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偽りなき優しさ

黒にピンクのスライド型のガラケーを彼が手にした。

何を見せたんだっけ。
何を、彼に、見せたかったのだろうか。


真ん中の一番後ろの席にいる彼と、
その左斜め前にいる私。

その周りに居た人たちの顔を一人も思い出せないほど、私の視界を彼が占領していた。

大それた恋をしていたわけではない。
それでもこうして夢にまで出てくるのは、彼の"優しさ"があるからだ。

珍しい、"優しさ"が。


スラッとした背丈に、ツンツンした黒髪に、キリッとした眼、長い手足に、低い声。

いつも、喧嘩した後のように髪を靡かせ、学ランをはだけさせていた。

まるでライオンのように自己主張をする彼を、ほとんどの人が怖いと言った。

そんな彼の"優しさ"を知っていることが、何故だか自分の居場所を見つけたかのように嬉しかったんだ。


そういえば、プリンを一緒に食べたことがあった。

事前に買ったお互いのおすすめのプリンを、お弁当の時間に交換して食べたことが。

その時は、左端の席で。昼間の日差しを浴びながら、学校に来なかったり、早く帰ったり自由に生きる彼とのほんの少しの時間だった。

どの場面を思い出しても、彼はやはり優しいという言葉が相応しい人だった。

今には珍しい、優しい人だった。

私はそんな"優しい"彼に恋をしていた。
そして、その優しい振る舞いを見ることが好きだった。彼が誰かに恋をしている時も、苦しむことなく、私は私で恋をしていたんだ。


嘘だらけの中学時代、彼との思い出だけが、唯一本当のものであったと願いたい。

文字を書くことが生き甲斐です。此処に残す文字が誰かの居場所や希望になればいいなと思っています。心の底から応援してやりたい!と思った時にサポートしてもらえれば光栄です。from moyami.