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未完了コミュニケーションのストレス

以前、仕事の関係でコミュニケーションスキルについてのセミナーを受けた際、「未完了のコミュニケーションは人間にとって大きなストレスになる」という話を聞いた。その時は、夫との会話や、仕事上のコミュニケーションでの対面の会話を思い描いて、「そうだよなぁ」と思っていた。
しかし対面の会話では少なくとも目線や体の動きなどの非言語コミュニケーションによってわずかでも反応を得ているもので、これがテキストコミュニケーションになるとストレスが何倍にも膨れ上がる。そんな体験をした。

先日の記事に、「お客さんを1件失った」というようなことを書いたが、実はそのお客さんには私からお詫びと言い訳のメッセージを送っていた。常日頃LINEでやり取りをしていたので、そのメッセージもLINEで、数分もたたないうちに既読がついていた。電話もしたが時間帯が悪かったのか出てもらえず、あまりしつこくするのもどうかと思いメッセージの返信を待っていた。
返信を待つ間の、胸に何かが詰まったようなあの感覚よ。
私はてっきり、自分のミスでクライアントを失った不甲斐なさに落ち込んでいるのだと思っていた。再発防止策は考えてあるのに気持ちが晴れない自分のネガティブな性格が嫌になる、と思ってさえいた。
しかし数日後、返信が遅れたことへのお詫びとともに、先方から返信が来た。細かいことを気にしすぎて申し訳なかった、という優しい気遣いを添えた返信だった。
その瞬間、胸のつかえがすーっと霧散していった。
契約を切られることはかわらない。そして気づいた。私はミスに落ち込んでいたのではない、未完了のコミュニケーションにストレスを抱えていたのだ、と。

仕事を変えてから、相手に会わずにやりとりをするケースが増えた。会うどころか、zoomも電話もしないお客さんもいる。できるだけ、筆不精な自分なりにマメにメッセージを送るようにはしているが、返事がないことも多い。今回のように、返事がないことによるストレスと、相手の反応に対する心配を混同していると身が持たない。
これまでの職場では、何かメッセージを送った相手に何日も会わないということは殆どなかった。オフィスに出社していたから職場で顔を合わせる相手がほとんどだし、会社間でトラブルがあれば社内での報連相で誰かから反応が貰えたし、相手先にはお詫びと対策ということで打合せの時間をもらえたからだ。いまは報連相の相手もない。
人と会わないことは私にとってストレスからの解放だったが、思わぬ落とし穴だ。
コロナ禍を経て、在宅勤務中心の働き方をする人が増えていると聞く。このことを意識している人はどのくらいいるのだろう。

少なくとも、私からは必ず返信をしようと決めた。そんな体験だった。

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