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引き出しに誓うかりそめの友情

「森林保護活動をしたい」

…都会っ子が、小学校の卒アルに綴る将来の夢とは到底思えない。しかしこれが、僕が熟考の末絞り出した渾身の夢だった。周囲の子どもたちが、プロ野球選手になって活躍するなど華々しい夢を掲げる一方で、僕は何も持っていなかった。しかし世間体(というか大人の評価)は決して下げまいと、苦心してひねり出した”立派な”夢だった。

本当に、もうちょっとマシなことは書けなかったのかと、思い返しては恥ずかしくなる。タイムマシンがあったらな。。


さて、そんな超”立派”な少年だった僕にも、将来あることが叶うよう強く願っていたという事実がある。今思うと、それは僕が密かに思い描いていた「夢」だったのかもしれない。



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彼と仲良くなり始めたのは、小学校3年生の頃だ。


当時の僕は、タプタプ、モジャモジャという外見的ないじられ要素に加え、優等生というキャラまで確保してしまっていたから、悪ガキたちの格好の冷やかしターゲットになっていた。それをやり過ごす日々に、正直辟易していた。

そんな時に、彼と出会った。

きっかけは、同じ野球部に入ったこと。彼は口数が少なく、わめくことも、怒ることもせず、ただただいつも優しく微笑んでいる少年だった。自己主張は全くせず、周囲に合わせて動き、たいていのことは頼まれても断らない。少しからかった時に見せる苦笑混じりの困り顔には、こちらの気を緩ませる独特の茶目っ気があった。

他のやつらとの付き合いに嫌気がさしていた僕は、彼のマシュマロのような優しい弾力が気に入り、ほぼ毎日のように遊び始めた。

例えば、僕が企画した「毎日野球」。

登下校時、背中に島ができるのを何としても食い止めたかった僕は、ダイエットメソッドを必死で考えた。そして考案したのが、とりあえず毎日何かしらの運動をして体を動かす、というもの。継続性を持たせようと、嬉々として彼を巻き込んだ。

学校で、1日のどこかで授業の合間に彼に会いに行き、「今日はどこどこで何時からね!」と約束を押し付けた。それでも彼は、特別な用事がある時以外、快く引き受けてくれた。僕の体型が6年生まで変わっていなかったということは、きっとこのメソッドは長続きしなかったということだが、近所の公園で彼と何時間もキャッチボールをし、ノックをして汗だくになった日々は懐かしい。

彼の家や僕の家でも、よく一緒に遊んだ。当時僕は、ちびっ子の手足には尋常じゃない数のばい菌がいると信じており、家に友達を入れることをかなり嫌っていたから、彼はやはり特別だったのだろう。

いつからか、彼の弟も一緒に遊ぶようになった。見た目は似ていなかったけれど、普段の優しい微笑みと少し困らせた時の照れ笑いは、お兄ちゃんそっくりだった。週末は僕の家に泊まったこともあったのかなぁ。僕ら兄弟と、彼ら兄弟の4人でお風呂に入った記憶がある。そんなことを一緒にしたのは、彼ら兄弟くらいだ。

一緒に野球をし、カードゲームをし、ポケモンをし、ご飯を食べ、親と一緒に出掛けもする。そんな風に彼と時間を共にした。

彼は他のやつらとは違い、僕の言うことを聞いてくれ、僕をからかいもしなかった。僕がやりたいと思ったことに、嫌な顔せず付き合ってくれた。僕も彼に楽しんでほしくて、いろんなことを考えた。提案した。


そんな風に過ごすうち、彼は僕にとってのよりどころになっていた。


僕が長年愛用している勉強机の引き出しの底には、彼ら兄弟の名前がくっきりと刻まれている。いつ書いたのか全く覚えていないが、「将来もずっと、一生仲良くしていたい。こんな日々を送りたい」そう強く思っていたのは確かだ。その思いを具現化し、彼らの名前を刻むことで、子どもながらに未来の自分へと誓ったのだろう。

それが、僕にとっての「夢」だった。



時が流れ、小学校を卒業し、僕たちは中学生になった。

同じ学区に住んでいたから、同じ中学校に進んだ。初めて制服というものに腕を通して、一回り大きくなった気持ちになり、待ち受ける新しい日々に胸がざわついていた。一方で、何が変わってしまうかなんて、考えてもいなかった。

蓋を開けると、中学校で彼と同じクラスになることは一度もなかった。僕はバスケ部、彼は卓球部に入ったから、放課後に会うこともなくなった。

1年生の後期、僕は先生に担がれ生徒会に入り、学校の有名人になった。みんなが高校受験の存在を知り、勉強の成績を気にし始めたから、成績が良かった僕はなおさら注目を集めるようになった。

人前で話すことが増えた僕は、人を笑わせる楽しみを覚えた。体育祭や全校のイベントなんかでも、先頭に立った。目立った。そして体のことをいじられても、それを笑いに変える術を身に付けた。それまでは付き合うことに嫌気がさしていたようなやつらとも、笑って話せるようになった。僕は、中心にいることが多くなった。


気付けば、みんなが僕の名前を呼ぶようになった。

みんなが僕の声を聞くようになった。



もう僕に、よりどころは必要なかった。


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中学校での彼の記憶は、通学路の先のほうを一人で歩く、あの丸まった背中くらいだ。成人式で彼を見かけた気もするが、いなかったと言われればそう思うほどに、ひ弱な記憶でしかない。

小学校から中学校、その過程で僕は、自分に確かさを与えた。

その一方で、将来への誓約を音もなく静かに失い、後に残ったのは彼のかすかな残像と、机の引き出しに誓われたかりそめの友情だった。