、ごく一般的な日常会話と異なっているでしょうか?あの2人が行っている行為は、そもそも会話なのでしょうか?ダイアローグ的な自問自答なのでしょうか?
 しかし、盛夏に花咲く蝉時雨が、恋人を呼ぶ声でないのならば、何故あれほどまでに力強いのでしょう?
 晩夏を彩るひぐらしが、何故あれほどまでに悲しいのでしょう?
 早秋の頃、川を渡る松虫の声が、何故海まで辿り着けるのでしょう?
 今、ここで話している言葉が、誰にも届かないものならば、どうしてこの声は響いているのでしょう?
 僅かな地平線が、遥か彼方の影を浮かばせて、それがあの人のものだと分かったとき、失われた恋慕の情に襲われる。
 この自分語りは、取るに足らない嘲笑の種であり、そこから芽吹いた羞恥心だけが、貴方の心を悦ばせるのでしょうか。
 観測者にもなれなかった。代わりに一般民という役割が与えられた。一般民とは何かを考えながら、やがて、その答えがないことを悟った。無個性とは違う、だけど、特別な肩書きも許されず、個性ある個人だと信じながら、雑多なその他大勢であることをどこかで承知している。
 (観測者に向かって)そんな、その他大勢の皆さん。貴方は、観測者として、ここに居ることを許されています。これほど明確な肩書きが、与えられたことがあったでしょうか?
 (AとCを意識して)あれらの彫刻は、まるで今にも動き出しそうではありませんか?その堅い皮膚の下を、赤黒い血と、白い筋肉が波打っているように見えませんか?
 しかし、それほどの生命力を表現した芸術家を、誰も知らない。ここで貴方が観測したことで、初めて、あれらの彫刻は存在が許された。しかし、それを作った芸術家は、いつまでも忘却される。
 芸術家は、彫刻を置いて、自殺した。


 ABCの心に刻まれた、あの日の記憶の風景が広がる。
 それは、穏やかな空気。
 柔らかな柳の葉が揺れている。
 川面を乱反射する光が、葉を包んでいく。


C:柔らかな柳が頬を撫でる。(葉が撫でた頬を抑える)視界の端、鈍く。流れ出した血が手に伝う。ブナの枯れ枝が、こちらに向けられている。
B:夕日が揺れている。
C:(虚に夕日を見つめて)同級生たちの笑い声。
A:懐かしいでしょう、この景色。
C:ここは、我々の故郷の。
A:ええ。水面に光が溢れ出している。紛れもなく、我々の故郷です。
B:この道は、いつか来た道。
C:無骨な石橋の割れ目に、淡い紫の花が咲いていた。摘み取るのが好きだった。
A:読みかけの詩集に挟んでいましたね。
C:すっかり忘れた頃に、合間から滑り落ちてくるんです。変わらない姿のままで。だけど、思い出を失ったその花は無意味で、瞬く間に捨てていました。
B:コトン、コトンて音が聞こえます。
A:船を漕ぐ音でしょう。
C:いいえ、関節を外されたり、戻されたり。宙を舞ったスクールバックが夕日と重なる。
B:(水面を飛び立つ影を追って)アメンボって、こんなにも静かに飛び立つのですね。
C:ええ。誰も気が付きはしない。それが飛び立ったことに、誰も気が付きはしない。
A:それを遠くで見つめる人影に、我々は気が付きはしない。


 電話のベルの音。
 それは、Cの身体がバラバラに引きちぎられる合図。
 Cは袋状の覆いの中でもがき、逃げ惑い、やがて絶命する。
 電話のベルが止んでいる。
 Aは冷ややかにも見えるほど、冷静にそれを見つめている。
 Cは確実に死んでいる。

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