見出し画像

V・ファーレン長崎 2020シーズンレビュー

多くの仙台サポーターは手倉森監督の事を敬意と愛情を込めて「テグさん」と呼ぶが、個人的には何となくそこまで踏み込めずにこれまで「手倉森監督」と表記してきた。特に19シーズンのホーム愛媛戦の惨敗以降はどうしても厳しい目を向ける事が多かったように思うし、去年の今頃は「果たしてこの監督に任せて大丈夫なのだろうか?」というのが多くの長崎サポの総意だったのではないだろうか。

12位に終わった19シーズンのオフ期間には呉屋・香川など一部の主力を失ったが富樫・二見・フレイレなどの実力者、そしてブラジル1部で実績十分のルアンを獲得するなど大型補強を敢行した。前シーズンの枠組みを保持しながら不足部分を補う、文字通り「補強」に成功し万全を期して臨んだ手倉森長崎だったが、20シーズンはまたしても昇格失敗に終わった。そして昇格の可能性が絶たれた甲府戦の翌日12月17日に手倉森監督の解任、最終節の翌日12月21日に吉田孝行コーチの監督就任発表された。

クラブは既に吉田孝行新監督の元、竹元義幸強化部長、そして髙田旭人社外取締役(実質GM)と連携して21シーズンのチーム作りに着手していると思われる。しかし、その前にどうしても個人的に気になる事がある。それは手倉森監督解任の理由だ。残念ながら今のところクラブからシーズン総括(所謂お気持ち表明)がリリースされる気配はないので、その真意を知ることはできない。

そこで、正しいにせよ的外れにせよ私個人が考えるシーズンレビューを残しておきたいと思う。手倉森監督と歩んだこの2年間は何だったのか、何が変わり、何を遺し、何が足りなかったのか、そして21シーズンに昇格を達成するために必要なものは何か…これまで溜めてきた簡易レビューとデータを参照しながら紐解いていく。

①データから見る2020シーズンの手倉森長崎

Ⅰ 勝点・得点数・失点数

画像1

まずは19シーズンと20シーズンを定量的に比較していく。勝点は56から24点プラスして大台の80に乗せ、順位は12位から3位に大きくジャンプアップした。去年は20敗もしていたが今年はわずか8敗、徳島と福岡も8敗だったのでJ2で最も負けなかったチームの1つという事になる。

得点は57から9点プラスして66。これは水戸の68、徳島の67に次いでリーグ3位の数値になり、J2でも屈指の攻撃力を誇ったと言っても過言ではないだろう。ただ得点以上に失点の方が大きく改善しており、61から22点もマイナスして39となった。これもリーグでは3位の数値となるが福岡が29、徳島が33という事を考慮すると、昇格した上位2チームには守備面で劣ったという事になる。誰の言葉か知らないが、サッカーには「優勝(昇格)するための守備力、残留するための攻撃力」という格言があるらしい。まさにその正しさを立証する結果となった。

とはいえ去年は1試合平均失点1.33で壊滅的だった守備をここまで立て直せた、というのはそれだけで評価されるべきだろう。

Ⅱ ゴール期待値

FootballLabが算出しているゴール期待値(被ゴール期待値)という指数を当ブログでも何度か参照してきた。ゴール期待値とは簡単に言うとシュートを打った位置(やシチュエーション?)を考慮して、その試合で何点入るのが妥当だったのかという理論値である。

画像2

昨シーズンと比べてゴール期待値は+0.052改善されて1.434、リーグ4位の数値となった。実際は総得点66で1試合平均1.571の得点を挙げているので、理論値以上の結果が出ている。先に見た通り昨シーズンより得点は増加しているが、理論上も攻撃の内容が改善されている事をデータが示している。

被ゴール期待値はさらにドラスティックな変化をしており、-0.612改善されて1.094という結果になった。昨シーズンはリーグ21位だった数値が5位までランクアップしており、守備の向上は失点数でも理論値でも証明されている。

ここまで見てきたとおり、昨シーズンすると攻撃・守備両面で実績・内容ともに改善されており、これが勝点の上積みに繋がっていると断言できる。

Ⅲ スタッツ比較

もう少し詳細なスタッツはどのように変化しているのか、内容を少し深掘りしていく。

画像3

まず攻撃面ではシュート数が16位→5位にランクアップしているが、それ以上に目立つのはチャンス構築率14位→2位という数字だ。要するに昨シーズンは攻撃してもシュートに辿り着けなかったが、今シーズンはとにかくシュートに繋がる場面が多かったという事になる。成功率はシュートマシーン呉屋が在籍したことで元々高かったが、今シーズンはリーグ1位となる11.7%を記録した。憶測だがシュートの上手い富樫やエジガル、ルアンの加入や崩し切るサイド攻撃が機能したと思われる。

守備面ではやはり劇的な変化が起きており、被シュート数が20位→6位、被チャンス構築率が21位→9位と大幅ランクアップしている。振り返れば昨シーズンは高木式5-4-1人海守備から手倉森式4-4-2ブロック守備に移行したタイミングで、特に押し込まれた時の守備が機能しなかった。呉屋・玉田の2トップが相手の攻撃を上手く牽制できないために簡単に押し込まれ、スカスカのブロックを蹂躙されてとにかくシュートを打たれる回数が多かった。幸いにして富澤や徳重が神がかり的なセーブを連発したことで失点数はリーグ13位となったが、はっきり言って守備は崩壊していた。今シーズンはよりコレクティブ(組織的)な守備が機能するようになり、最前線からのプレス、危険なブロック内を締めるための位置取りなどが改善された。結果的に被シュート数を抑えられた事が失点数を減らすことに繋がっている

Ⅳ その他スタッツ

さらに他のスタッツも少しだけ触れておきたい。

画像4

ドリブル数は元々低い数字ではなかったが7位→2位と向上。これは亀川や澤田、毎熊など縦に仕掛けられるサイドプレーヤーと、終盤にかけてチームの大きな武器となった氣田の存在が大きい。氣田はもはやリーグ屈指のドリブラーと言っても差し支えないだろう。

画像5

さらに注目するべきなのは30mライン進入回数が9位→5位、ペナルティエリア進入回数12位→2位にランクアップしている点だ。高木時代はボール非保持(=ハイプレス+ショートカウンター)に振り切っていた長崎だが、手倉森監督が就任した昨シーズンからボール保持に取り組んできた。昨シーズンはボールを持ちたい意思はあるが適した選手が不足しており、夏の補強で秋野・カイオのダブルボランチを獲得してからは多少ましになったが「ボールを持てど前進できない」シーンがかなり目立った。ボールを持っているというよりは持たされており、再現性のない単発の攻撃を連打して呉屋が何とかする得点が多かった。

今シーズンは攻撃の連動性が随分向上し、シーズン終盤には速攻・遅攻を使い分けて再現性のある攻撃を出せるまでに成長した。ボール支配率も49%→54%と上昇しているが、それ以上に効果的なボールの持ち方を出来たという事ができる(詳細は後述する)

画像6

最後にもう一つだけ紹介しておきたいのがパススピードのランキングだ。長崎の平均パススピードは8.625m/sでリーグ2位、J1の平均を上回る数値が出ている。あまり可視化されない項目だが、パススピードは「上げろ!」と指示して簡単に上がるものではない。受け手が正しい位置を取り、パサーとレシーバーの技術があり、ボール保持の設計図が明確になって初めて上がる数値である。相手のブロックを左右に揺さぶって穴を探る長崎にとってパススピードは重要な指標であり、リーグ2位の結果が残った事も攻撃が機能した証拠という事ができるだろう。

Ⅴ まとめ

2020シーズンの長崎をデータで捉えなおすと、①攻守両面で結果が大きく改善した②攻守両面で内容も大きく改善したと断言することが出来る。これは主観的な意見というよりは客観的なデータなので、簡単には否定できない部分だろう。

ここからは手倉森長崎がどのように数値と内容を改善していったのか、より具体的な戦術を紐解いていく。あくまで素人分析であり主観的な側面が増えていことになる事を先に断わっておきたい。

②戦術から見る2020シーズンの手倉森長崎

手倉森監督が長崎の監督に就任してから一貫して掲げている方針がある。それは「柔軟性と割り切り」であり「全員攻撃・全員守備」である。つまり「戦況や局面をピッチ上で判断して、最適な手段を選べるよう何でも出来る状態(戦術の幅)を増やす」という事になる。

高木長崎時代は反町松本に端を発した3-4-2-1堅守速攻型ブームに適合し、ファンマを頂点にしたボール非保持志向のチームを作り上げて昇格に成功した。昇格するところまでは良かったがボール非保持に振り切ったチームは明確な弱点=負けパターンを内包することになり、健闘はしたものの結果は1年でのJ2降格となった。高木監督もずっと危機感を感じていたのであろう、18シーズンの中断期間にはバイスを獲得してボール保持に取り組んだが半年では形にならかった。

19シーズンに就任した手倉森監督は「何でも出来る」を標榜し、スカウティングの落とし込みも最小限にして選手の自主性を重視した。高木監督時代から180度変わったチームビルディングに選手たちは上手く適応できず、攻めるに攻めれず守るに守れない、一言でいえば器用貧乏な状態に陥った

そして迎えた勝負の20シーズン、手倉森長崎はボール保持という大きな軸を据える事で内容が改善し、開幕から9戦負けなしとスタートダッシュに成功した。では今年の長崎がどのような戦術を取っていたのか、局面ごとに備忘録を残しておきたい。

Ⅰ 攻撃

画像7

昨シーズンは軸が定まらず器用貧乏に陥ったが、今シーズンは秋野を中心としたボール保持志向のチームになった。ボールを保持したら秋野が1列降りて3バック化、両サイドバックが1列上がってウィングバック化、サイドハーフは中央に絞ってインサイドハーフ化して3-1-4-2に可変することから攻撃が始まる。奪ったボールはまず秋野に渡し、相手2トップのプレスを外して左右のセンターバック(二見・角田)が持ち上がることで相手のサイドハーフを引き付けてサイド深くに侵入していく、という持ち方には再現性があった。

また亀川・毎熊がタッチライン際に立って横幅を作り、富樫が相手ディフェンスラインの裏に抜けて深さを作る事で相手のブロックを押し広げ、澤田・名倉がライン間でボールを受ける回数も増えた。新加入のGK高木和はビルドアップに参加することができるので、ハイプレス志向の相手にも3CB+GKで対応することが出来た。

このボール保持をベースに序盤戦はイバルボが無双したことが9戦負けなしの原動力となった。2節北九州戦と3節福岡戦では得点に絡み、6節岡山戦と7節京都戦では最前線で相手センターバックに大きな圧力を与えた。

また中盤戦以降はいよいよカイオ・セザールが本領発揮したことでボールを奪われないキープ力、長い脚と長身を活かしたボール奪取力で母艦のごとく中盤の底に鎮座した。かつてセレッソにソウザが君臨したように、長崎のカイオ・セザールもリーグ屈指のボランチと呼ぶべき存在になった。

しかし好調をキープできたのは8月までで、9月は8戦して5分3敗と急ブレーキがかかった。要因はいくつかあるが、ボール保持を大事にするあまり全ての攻撃が秋野経由になるため縦の推進力が出せず、カウンターが打てなかったのは一つの要因だろう。これは徳島戦後に秋野も語っている。

相手が戻るよりも前に自分たちが前に行くスピードというのはちょっと遅いなと感じています。自分たちが入る枚数というよりも、手数をかけないで相手が戻る前にゴール前まで行くシーンがほぼないので。そういうところで効率よく、ゴールを決めるためには遅攻だけでなく、速攻というのは数を増やさないといけないなと思っています。
(秋野央樹 第23節徳島戦後インタビューより)

Ⅱ 守備→攻撃

画像8

序盤~中盤にかけてカウンターをほとんど打てなかった長崎だが、ホームの福岡戦・徳島戦に連敗したあたりから明らかに攻め筋が変わってくる。それまではボールを奪ってから秋野まで戻すことが多かったが、相手の守備が整わなければ縦に速い攻撃を仕掛けるようになった。その推進力の担い手となったのは大卒ルーキー氣田亮真だった。ボールの扱いが上手く、マーカーが1人くらいなら怯まずに交わしていける…序盤こそプロのレベルに適応できなかったが、終盤にかけては本来の力を発揮していった。

速攻と遅攻のバランスが整い始めた矢先、大宮戦で左サイドバック不動のレギュラー亀川が負傷離脱、それから米田、亀川、澤田とサイドプレーヤーが続々と離脱していく最悪の状況となった。縦に仕掛けられる両サイドバックの穴埋めを本職センターバックの江川と鹿山が務めたことで、守備に穴を開ける事はなかったが攻撃のスムーズさは減退することになった。この危機的状況を救ったのも氣田のドリブルで、右の大竹で溜めて左の氣田が持ち運ぶ攻撃から攻め込むシーンが目立った。

リーグ最終盤、本職サイドバックの米田と毎熊が戻った事でいよいよ「秋野・カイオを中心にした3-1-4-2ボール保持」と「氣田を中心にした縦に速いカウンター」の両方を使い分ける事が出来るようになった。特に40節ヴェルディ戦、41節甲府戦、42節金沢戦では手倉森監督の理想を体現できたように見えた。

Ⅲ 守備

画像9

昨シーズンから取り組んだ4-4-2ブロック守備はさらに連動性を高める事ができた。2トップがどうにも規制しきれなかった昨シーズンの呉屋・玉田の2トップとは違い、今シーズンは最前線がハードワークして相手のベクトルをある程度規制する事ができた。3バックでビルドアップしてくる相手にはサイドハーフの1枚が1列上がってプレス、同列のサイドバックも1列上がってサイドに蓋をする可変守備も実装できた。

4-4-2のブロックを組んだ時に立ち位置が迷子になりがちなカイオ・セザールは後ろ(特に徳重)のコーチングで正しい位置に導くことでフィルター役として十分すぎる仕事を果たした。4バックはそれぞれ対人に強く、特に二見や毎熊は1対1を防ぐ場面が目立った。中盤戦以降はビルドアップのスムーズさを犠牲にしてでもセービングが安定している徳重を起用したことも失点数の減少に繋がっただろう。

失点数を昨シーズンから22点も減らせたのはブロック守備の練度が向上した事も大きかったが、何よりボールを保持する形ができたことで攻撃される回数がそもそも減ったのも大きな要因だった。試合全体を通してコントロールできる時間帯が増えたことでペースを握りやすく、サンドバック状態でボコボコに殴られる試合は少なかった(10節徳島戦、22節福岡戦、26節磐田戦を除いて)

練度が上がったブロック守備において、一つだけ致命的な部分があるとすればイバルボを起用すると途端に機能しなくなるという点だろう。圧倒的なフィジカルと一瞬のスピードを持つイバルボだが、とにかく守備に力を割けない。5バックなら何とか人海守備で対応できる場面でも、4バックでは1人の穴が致命的になる。コンディションをどんどん落としていったイバルボは結局6試合先発に留まり、35節以降は試合に絡めなかった。

Ⅳ 攻撃→守備

「ボール保持と即時奪回はワンセット」という言葉をどこかで見かけて、確かに仰る通りだなと思った。ボールを握って相手を動かしながらズレを突く、パスミスして奪われても間髪入れずにボールホルダーに圧力を掛けてミスを誘発する、ボールを回収できればもう一度攻撃をトライできる。たとえばグアルディオラ時代のバルセロナや、今年のJ1を圧倒的な強さで優勝した川崎フロンターレを想像すれば分かりやすいだろう。

では今年の長崎はどうだったかというと、ボールを失った瞬間のリアクションは試合によってかなり違った。例えば13節千葉戦、20節松本戦の前半、33節岡山戦は即時奪回の意識が強く、相手を圧倒することが出来た。しかしシーズンを通して見ればプレスに行けない試合、プレスに行っても交わされる試合の方が多かった

今年は超過密日程で、シーズン中の練習で戦術を落とし込むという時間をほとんど取れなかった。ただでさえ時間がない中で手倉森監督は取捨選択を迫られ、まずは「秋野を中心としたボール保持」ついで「氣田を中心としたカウンター」を仕込んだが前から連動したプレスを落とし込む時間は取れなかったのかもしれない。トレーニングできる時間、体力は有限なのだから仕方がない。「得点を取れないなら失点しなければ良い」というのは1年目の手倉森監督がよく口にしてた言葉だが、やはりプレスよりブロック守備の方が重要性が高いという捉え方なのかもしれない。

Ⅴ まとめ

「手倉森は戦術を仕込めない」「手倉森は選手の個人技に頼っているだけ」「圧倒的な資金力と選手層がありながら昇格に失敗した」という声は他サポのみならず、長崎サポからも出ていた。しかし人件費を掛けるだけで勝てるなら千葉や京都はとっくの昔に昇格しなければいけないし、神戸はJ1を連覇している事になる。

新潟サポのあるけんさん(https://twitter.com/alken_alb)がまとめたJ2における順位と人件費の相関図によると、非常に緩やかな正の相関という事になるらしい。今年の長崎の人件費は14~15億円程度と言われており、J2屈指ではあるが圧倒的ではない

手倉森長崎の最終順位は3位、コロナ禍の影響で変更されたレギュレーションにより昇格プレーオフが開催されなかったため昇格の道が絶たれたが、勝点80を積み上げる事はできた。これは、ただ人件費を掛けるだけで簡単に到達できる数字ではなく、個のクオリティを発揮するための戦術があってこその実績となる。ましてここは世界でも屈指の魔境、金がモノを言うとは限らないJ2リーグなのである。

とはいえ昇格に失敗したのは厳然たる事実。1位徳島と2位福岡の最終勝点は84、長崎はあと4点足りなかった。個のクオリティがあり、戦術的な積み上げがあり、実績も内容も確実に向上していた。では今年の長崎にもう一歩足りなかったものは何だったのか、昇格失敗の要因は何だったのか、少しだけ列挙していく。

③手倉森長崎が昇格に失敗した7つの理由

Ⅰ バランスの悪かった編成とサイドプレーヤー全滅事件

オフシーズンの補強に成功し、リーグ屈指の戦力を保持した長崎だったが、編成にはやや偏りがあった。ボールを保持して主導権を握りたい手倉森監督にとって、ピッチ中央でボールを扱える選手の価値は大きかったが、それにしてもサイドプレーヤーがあまりにも少なすぎた。特にサイドバックは亀川と19シーズンにコンバートした米田のみで、今年コンバートした毎熊がバッチリハマったものの、シーズン通して3人だけでサイドバックをやりくりする羽目になった。

前述したとおり29節大宮戦で亀川が負傷離脱してから米田、毎熊と後を追うように本職サイドバックが続々と離脱。後で分かったことだが徳永も怪我、高卒1年目の加藤聖はU18ワールドカップに専念という事で、代役を本職センターバックの江川・鹿山や本職ボランチの磯村が務めるという緊急事態に陥った。若い2人にとっては実践の経験を積める貴重な経験になったし、30節以降は9勝2分2敗と好成績を残しただけに十分に対応できたと評価するべきだが、そもそもの編成には穴があったというべきだろう。

Ⅱ 最大のジレンマとなったゴールキーパー問題

今シーズンの長崎が抱えた最大のジレンマはゴールキーパー問題だろう。つまり「ボール保持を優先して高木和を起用するか」「セービングの安定を優先して徳重を起用するか」という選択である。シーズン当初は高木和がゴールマウスを守る機会が多く、足元の技術を存分に活かしてボール保持志向のチームに大貢献した。しかし10節徳島戦で致命的なファンブル(キャッチミス)を犯してからは不安定さが顔を出すようになり、徳重に正ゴールキーパーの座を譲る事になった。

徳重に現代風のビルドアップを求めるのは少し酷な話ではあるが、最前線にファンマや垣田のような明確なターゲットマンのいない長崎は足元でボールを繋いでいく必要がある。しかし顔を上げて冷静にパスコースを探すことが難しい徳重は、それでもシーズン中にチャレンジする姿勢は見えたが、シーズン最終盤にはリスクを極力とらないようロングボールでクリアする回数が増えていった。

徳島における上福元、東京Vにおけるマテウスのように、ボール保持を志向するチームは足元のあるゴールキーパーを起用するのが自然の流れではある。ハンバーガーを頼んだらポテトも一緒に頼むくらい普通の事だろう。富澤もビルドアップに貢献できるゴールキーパーだが、5節琉球戦で負傷した高木和の代わりに出場した時にはやはり安定感に欠くプレーとなってしまった。

昇格した2チームはそれぞれ適役のゴールキーパーを起用してきた。ボール保持の徳島は足元のある上福元を、ボール非保持の福岡はとにかくセービング技術の高いセランテスがゴールマウスを守り、長崎よりも少ない失点でシーズンを終えた。ゴールキーパーだけが昇格失敗の要因というつもりは断じてないが、上位2チームとの差であったことは確かだったように思う。

Ⅲ アウェイが先行したスケジュール

昇格失敗が確定した甲府戦の後、さらには解任決定のインタビューの際に「アウェイが先行したスケジュール」を敗因に挙げた手倉森監督。何とも言い訳がましいと捉えられる言い方だが、長崎がスケジュールに恵まれなかったのは事実だ。

通常の日程ではありえない事が今年の過密日程では発生した。5連戦を6回という連戦は当然のことながら、例年ではほとんどあり得ないアウェイ3連戦4連戦という無茶なスケジュールを組まれたチームがある。アウェイ3連戦を組まれたのは甲府、北九州、長崎の3チーム、そしてアウェイ4連戦を組まれたのは山口、岡山、愛媛、福岡、長崎の5チーム。つまりアウェイ3連戦と4連戦をどちらも組まれたのは長崎のみだった。特に勝てない試合が続いた16節~21節は新潟→金沢→甲府→長崎(磐田)→松本→町田と6試合中5試合がアウェイという罰ゲームのような日程、この罰ゲームを乗り越えてやっとホーム連戦を迎えたと思えば22節福岡、中2日で23節徳島という間の悪さである。

画像10

結局はこのホーム福岡戦、徳島戦を連敗した事も昇格失敗の大きな要因となってしまった。明らかに徳島戦に照準を当てて大幅ターンオーバーを敢行した福岡戦では積極起用した江川が2失点に絡み敗北、万全を期した徳島戦はシュート数18対8と攻め込んだものの終了間際の失点に泣き連敗。徳島戦は引き分けが妥当な内容だったが、あの試合を勝ちきれるのが昇格するチームの強さだろう。

さらにこの夏場の遠征は選手に掛かる負荷も大きく、終盤戦にかけて怪我人が続出した遠因にもなったように思う。

Ⅳ 勝点を失った2度の采配ミス

手倉森監督はどちらかというと采配上手なイメージがある。なぜなら途中出場した選手が結果を出すことが多いからだ。

Jリーグデータ大好きでスワンさん(https://twitter.com/Data_Swan)の集計によると、途中出場選手が決めた得点数は20点でリーグ最多、2位の徳島と新潟が14点だったことを考えると圧倒的な成績だ。そもそも途中出場でイバルボだのエジガルジュニオだのルアンだの、このレベルの選手を出して采配上手とか言うなと怒られそうだけど。

基本的には良い采配で勝点を積んできた手倉森監督だが、今シーズン明らかな采配ミスが2度あったと思っている。1つは20節のアウェイ松本戦、開始早々に畑が先制点を挙げ、ルアンのスーパーゴールで2点差をつけたが守りきれずに同点に追いつかれた。きっかけになったのは70分に攻撃を牽引してきた氣田を下げてイバルボを投入した采配、アウェイで2点差になった段階で逃げ切りを視野に入れるべきだったが「3点目を取りに行く」決断をした交代が仇となり前線の守備強度が著しく低下したことが2失点の呼び水となった。

もう1つの試合は27節のアウェイ北九州戦、一方的に押し込みながらあと一歩得点に届かない展開で62分に氣田をさげて毎熊をサイドハーフに投入する。毎熊のサイドハーフ起用はシーズン初の事で、キャンプ中は試したのかもしれないが実戦ではぶっつけ本番だったのではないだろうか。毎熊は守備時のポジショニングが定まらずブロックに穴を開け、一瞬の隙を小林北九州に突かれディサロに先制点を献上した。この試合のゴール期待値は長崎2.031に対して北九州は0.741、理論値だけを見れば勝たなければいけない試合だった。ルアンのフリーキックをカイオが押し込んで同点に追いつけたのは僥倖だったが、勝点2を失った試合というべきだろう。

勝負ごとに「もし」は無意味だが、松本戦・北九州戦できっちり勝点3ずつを積み上げていたら…最終勝点は84に届いた計算になる。

Ⅴ リードした時のゲームコントロール力

明らかな采配ミスと呼べるのは上記2試合だが、それ以外にも勝点を取りこぼした試合は少なくなかった。例えば16節新潟戦、17節金沢戦、そして41節甲府戦がそれに当たる。つまり先制点を挙げながら追いつかれた試合があまりにも多すぎた。長崎は試合中にリードしながら(一時的でも)追いつかれた試合が11試合もあり、徳島は8試合、福岡は7試合だったことと比べるとゲームをコントロールする力はやや不足していたと言える。

試合終盤に5バックに変更して守りきる采配を初めて見せたのは32節のアウェイ群馬戦だった。なりふり構わずに勝点を取りきる覚悟を序盤から見せていれば、勝点は80からもう少し積み上げられたかもしれない。リードした後の振る舞い、最もプレッシャーのかかる試合終盤の凌ぎ方、長崎はあと一歩守りきる「割り切り」が足りていなかったと言えるだろう。

Ⅵ 克服できなかった負けパターン

何でも出来る柔軟性を標榜した手倉森長崎は、苦手な相手というものが存在しないのが理想である。しかし実勢には明らかな負け(苦手)パターンというのが2種類あったように思う。

ⅰ)ボール保持特化型チーム

1つはボール保持に特化したチームで、結局今シーズン勝てなかった徳島や琉球、それ以外にも東京V、支配率だけでいえば磐田も該当する。ボール保持に特化したチームはプレスに対する耐性が高く生半可なプレッシャーは仇となる危険性がある。だからと言って4-4-2でブロックを組んでいてもボールを動かされるうちにどんどん陣形を崩されてシュートを打たれる回数が増えていく。

何でも出来るチームを目指した手倉森長崎が最後まで落とし込めなかったのはプレスの連動性で、GKを含めてボールを保持するチームをどうしても苦手にした。上記4チームに対しては1勝3分4敗、分かりやすく苦手である。

ⅱ)3バック堅守速攻チーム

そしてもう1つは3バック堅守速攻型のチーム。ピーク時に比べると3バックを採用するチームは随分減ったが甲府、京都、松本がこれに該当する。3バックとハイプレスはセットになる事が多く、ゴールキーパーがビルドアップに参加できない長崎は再現性を持って回避することが出来ない。またウィングバックが下がって5バック化してスペースを埋められると左右の揺さぶりが効かず、圧倒的なスピードやパワーという意味ではやや不足している長崎は突破口を見つけられずに攻めあぐねる試合が多かった。

上記3チームに対しては1勝3分2敗、こちらも分かりやすい苦手パターンだった。逆に言うと4バック相手には30戦で3敗のみと相性の良さを誇っただけに、3バックを相手にした時の戦績の悪さが目立つことになってしまった。

画像11

Ⅶ 致命傷に至ったセットプレーの守備

そして最後に上げたいトピックスはセットプレーの守備になる。

画像12

去年から大幅に改善した失点数だが、内訳は上記のグラフの通りだ。昨シーズンと比較するとPKでの失点が5→0になったのは素晴らしく、それ以外もほとんどの形で失点が減っているが、唯一セットプレーからの失点は10→12と増加している。実に総失点の3割がセットプレー絡みで、セットプレーの流れからの失点を含めれば4割程度になるだろう。

セットプレーから失点する割合が多いのも困りものだが、さらに悪かったのは勝点に直結する失点があまりに多かった事だ。特に36節松本戦の劇的同点被弾、41節甲府戦にコーナーキックから叩き込まれたヘディングで勝点4を逃している。

基本的にコーナーキックはマンマークで守るので責任の所在がハッキリする。松本戦は鹿山が、甲府戦は秋野がそれぞれマークを剥がされた失点だった。ただそれ以外の場面でもフリーでシュートを打たれる場面はシーズン通して多く、セットプレーの守備は終始安定しなかった。

Ⅷ まとめ

編成の偏り、ゴールキーパー問題、アウェイ先行のスケジュール、2度の采配ミス、リードした時の振る舞い、2つの負けパターン、セットプレーの守備…昇格失敗に繋がった7つの要因を挙げてきた。これら7つの事象は攻守のベースが出来上がった上での粗探しにはなるが、昇格まで足りなかった勝点はこの辺りの仕上げが足りなかった結果でもある。プレスの仕込み不足とゴールキーパーのジレンマという問題が2つの負けパターンやゲームコントロール力に繋がっている部分もあり、因果関係は複雑に絡み合っている。

④手倉森監督は解任されるべきだったのか

19シーズンから大きく上積みしたチームは勝点80に到達しながら2つの昇格枠を逃した。戦術、試合内容、スタッツ、結果…ここまでのレベルに高められたのは偶然の産物ではない。しかし上位2チームと比較しても足りない部分は確実にあって、「絶対昇格」という目標は達成できなかった。

手倉森監督の解任はホームで福岡と徳島に連敗した後、アウェイで京都に敗れた後と2度検討されたと言われている。結局は甲府戦で昇格の可能性が潰えた段階で解任を発表される事になったが、試合後のコメントを見るに昇格失敗=解任というのは既定路線だったようだ。

一つだけ、個人的に非常に気になっているのは「手倉森監督を解任した具体的な理由」である。浦和や磐田など、一部のクラブではシーズン終了後にフロントが声明を出すことがある。今年はこのような内容だった、来年はこのようなサッカーを目指したい、といういわゆるお気持ち表明である。長崎は一貫してこのような声明文を出さない。18年にJ1残留に失敗した高木監督を解任した理由もついぞ説明されることはなかった。そして今回、手倉森監督を解任した理由が明らかになる事もないだろう。

最終節、金沢戦の後のセレモニーで髙田春奈社長が語ったスピーチはサポーター・スポンサー・自治体への謝辞を述べつつ、「自分たちは負けた」という言葉が個人的には耳に残った。果たしてあの場面で、ピッチで必死に戦い、せめてもの思いで有終の美を飾った選手・監督を背負って選ぶべき言葉だったのだろうか?昇格に失敗した、負けたという事実はその通りだが、フロントは結果だけを見て判断しているのだろうか?お気持ち表明が出ない以上、明確な基準や人事のプロセスは見えてこない。

何だかんだ言ってトップクラスの実績を持つ日本人監督で、人脈も広く、手倉森監督なくして亀川や玉田、角田の移籍は実現しなかった可能性が高い。余計なバイアス越しに語られること多い監督だが、今シーズンの長崎はレベルの高いチームだったし、少なくともサポーターは誇るべきだった。だからこそ3シーズン目の手倉森監督は既定路線だと思っていたし、解任の報を聞いた時は心底驚いた。後任を外部から招聘するかと思いきや、吉田コーチの内部昇格というから余計に驚いた。

吉田新監督は選手としての実績は十分だが指導者としてはまだまだ歴が浅い。今季のボール保持も実質原崎コーチと吉田コーチが落とし込んだのならば、大枠の戦術は継続になるだろう。しかし、それであればなぜ手倉森監督を解任したのか、ただでさえ準備期間が少ない中でコーチの入れ替えを行う必要があったのか…現段階では正直リスキーな選択をしたなという印象の方が強い。

⑤シーズンレビューの終わりにかえて

手倉森監督を招聘して2年、長崎のサッカーは様変わりした。当然多くの選手も入れ替わった。これは2018年にJ1残留できなかったチームが変化を望んだ結果であり、賛否両論ありながらも2度目の昇格まであと一歩というところまで辿り着いた。

個人的には今年の長崎、ひいては手倉森監督を"正しく"評価したいという思いで20シーズンは試合ごとのレビューを、そしてこのシーズンレビューを執筆してきた。いよいよこのチームにも監督にも愛着が沸いてきて、ようやく「テグさん」と呼べる気がしてきたが時すでに遅かった。

願わくばテグさんの仙台での挑戦が成功に向かう事、そして21シーズンの長崎の航海が昇格に辿り着く事を祈って、2020シーズンのレビューを締めくくることにしたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?