いぬのきおく(エッセイ)

母が幼い頃、家で飼っていた犬(たぶんコロとかいった)が、毒を飲んで死んだという。彼は隣に住む猫に恋をしており、よくひとりで出かけていったのだが、運悪く殺鼠剤入りの団子を食べてしまった。

家のひとがみんな悲しんだという、その話を母から聞かされたとき、私は言いようのない気持ち悪さを胃のあたりに感じた。

だれよりもはやく家から去ってしまった柴犬のことを知るには、だれかの記憶を語るしかない。それなのに、目の前にいる以上にその犬はそこにいる。その矛盾した感覚が気持ち悪い。写真や動画よりも深いところに犬は存在しており、生者などには手出しのできない濃い輪郭がある。

去ってしまったもの、遠くにあるものは、語りやすく、愛しやすい。

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