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アナロジーがもたらした生き方

全て同じ。

細野学のアナロジー思考
という本を読んでからこの考えが深く自分に根付いている。

イノベーション、革新的な発想はどこから生まれるか?

全ては何かの二次創作だ。
モーショングラフィックスクリエイターのIssinが言った。

この言葉にはとても共感している。
というのも昔からHIPHOPでサンプリングというものついてよく考える機会があったからだ。

パクリってなんなん?

そんなことを考え始めてたらオリジナリティがわからなくなった。
全てのものには何かしらの元があるのだと思ってる。

僕はよく趣味がコロコロ変わったり、考えがよく変わる。
一貫性のない人間だと思うのだろうけど、自分では一本の太い線の上を歩いていると思っている。
考えが変わる、というの1からaに変わるというイメージではなく
1から2に変わるイメージだ。

その前の思考があるからこそ次の思考が生まれるのであって、
前段階の思考がなければ、次の思考は生まれない。
ニワトリがいないと卵は生まれない。
そのニワトリは卵から生まれている。

考えが変わること=進歩(アップデート)

である。

趣味も同じ。
HIPHOPの全てが好きだ。
それはHIPHOPそのものだけではなく、HIPHOP への関わっているものも含まれる。
カメラ、景色、ストリート、街並み、地元、日本、世界。

こう辿っていくと全てが好きなのではないのかと思う。
その辿る一つの線が、自分はHIPHOPなのである。
これが軸と呼ばれるものなのだろうか。

HIPHOPの定義は人それぞれ。
自分がHIPHOPだと思ったらそれはHIPHOP。

繊細な自分は何でも感じ取り、HIPHOPと結びつけてしまい、
興味を抱いて感動する。

最近感じたHIPHOPは、公園で老夫婦がベンチに座ってペットボトルのお茶を飲んでいる景色。

何故、この風景にHIPHOPを感じたかはわからないが、
こういうのを辿っていくと意外と楽しい。

好きなものはあらゆるところに潜んでいる。

なんでも共通点を見つける。
時には俯瞰的な視点。

再認識と言語化ができた。

アナロジーがもたらした生き方だ。

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