町田洋『夜とコンクリート』

本というくくりに漫画を入れ込むとき、どこかくすぐったい感じがするのは気のせいだろうか。本のはなしを書き始めて3本目で漫画に触れる懐の太さを見せていきたい。

平らでつやつやとした面に、静かでさらさらとした砂を少しずつ落として円を描くような、そんな短編たちが詰められたのが本作である。PopeyeかCasa Brutusの本特集で取り上げられて、表紙のなんとも緻密で儚い雰囲気にやられてしまいお買い上げした。その後無事に中身の雰囲気にもやられてしまった。

漫画というよりも、朴訥とした詩のようなセリフと間の隙間を絵が埋めているような、そんな雰囲気のする作品たちである。まるですべてが水の中で展開している気分になる。

表題作『夜とコンクリート』は建物の声が聞こえる男が主人公である。彼曰く、建物は深夜3時から夜明けの間だけ、休みに入るのだという。夏場の休息の短さに不安を覚える。

建物の声が聞こえる、その建物には実は休み時間があるというのはなかなか膝を打たせる名設定だと思っている。というのも、私たちの大半が、建物は動かないから全く稼働していない0の状態か、もはや人やものを収容している限りは稼働しているとして1の状態か、そういう極限状態でしか建物を捉えてこなかったのではないだろうか。そこに0でも1でもない概念を与えてくるこの作品は、眠れない夜のひとりを徹底的に突き放しながらも、それでも世界のものは必ず休むというなにか大切なことを教えてくれる気がする。
私が眠れないまま朝を迎えることが増えたとき、自分の家に「寝てるのにごそごそしてすまんな」とか「おっぼちぼち起きたな」とか、少々クレイジーではあるけどそんなやりとりすら思うこともできる。

書籍には表題作のほかに3話収録されており、内1話の『夏休みの町』は、無為な夏休みをもう過ごすことのできない大人たちの心臓をえぐる作品といってもいいと思う。無謀なのだすべて、しかしその無謀を愛した時間があったことを思い出させてくれて、そして今はその無謀よりも「きちんと」した時間の使い方をしたがる癖があることにも気づかせてくれる。
無謀さ、という話で言えば残り2つの収録作品もそうで、いつとも指定しがたい勢いの波に乗っていた「あの頃」がすでに収束してしまった様を異なる視点から描かれているともいえるだろう。

深く考えすぎない、もはや思考の域を止めて海に深く潜るような作品たちである。紺色の表紙に細く走る白い線は、まるで潜水の軌道を描いているようにも思う。

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