第39戦 大分トリニータ戦【もうこれがシーズンレビューでいいや】
シーズン終盤とは残酷なもので、これまで"積み上げてきた"チームと"積み上げられなかった"チームの差が如実に出てしまう。1年でのJ1復帰を至上命題としながら開幕5戦を勝星に見放され一時は最下位近くまで順位を落とした大分だったが、シーズン後半戦は9勝8分2敗と完全に復調した。一方の長崎は7勝6分6敗と波に乗れず、結局この試合では大分との完成度の差を見せつけられることになった。
①スタメン
長崎は失点が嵩んだ反省を受けて、さらに言えば空中戦で苦戦したことの反省を受けて36節から3バックを採用している。システムを変えた初戦の水戸戦こそクリーンシートで勝利したものの、この大分戦を含めた4試合で9失点しており3バックへの移行では結果を残せなかった。
クリスティアーノはベンチスタート、カイオセザールはメンバー外となり、怪我人が複数出ていることもあり選手選考に相当難儀している事がオーダーからも読み取れる。
②電光石火の複数失点
試合前、6位大分との勝点差は5。プレーオフ圏内に滑り込むことを考えれば直接叩きたい相手だったが、その思惑はわずか30秒でくじかれることになる。
大分の右ウィングバック井上は驚異的な俊足を誇り、大分の優位性を担うキープレーヤーの一人だった。開始早々、ボールを持った井上に対してぶち抜かれることを警戒したのか加藤聖が非常に曖昧な距離感で正対する。コンビを組む左センターバックの白井もまた、加藤聖がぶち抜かれた時のフォローを考えたのかボール方向にスライドする。井上がアーリー気味に上げたクロスをポストプレーヤー長沢に落とされ、2列目から飛び込んできた弓場に左足で流し込まれて電光石火の失点を喫した。
問題なのは白井と二見の間に大きな距離が出来ており、一番危険なゴール正面のスペースがガラ空きにしてしまった事だろう。まして3バックにして人数は揃っているはずなのに最も空けてはいけない空間がポッカリ空いてしまったのは痛恨事だった(0:25で止めるとスペースが良く分かる)
さらにその3分後、またしても守備面での未熟さを露呈する。後方でボールを回す大分に対して、早く追いつきたい長崎は選手が単発でプレスを敢行する。GK吉田を上手く組み込むことで数的優位を確保している大分は長崎のプレスを全く問題にせず、フリーマンにボールを渡して組み立てていく。長崎の守備陣形が乱れた隙を見逃さず弓場がボールを持ってターン、さらに長崎のボランチ脇に陣取っていた町田が前向きにボールを受けて糸を引くようなロングフィード。これに加藤聖を振り切った俊足の井上が追い付き、長崎は左ポケット(ペナルティエリアの両側)を取られる。2列目から走り込んだ梅崎に流し込まれて早くも複数失点となった。
さらに前半終了間際には井上が再び加藤聖、白井をぶっちぎって左ポケットに侵入。シンプルに長沢に合わせられて試合の大勢は前半45分で決することになった。
3失点とも左サイドを起点にされており、代表帰りで即スタメン起用された加藤聖は前半45分での交代となった。が、彼だけを責めるのは少し酷なように思う。
③機能不全の守備戦術
3得点とも大分の選手(特に井上)は素晴らしかったが、正直「避けることのできる失点※」に分類されるものでスーパーゴールは一つもなかった。1失点目は加藤聖がウィングバックの動きに不慣れなせいか相手との距離感を誤り、また全体のスライドが足りないため致命的なスペースを空けてしまった。2失点目はまんまと大分に引き込まれて中途半端なプレスを交わされて、中盤が間延びしたスペースを存分に使われた。
後半からは慣れた4バックに戻してプレスを整理する事で五分の展開に持ち込む事が出来たが時すでに遅し。松田式ゾーンディフェンスでは11人が連動してアラートさ(危険を感じる力)を継続することで先の展開を読み、相手ボールホルダーを袋小路に追い詰めてタコ殴りにしていた。今のカリーレ式ではそもそもボールホルダーに対するプレッシャーが緩く(というか誰がどれくらい行くか整理されておらず)相手の選択肢を上手く制限できていないためアラートさが発揮されていない。また5-4-1の陣形で構える時に誰がどのポジションに立つのが正しいのか理解が不足しており、特に3人のセンターバックや両ウィングバックは常に苦心していた。相手が色んな選択肢を持ったまま自陣まで攻め込んでくるため守備者は様々なケースを想定する必要があり、その分球際への寄せが甘くなったりカバーが遅れているように映る。
4バックで失点が嵩んだチームが3バック(5バック)に移行するというケースはよくあるが、それで守備が改善するケースはむしろ稀だ。確かにセンターバックを2人から3人にすることで自陣ゴール前の頭数は単純に増えるが、そもそも失点の原因は大半が「頭数不足」ではなくその前の陣取り合戦に負けている結果だからだ。5バックで守るのであれば両ウィングバックの上下動による牽制とそれに伴うスライドは必須になるが、大分戦では横に並んで頭数だけは揃っているという場面がかなり目に付いた。
前からプレスに行くなら11人で行く必要があるし、後ろで構える(リトリート)なら11人で構える必要がある。なぜならサッカーのピッチは11人で守るにはあまりに広すぎて、11人が連動してもカバーできるのはせいぜいピッチの4分の1くらいだからだ。頭を覆えば足が寒く足を覆えば頭が寒い…サッカーはこの「寸足らずの毛布問題」と正面から向き合う必要がある。この試合でカリーレ長崎は毛布を半分に切って頭と足を覆ったものの肝心のお腹を冷やして壊してしまった。そしてそれはマズい守備のテンプレートであり、また大分の狙い通りでもあった。
↑寸足らずの毛布問題はこちらで詳細を語ってます
④カリーレ長崎の問題点
カリーレ監督がシーズン途中に招聘された理由は主に「長期的プロジェクトを託したい世界的な名将がフリーになった」「昇格するには松田長崎では攻撃が物足りない」というものだった。確かに松田監督が解任された段階での平均勝点1.48ではせいぜいプレーオフ圏内が精いっぱいで、平均得点1.1 は完全に火力不足だった。
長崎フロントがカリーレ長崎を招聘した時点で至上命題を「2023シーズンでのJ1昇格」に再設定しているのではれば問題ないが、結果的に平均勝点は中位レベルの1.25にまで下降した。またテクニカルダイレクターが語っていた攻撃力強化という点では平均得点が1.1→1.3に微増しているが、それ以上に平均失点が1.0→1.6に大幅悪化している。シュート本数は12.6→9.9に下降し、被シュートは9.7から15.9に急上昇した。要するにシュートをボコボコと打たれるようになり、単純に失点が増えて試合に勝てなくなったというのが現状だとデータは示している。
シュートのシチュエーションから算出されるゴール期待値(理論値)で比較しても同様の結果で、特に被ゴール期待値1.46という数字はリーグ21位の成績になる(下には金沢しかいない)(ちなみに平均失点1.6は盛岡、金沢に次ぐリーグ20位)。自動昇格を勝ち取るチームの平均失点がほとんどのケースで1.0を下回ることからも、この1.46という数値がいかに致命的かを物語っている。ついでにシュート数も減った事でゴール期待値も下がっている。
さらにもう一つだけデータを紹介すると被35mライン侵入回数、被ペナルティエリア侵入回数を比較してもかなり悪化している。つまり相手に簡単に前進を許し過ぎているという事になる。前線からの連動した守備やアラートさが不足している証左になるだろう。この傾向は2019シーズンの手倉森長崎でも見られたもので、ボール保持を頑張りたいけどバランスを崩して上手くいかない…状況としては結構似ているように思う。
ではカリーレ監督が守備戦術を仕込めない監督なのか?というと履歴書を見る限りそうではない。過去率いた6クラブのうちアトレティコパラナエンセを除く5クラブでは平均失点1.0以下の手堅いチームを構築しており、UAEのアルワフダでは17/18シーズンに2位、サウジアラビアのアルイテハドでは21/22シーズンに3位という成績も残している。
だからこそ解せないのは長崎の守備に対して「空中戦に弱い」と分析し、GKにもっとハイボールを処理して欲しいという思いから富澤を諦め笠原を起用し、練度の低い3バックを披露している点だ。データから見ればあまりに簡単に相手の前進を許し、あまりに多くのシュートを打たれており、空中戦云々に対策する以前の問題としか思えないからだ。いかにボールを奪うか、という共通認識をチームに持たせられていないのは大分戦の前半を見れば十分に分かった。選手個々人が一生懸命頑張っているのが伝わるだけに、戦術的な空虚さが目立つばかりとなってしまった。集中力が不足しているとか、そういう精神論で済ませられる話ではないだろう。
仮説として、カリーレ監督は長崎の事を「個々人の守備技術が高いグッドチーム」という前提で捉えており、ボールを地面に付けて三角形を作ったりセットプレーの収支をプラスにすることで勝点を稼げるという算段をしていた可能性はある。それが蓋を開けると実は守備力は戦術で底上げされており、選手がカリーレ式を真面目に体現しようとすればするほど松田式の遺産は溶け出し、それに気づいた時には7連戦が始まってどうにも対処できなかったのかもしれない(これは妄想)
ここまでネガティブな側面を語ってきたが、相手のプレスに対して簡単にボールを蹴らなくなったり、相手陣地で三角形を作ってポケットに侵入する回数を増やしたり、一定の成果も出ている。ただ90分の試合をどのように勝つか、という点では昇格の基準に達していないのが現実だ。
⑤この道はいつか来た道
サッカーという競技にセオリーはあるが必勝法はない。だから勝つ確率を1%でも上げるために戦術が存在している。先にも述べたようにサッカーという競技は11人でやるにはあまりにピッチが広く、時間が長く、それゆえ戦術行動の自由度もかなり高い部類に入る競技だろう(たぶん)
現代のサッカーをとてもとてもデフォルメして大きく捉えるとボールを保持して勝つ確率を上げる派とボール保持以外の部分で勝つ確率を上げる派に分かれる。そして一般的にボール保持を志向する方が金と時間を要する。
かつて高木監督が率いていたころの長崎はJ2でも下から数えた方が早い貧乏クラブで、年間の人件費は5億程度だった。このレベルでは選択の余地がなかったが、高木監督はボール非保持を極めて奇跡のJ1昇格を成し遂げた。しかしJ1の壁はあまりに高く1年でのJ2降格となり、ボール非保持では残留できなかった反省から(たぶん)クラブはボール保持に舵を切り手倉森監督を招聘する。
手倉森監督も初年度こそ苦しんだが2020シーズンにはリーグ屈指のボール保持戦術を落とし込む。しかしあと一歩昇格には届かず、後任には吉田コーチが就任した。当然吉田コーチもボール保持志向を継続したが守備のバランスを欠きスタートダッシュに失敗、ゴールデンウィーク終了と同時に育成部長を務めていた松田監督に白羽の矢が立った。松田監督は「良い攻撃は良い守備から」をキーワードにどちらかといえばボール非保持を整理してチームをV字回復させたがやはり昇格には届かず、2022シーズンに望んだが毎熊の穴を埋める方法をやっと確立できそうなところで解任となった。
そしてカリーレ監督が目指しているのは「ボールを地面に付けて三角形を作る」という言葉から分かる通りボール保持だろう。しかし今のところパス数、支配率を見てもボールを上手く握れていない事が分かる。
このように振り返ると高木(非保持)→手倉森(保持)→松田(非保持)→カリーレ(保持)と監督が代わるごとに大きな方向性も変わっている事が分かる※。なぜここまで方向性がブレるのかと言えばクラブの評価基準が「目標(J1昇格)を達成できるか」という点にフォーカスされすぎているから、というのが個人的な考えだがその話は脇に置いておこう。ここで言いたいのは非保持→保持への転換は時間が掛かるという事だ。思い返せば2019シーズンの手倉森長崎もかなり厳しく、夏の移籍で秋野とカイオを獲得してから段々と形になっていった。
保持と非保持を行ったり来たりする一番のデメリットは求められる選手が変わってしまうという点にある。カリーレ式の全容はまだ見えてこないが、その哲学を体現するには微妙にキャラクターが足りていないというのは分かる。おそらく来期に向けてドリブラーやGKを補強することになるだろう。
手倉森長崎がいかに苦境を脱したかと言えば「必要なキャラクターの補強」と「立ち返れる軸を確立できた」のが大きかった。特に秋野が1列下がる3-1-4-2の可変システムは4バックで守る相手に無類の強さを発揮し、この可変システムを最大限活かすために守備や攻撃→守備(ネガトラ)の局面が整備されていった。
カリーレ監督が向いている方向は恐らく世界的なトレンドに逆らうものではない。ただ今は基本の型が落とし込めておらず、バランスを崩し、チームはリセットに近い状況まで落ちている。来期に向けて、まずはカリーレ長崎のニュートラルな状態を確立するのが第一歩だろう。この道はいつか来た道。手倉森長崎がかつて苦境を脱したように、2023シーズンのカリーレ長崎が全く違う景色を見せてくれることを期待したい。
⑥おわりに
思い返せば31節の段階で「ちゃんと自分で守備構築しなきゃダメ」と感想を述べていた。これも何度も言ってきたが「守備は良いからあとは攻撃を頑張る」という評価はサッカーでは成立しない。なぜなら野球のようなターン制競技と違ってサッカーは切れ目なく攻守の局面が表裏一体であり、どこまで突き詰めてもバランスの競技だからだ。
この点はカリーレ監督もインタビューでバランスについて言及する事が多く、今がバランスを欠いている状況というのは当然自覚しているだろう。先に述べたようにボール保持志向はボール非保持志向より時間が必要なわけで、来シーズン見られるであろう土台から構築されたカリーレ式に期待するしかない。本当は相手を押し込んで即時奪回とかも仕込みたいんじゃないかな?
(そもそもここ数年で一貫性のない強化をしてきたツケをカリーレに払わせてるという見方も出来るけど、その話は飽きたのでもうしません)
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