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V・ファーレン長崎2022シーズンプレビュー

長かったオフシーズンも気づけばあと2週間、またJリーグのある週末が返ってくる。長崎の今シーズンの目標は昇格の二文字に尽きる。今年はいよいよ昇格の大本命として様々な媒体で注目を集めている長崎だが、J2とは辛く苦しいリーグ。楽観は禁物だろう。

シーズンが始まる前に今一度オフシーズンの動向、松田監督の基本戦術とピッチ外の云々を網羅的に振り返っておきたい、というのが本記事の趣旨となる。例によって1万字を超えてしまったので、休み休み読み進めることをお勧めします。

①補強動向と選手編成

▶︎主力の慰留にほぼ成功

更新・退団動向(出場時間順)

オフシーズン最初の関心ごとと言えば選手の慰留、特に主力で活躍した選手に契約を更新してもらうことだ。ブラジルのクラブから関心を持たれていると報道されたカイオ・セザール、外国人の新規入国が制限された中で一層価値が高まったエジガル・ジュニオ、印象的な活躍を見せた江川湧清・加藤聖・植中朝日などの去就に注目が集まったが無事クラブに残ってくれた。と言ってもカイオもエジガルも複数年契約と予測され、若手3人集にしてもホームグロウン枠に関わる部分だけに個人的には残留するだろうと楽観していた。

一方で退団を避けられなかったのは毎熊晟矢。サイドバックながら3ゴール10アシストと結果を残し、ベストイレブン級の活躍をした24歳となればもうJ2に引き留めることは不可能だった。毎熊はセレッソ大阪に買われることになったがその移籍金は1億円とも言われており、この上ないクラブ孝行を残して長崎を去ることになった。また夏に加入してから助っ人らしい働きをしたウェリントン・ハットはレンタル元のACゴイアニエンセに戻って行った。新体制発表を見る限り長崎としてはレンタル延長を打診したものの、完全移籍での買取を求める相手方と決裂したという顛末のようだった。

右サイドの主軸だった2人以外にも新里を大宮へ放出、名倉は仙台にレンタル移籍する事になった。新里は昨シーズンのホーム新潟戦で痛恨のレッドカードを喰らってから指揮官の信頼を急速に失ったように見えたのでまだ分かるが、名倉を昇格争いのライバルクラブに持って行かれたのは痛恨だった。片道感が漂うリリースコメントを見る限り、シーズン終盤に出場機会が限定されたことは退団を決める一つのきっかけになっただろう。

他にも亀川、ルアン、フレイレなど定位置を確保できなかった選手が退団していったが、大枠では主力の大半を慰留できたと言える。

▶︎戦力を増強できた選手補強

今オフシーズンは11人退団した代わりに10人の選手が新たに加入した。各選手の経歴や特徴については自家製選手名鑑を参照↓

2022シーズン補強動向

今年の補強方針を想像するに「抜かれたポジションの穴埋め」「複数ポジションをこなせるユーティリティ性」「ハイ・インテンシティに耐えうる」という前提がありつつ、2023年のJ1挑戦を見越しているように感じ取れた。

特に「ハイ・インテンシティ(=高強度)に耐えうる」という点は重視したように思う。4-4-2の陣形を組んで一糸乱れぬゾーンディフェンスを敷くことが松田式の第一歩であり、正しいポジションを取るためのハードワークを出来ない選手は出場機会を失ってしまう。前橋育英高校から加入したルーキー笠柳はともかく、フィールドプレーヤーは90分走り切れるフィジカルを備えた選手が加入した。

また、裏テーマとして選手個人の「発信力」という側面にも注目したい。どちらかと言うと大人しい選手が多い長崎、ピッチ上では外国人選手と都倉の声が響く試合が多かったように思う。昇格を果たすには戦術や技術も必要だが、それ以上に精神的な充実が問われる。その意味でチームメイトに良い影響を与えてくれそうな奥井、村松、クリスティアーノやムードメーカー櫛引の加入はプラスに働きそうだ。

2021シーズン補強動向

もう一点、近年の補強と違ったのは昨シーズン多くの試合に出ていた選手を獲得してきたという所だ。参考までに昨年の補強動向を振り返ると実力者ではあるが怪我で出場機会が限定された選手が中心だった。ジャパネットの子会社になって以降50人余りの選手を獲得してきた長崎だが、他クラブの主力を引き抜くケースは意外にも少なかった。新体制発表では松田監督が「対戦した中で印象に残った選手をリストアップした」と語っており、実際に他クラブの主力を完全移籍で獲得するケースが目立った。これまではルアン・玉田など高年俸選手やカイオ・セザールとエジガル・ジュニオの移籍金捻出で人件費を圧迫していたようだが、その分のリソースを国内有力選手獲得に割いたという事だろう。これでも人件費は前年を割り込む見込みという事だが、より選手層に厚みを持たせられる補強になった

▶2022シーズンスカッド

新加入・更新バランス推移(2014~2022年)

ここまで見てきた通り契約を更新したのは18人、新たに加入したのはトップ昇格した安部大晴を含めて10人、合わせて28人でシーズンをスタートすることになる。更新した選手が20人を割り込んだのは2019シーズン以来のことで、監督交代に伴う戦術的志向の転換が影響したといえる。また28人でキャンプインするのはJリーグ昇格後は最もコンパクトな陣容で、夏の補強に向けて枠を開けた形になった(※1)。テクニカルダイレクター(強化部長)として4年ぶりに長崎帰還となった竹村氏はプレシーズンの内容を見て今後の強化方針を決めるとも語っている。

※1
Jリーガーの契約種別はA契約とC契約(新人)に分類され、A契約選手は基本的に1クラブ25人まで保有できるという決まりがある。今年の長崎は笠柳、五月田、安部がC契約、その他の25人とA契約を締結しているがユース出身の江川は特例で枠内にカウントされない。またトライアウトを経て入団した浅沼はB契約の可能性があり、今の編成だと1~2人を獲得できる計算になる

2022シーズン予想フォーメーション

28人の選手を4-4-2のフォーメーションに当て込むと上図のようになり、各ポジションに2ずつ実力者を配置する分かりやすい陣容となった。複数ポジションをこなせる選手が多いので米田やクリスティアーノがサイドハーフに入ったり、奥田や加藤大が2トップの一角に入る可能性もある。

新里、毎熊、ウェリントン・ハットと右サイドの主軸が3人とも退団したため当然新加入選手も右サイド寄りになっている。3ゴール10アシストの毎熊、7ゴール2アシストのハットは松田長崎の攻撃を大いに牽引しただけに、新たな右サイドの形を再構築していく必要がある。その意味で高橋峻希とクリスティアーノが柏の右サイドでコンビを組んでいたことは大きなアドバンテージになるかもしれない。

懸念点は残したものの大枠の骨子は変わらず、チームの中心はカイオ・セザールが担うことになるだろう。まずは彼がどれくらい身体を絞ってキャンプインするか、というのが割とまじめに重要な点となる。

2022シーズンスカッド

年齢別でスカッドを確認すると満遍なく選手が埋まっているように見えるが、10~20代のアタッカーは笠柳・植中・奥田の3人だけとやや少ない印象を受ける。特に松田監督は「若さ由来の回復力」を重視する発言が目立っただけに、もう少し若手アタッカーを獲得するかと予想したが思ったより動きは少なかった。今年は大卒選手も獲得しておらず、このポジションについては夏~来年に向けての課題になる。

平均在籍年数推移(2013~2022年)

選手の平均在籍年数は去年とほぼ変わらず2.54年となった。J1元年から4年在籍した徳重、磯村、名倉が退団したものの7年目の富澤、6年目の澤田など長期で在籍してくれる選手が出てきた。これまでも髙杉亮太さんや前田悠佑さんなど長く在籍した選手がいたものの、基本的には3年経つと8割の選手は入れ替わっていた。ジャパネットの子会社化してから経営的な体力が激増して有望選手を簡単には引き抜かれなくなったこと、また環境が整備されつつあることで長崎も長期で所属する価値のあるクラブになってきている。チームの継続性という意味でも、フィロソフィーの醸造という意味でも、ファン獲得という意味でも、様々な意味で平均在籍年数を伸ばしていくのは重要なことになる。

▶2021オフシーズンの長崎は勝ち組なのか?

いわゆるJリーグウォッチャーというか、網羅的にリーグを見ているインフルエンサーは総じて長崎の補強動向を高評価している。流出を最小限に抑えて、穴の開いたポジションを確実に塞ぎ、最強の飛び道具クリスティアーノを迎え入れた。昨年11月に竹元テクニカルダイレクターが突如辞任し、後任不在のままオフシーズンに突入する苦しい状況ではあったが、強化部は及第点の働きをしたと評価するべきだろう。

ただ全て狙い通りに事が運んだのか、といえばそうでもなさそうだ。某ライターが有料で公開している記事によると東京ヴェルディから横浜FCに移籍したドリブラーや栃木から岡山に移籍したエアバトラーについては長崎も接触しており、獲得競争に敗れたとも言われている(栃木の選手については足元があるタイプではなく本当にオファーを出していたのか怪しいと個人的には思っているが…)また前述した通り松田監督の理想から考えれば20代のアタッカーは明らかに不足しているように見える。

それでも一先ずは「勝ったか負けたか」で言えば、今年の選手編成は勝ち組と評価して良いだろう。もちろん完全無欠のスカッドという訳ではなく懸念が残った点もあるが、去年よりポジションのバランスは整っている。ウイイレ的に選手の能力を点数で表現するなら長崎はJ2トップクラスの陣容だが、実際のサッカーはそこまで単純ではない。良い食材(選手)が揃ったのは間違いないので、後はシェフ(監督)の腕が試されるといった所だろう。

②基本戦術と伸びしろ

多くの主力選手を慰留し、監督も続投となれば2021シーズンの戦術が土台になるだろう。新シーズンを迎える前にこれまでの30試合で見えてきた松田式の基本的な戦術と伸びしろについて整理しておきたい。

ちなみにこんな素人が書いた文章よりも監督の著書を読んだ方が100倍理解できるのでオススメ。戦術とかに明るくない人でも読みやすいと思います

▶︎松田式の土台は4-4-2ゾーンディフェンス

「良い攻撃は良い守備から」というのは松田監督がインタビューなどで良く口にする言葉であり、松田監督の哲学をよく表した言葉でもある。当ブログでは何度も触れてきたが松田式の土台となるのは4-4-2のゾーンディフェンスで相手の前進を邪魔することにある。

4-4-2ゾーンディフェンス①
4-4-2ゾーンディフェンス②

サッカーという競技の特異性は11人でやるにはピッチが広すぎるし90分は長すぎるという点にある。つまり11人でピッチ上の全てをカバーするのは不可能だし、90分間フルスプリントできるような選手はサッカーではなくマラソン選手になるべきという話である。

そこで登場するのがゾーンディフェンスという戦術になる。至極簡単に説明するなら11人が1つの生き物のように連動してボール保持者に圧力を掛ける守備戦術となる。相手のボールをサイドバックやサイドハーフに誘導して挟み撃ちをするような守備はその典型となる。

松田長崎の基本はピッチ中央付近に凸型ブロックを敷いて相手を迎撃することから始まる。J2ではボール保持者に積極的にアタックするハイプレスを仕掛けるチームが多いが、ゾーンディフェンスの場合はパスの受け手に対して数的優位を作ることが肝になる。よしんばボールを奪えた場合はそこから推進力をもって素早く前進、相手の守備陣形が整う前にカウンターアタックを仕掛けてゴールを陥れる、という形が長崎の主砲となっていくだろう。

▶︎相手を引き込んで擬似カウンター

疑似カウンター

ミドルブロックを敷いてカウンターを狙うのが主砲だとすれば、相手を"引き込んで剥がす"疑似カウンターは有効なオプションになる。前述の通りハイプレスを仕掛けてくるチームが多いJ2において、ディフェンスラインでボールを回すのはリスクが伴う。しかしGKがビルドアップに参加することで誰かが必ずフリーになる状況を作れる。ハイプレスに屈してボールを失えば即失点に繋がるハイリスクハイリターンな戦術行動なだけに、特に守備陣の足元の技術と前線の立ち位置が問われる。

昨シーズンも疑似カウンターは何度か試みており、特にホーム大宮戦で毎熊が決めた形を狙って出せるようになると大きな武器になる。

▶自重しているハイプレスをどこまで許容するか

ピッチ中央に凸型陣形を敷いて相手を待ち構える戦術を基本とする松田長崎は、あまりハイプレスという行動を取らない。これは吉田長崎がボール保持+即時奪還にチャレンジして戦術的バランスを崩した反省だったのか、そもそもの松田監督の志向だったのか分からないが、ボール保持者に喰いつくような守備は自重しているようだった。

それでもシーズン中に何度か高い位置から奪いに行くシーンがあった。例えばアウェイ京都戦で追加点を取った場面、ホーム琉球戦の3点目に繋がった場面だ。松田監督は「高い位置から(守備に)いくとか、低い位置からいくとかは、ブロックが高いか低いかだけの話なので、大枠さえオーガナイズできれば対応できる」と語っている。時にはボールの受け手を潰すより出し手に圧力を掛けた方が良さそうに見える場面もあるが、今シーズンはハイプレスを仕掛ける回数が増えるかもしれない。

▶前線にマッチョがいるならロングボールも脅威になる

正しい立ち位置を取れればゲームを有効に進められる(ポジショナルプレー)という発想の元、現代サッカーではボール保持時とボール非保持時にシステムを変えるチームが増えている。手倉森長崎も秋野が1列降りる可変システムをベースにしており、再現性をもって相手を押し込む攻撃を構築できた反面カウンターに脆いというリスクを内包することになった。

昨シーズン途中に監督就任した松田監督は当初可変システムを無理に導入せず、攻めも守りも愚直に4-4-2の形を基本とした。その時にボールを前進させる大きな手立てとなったのは中盤での組み立てをすっ飛ばすロングボールだった。特に都倉やエジガルはラフなボールでも収めてくれる身体の強さや技術があり、ボールがこぼれたとしてもセカンドボールを回収できれば相手を押し込むことができた。また植中が出場するようになってからは裏に抜ける動きを見せて相手のディフェンスラインにストレスを与え続けた。

▶︎ボールを握る4-1-2-3可変システム

4-4-2→4-1-2-3の可変システム

前述の通り就任当初は4-4-2からの可変を導入しなかった松田長崎だが、しばらくしてから2トップの1枚が1列降りて中盤で逆三角形を形成する4-1-2-3にトライしている。両サイドハーフが高い位置を取ることで相手のサイドバックを牽制し、枚数の増えた中盤でボールを支配するというのが主な狙いになる。またカイオがよりゴールに近い位置でプレーすることでゴールやアシストに繋がる場面も増えた印象がある。

この可変システムのキーマンはどのポジションでもポリバレントにプレーできる加藤大だった。元々ボールを扱う技術が高く攻撃にアクセントを付けられる存在でありながら、流れの中でアンカー(1ボランチ)の位置まで下がっても十分にプレーできる器用な選手で、彼がいたからこの可変に取り組めているという側面もある。今年加入した奥田も最前線、インサイドハーフ、ボランチと複数ポジションをこなせる適性があり、可変システムのキーマンになる可能性がある。

昨シーズンは正直そこまで上手くいった印象はなく、その一因になったのは右ウィングに入ったウェリントンハットの自由自在なポジショニングだった。松田監督も新体制発表会で4-3-3(4-1-2-3)に言及しており、このキャンプで取り組んでいる可能性は高そうだ。

▶狙いを持ったフィニッシュワーク

ここまでボールを前進させる方法として「ゾーンディフェンスからのカウンター」「相手を引き込んで疑似カウンター」「ハイプレスからのショートカウンター」「ターゲットマン目掛けてロングボール」「中盤を支配する4-1-2-3可変」の5パターンを見てきた。相手ゴール前にたどり着いたらゴールネットを揺らすためのフィニッシュワークに入る事になるが、ここでもいくつかのパターンが見られる。

最も得点に繋がる確率が高いのはポケット(ペナルティエリアの左右)に深く侵入して折り返す形。ニアサイドに一人飛び込み、もう一人遅れてファーサイドに侵入してくる場面を見ると再現性を感じる。昨シーズンは毎熊がポケットに侵入してクロスを上げる役になることが多かったが、今年は奥井・高橋がその役を担うことになる。

手倉森・吉田長崎はパスワークで相手を崩す狙いを持っていたためあまりクロスを上げる印象がなかったが、松田長崎は隙あらばクロスを狙っている。クロスからの得点数を見ても10→17点と大幅に増加していた。特に左サイドバックの加藤聖から繰り出されるアーリークロスの鋭さは相当なもので、都倉とのコンビはホットラインと呼べるものだった。米田・毎熊の追い越す動きも有効で、松田式の重要な得点源となっていた。

良いキッカーがいればフリーキックやコーナーキックでの得点率も増加することになり、加藤聖に掛かる期待は大きくなりそうだ。

ジャブを見せるからストレートが決まるように、クロスでの攻撃を見せるからこそカットインという形も威力を増すことになる。ただ昨シーズンの長崎はカットインからの得点が少なかった。今年はクリスティアーノのパンチ力、山崎や笠柳のキレに期待したい。

▶戦術の幅をもってあらゆる局面に対応する

松田監督は2-0の勝利を理想としている節がある。防ぎようのない事故的な失点は最後の1秒まで起きる可能性があるが、2点差があれば安心ということらしい。クリーンシート(無失点)を達成できる枠組みの中で先制点を取る、攻勢に出る相手を逆手にとって追加点を取る。その時の状況に応じて柔軟に戦い方を変えられる、ボール保持もボール非保持もいくつか型を持っておくというのが理想形になる。

手倉森長崎も「何でもできる柔軟性」というテーマを掲げてチームビルディングをしていた。吉田長崎も目指す方向は同じという事になるが、その突き詰め方は面白いほどに違いがある。よりテクニカルな選手を集めた手倉森長崎に対して、まず最低限必要なフィジカルを求める松田長崎。全てが理想通りのオフシーズンではなかったかもしれないが、昨シーズンよりも冷蔵庫の中の食材は充実させることは出来た。キャンプの中でどれだけ哲学を浸透させることができるのか、ここが今シーズンの運命を大きく左右することになる。

③ピッチ外で気になるあれこれ

今シーズンの至上命題はもちろん「J1昇格」という事になる。ただ長崎の場合はピッチ外にもまだまだ多くの課題を抱えており、クラブの発展を考えればむしろこちらの方に目を向ける必要もある。

▶GM制への移行

目下、最大の問題は強化の在り方という点にある。経営問題が発覚してジャパネットホールディングスの一員となって6年、かなりの額を投資してもらっているが方向性が定まっておらずROI(投資に対するリターン)は限定的というのが現状の評価だろう。

18シーズンのJ1初挑戦は健闘したものの最下位という結果に終わりフロントは高木琢也監督を解任。後任にはネームバリューがあり顔が広い手倉森監督を招聘してハードワークを土台にしたボール非保持志向からテクニック重視のボール保持志向に大転換。20シーズンには(たぶん)クラブ史上最大額の金額を投資してルアンを獲得したもののチームの戦術やJリーグへの適合に苦しみ本領を発揮できず、昇格失敗を理由に手倉森監督も解任の憂き目にあった。短いシーズンオフの間に外国人監督に接触するも交渉がまとまらず、吉田コーチが尻ぬぐいをする形で内部昇格。継続路線を打ち出した吉田監督だったがチームはバランスを崩し守備が崩壊、5月にはおそらく最後の保険だった松田浩アカデミーダイレクターの監督就任が発表された。

監督人事にしてもピッチ上の戦術的志向にしても、やはり右往左往というか迷走気味という印象を受ける。2年連続で自動昇格争いを演じていることは評価するべきだが、昇格できてないというのもまた事実。

私自身はサッカーに関する部分はプロに任せて口を出さないと決めている。組織上も髙田旭人が強化部門トップのゼネラルマネジャー的なポジションを兼ねていて、テクニカルダイレクターと監督の意向をベースに最終的な決裁をするという位置付け

髙田春奈 長崎新聞より引用

GMについては、本当にいい人がいれば置きたいと思っているが、誰でも置けばいいとは思っていない。適任の人が見つかるまでGMは置かない。新しいテクニカルダイレクターについては既に決まっていて、来月から加入する予定。発表は来月になる。

髙田春奈 長崎新聞より引用

ここまで人事の方向性がブレる一因となっているのはGM不在という強化体制だろう。髙田旭人氏が実質GMを務めている現状がマズいという事にはフロントもようやく理解したようで、シーズン総括のインタービューでは春奈社長もGM職の重要性について言及している。将来を見越した人事なのかは分からないが元々長崎で強化部長に就いていた竹村氏がテクニカルダイレクターとして復帰した。一先ずは竹村TDと松田監督を中心に長崎というチームの方向性をしっかりと示してもらいたい

※追記
髙田春奈社長の退任とJリーグ理事就任という一報が流れてきた。それはともかく社長の後任はヴェルカ長崎で社長を務める岩下氏が兼任、さらに実質GMとして暗躍(?)していた髙田旭人しが会長職に就くことも合わせて発表された。スタジアムシティへの投資額を考えれば絶対に失敗できない一大プレジェクトだけに旭人氏が会長職に就くことに別段異論を唱えるつもりはないが、現場に対してどれだけの影響を持つのかという一点だけが気になる。

▶大学とのコネクション復活

長崎は補強の面で潜在的なハンデを背負っている。どれだけ条件が良くても喜んで西の果てまで引っ越してくれる選手は貴重で、だからこそ新卒選手の獲得というのは非常に大事になってくる。特に即戦力となる大卒選手はJリーグ昇格後はほぼ毎年獲得していたが、今シーズンは獲得なしとなった(高卒ルーキーの笠柳は獲得したが)

Jクラブと大学の関係性というのは選手を獲得する・排出するという関係にとどまらず、卒業生がどのように活躍しているのかという部分まで気にしている。せっかくJ1強豪クラブに入団できてもすぐにレンタル移籍で出されるようだと大学側の心証が悪くなる、という話もあるらしい。

新卒選手の獲得というのは属人的な部分がかなり大きいようだ。その点において、強化部の体制がころころ変わるようなクラブには大事な選手を預けられないと思われるのは当然の事だろう。長崎は11月になって竹元テクニカルダイレクター(強化部長)が辞任するという内的要因、また大学生を練習参加させるにもコロナ禍がそれを許さないという外的要因が重なり、思惑がどうであったかは分からないが大卒選手獲得なしという異例のシーズンオフになった。

ただ予算や戦力が限られるJ2において新卒選手の躍進というのは非常に大きな戦力UPに繋がる。復帰した竹村テクニカルダイレクターは中村慶太や翁長聖ら有力大卒選手を獲得した実績があり、否が応でも今シーズン末のルーキー獲得に期待したくなる。

▶新練習拠点の進展

選手獲得に有利とはいえない西の果てのクラブにとって、ハード面の充実というのは非常に重要な課題になる。スタジアムについてはジャパネット主導で国内屈指のプロジェクトが進行中で、2024年には新スタジアムが完成予定となっている。一方で新練習拠点については大村案が頓挫してから音沙汰が無くなってしまっている。

一時は総合運動公園整備事業に乗っかる形で大村市と合意、本来であれば2022年には新練習拠点の完成予定となっていたが突如として白紙に戻った。どうも話を追うと一部の市議から反対の声が挙がったようで、きちんと根回しをしていなかったジャパネットが気に喰わなかったという事らしい。一応「県民クラブ」という建前で運営しているが実質的に企業クラブと言わざるを得ないV・ファーレン長崎の形態が災いして、行政 vs 企業のような対立で捉えられてしまった、というのは髙田旭人氏の反省の弁だった。クラブと行政の関係性が非常にデリケートで難しいという類の話は枚挙にいとまがなく、言ってしまえば「あるある」話だった。

ただ頓挫したものをいつまでも「仕方ない」で放置するわけにもいかない。前述の通り選手獲得や練習効率向上のためにも新練習拠点はどうしても必要なものだが、それ以上にアカデミー選手が同じ環境でトレーニングを積めるという経験が何より重要になる。躍進著しい長崎アカデミーからは各年代で世代別代表に選出される選手が出始めている。今のところは格上の鳥栖U-18や東福岡、大津とも対等以上に渡り合うには九州の有力選手を勧誘することとトレーニングでの成長を促すことが必須となる。

2022シーズンが終わるまでには新練習拠点の話が進展していることを期待したい。

▶経営規模の拡大

営業収入推移(2018~2020)

長引くコロナ禍はクラブ経営に大きな影響を与えている。長崎も当然例外ではなく、営業収入を比較すると2019年から2020年で約7億円の減収となっている。内訳を見るとスポンサー収入、入場料収入、Jリーグ配分金がマイナスの大部分を占めている。ただしスポンサー収入についてはジャパネットから経営支援の名目で出されていた金額を別勘定したため見え方上マイナスしているだけで、既存スポンサーについてはコロナ禍にも関わらず6000万円増と説明されている。2019年は降格1年目ということでJリーグから出ていた救済金が無くなったことで単純減、また入場料収入も観客動員が制限されたことで単純減となった。

額面通りの減収ではないにせよ、クラブとしてかなり厳しい懐事情である事は間違いないだろう。

営業費用推移(2018-2020)

一方で営業費用の方は一貫して上昇している。とくにチーム人件費は約14億、J2ではトップクラスだがJ1定着を目指すにはまだまだ足りていない。またトップチーム運営費も2019年より1億ほど増加しており、これはルアン獲得の際に代理人に支払った分と推定される。

大幅な赤字をジャパネットが補填する形になって1億程度の赤字となった2020年。まだ発表されていないが2021年はさらに赤字額が悪化している可能性が高く、2022年の人件費は抑制に動いていると春奈社長は明言している。

喫緊の課題として増収が求められるが入場料収入の回復はまだ見込めず、スポンサー収入とグッズ収入を地道に積み上げていくしかない。フロントスタッフも限られた人員ではあるだろうが、いつまでもジャパネットにおんぶで抱っこ状態というのも健全ではない。J1定着を目指すために、ひとまず営業収入30億という数字がマイルストーンになるだろう。

④おわりに

今シーズンから昇格プレーオフが再開されるため、レギュラーシーズンで6位以内に入るというのが昇格のための最初のハードルのように見える。ただこれは甘い罠で、よしんばプレーオフに参戦できたとしてもそこから昇格を勝ち取るには3連勝が必要で、まさに細い糸を掴むような戦いになる。

昇格するにはやはり2位以内の自動昇格を目指す必要があり、目安となる勝点は84となる。2020シーズンは勝点80で3位、2021シーズンは勝点78で4位、この2シーズンは本当にあと一歩で昇格を逃している。しかし過去に獲得した勝点は何のアドバンテージにもならず、今シーズンもまた勝点を0から積み上げていかなければならない。

全42試合と長丁場のシーズンで安定して勝ち続けるには戦術の浸透、スタメンの質、選手層の厚さ、精神的な充実、そして強化部主導の修正、すべての要素が必須になる。特に強化部には夏の補強という大仕事があり、ここがハマるかどうかは未来を大きく左右する。去年の磐田、京都とはピッチ内だけでなく、ピッチ外でも差を付けられていたと言えるだろう。

キャンプ中にコロナ罹患者を出さず、格上クラブとトレーニングマッチを組むなど、選手編成を含めてここまでの準備は順調に来ている。開幕戦をホームで戦える利を活かして、まずはヴェルディから手堅く勝点3を奪いたい。

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