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シアター・ムヴィオラPICK UP (2) 『世紀の光』

新作『MEMORIA メモリア』上映中、4/9〜特集上映が始まるアピチャッポン・ウィーラセタクン監督。今年6月15日までしか見られないタイ時代の『世紀の光』をピックアップ。

『世紀の光』本編 配信ページはこちら:https://mirail.video/title/5230003

アピチャッポン監督本人からのメッセージもいただきました!


■フィルモグラフィーの中で最も幸福な映画。
『世紀の光』は、アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の2006年作。単独監督作品としては『真昼の不思議な物体』(2000)、『ブリスフリー・ユアーズ』(2002)、『トロピカル・マラディ』(2004)に続く長編第4作にあたります。『真昼の〜』がロッテルダム映画祭や山形国際ドキュメンタリー映画祭で注目を集め、『ブリスフリー〜』でカンヌ映画祭に初出品(ある視点部門)、『トロピカル〜』でついにカンヌのコンペティションに選ばれて審査員賞を受賞した後の作品です。監督本人が語るように、前作の『トロピカル〜』はダークネスを描き、それもあって精神的にも暗く辛い状態だったので、「白い光」のような映画へと心が向かったようです。結果、映画は「両親についての映画」であり「愛についての映画」であり、「最も幸福な映画になった」と以前来日した際に語っていました。その幸福感のせいか、初期からのファンには特に好きな作品にあげる人が多いのです。残念ながら、日本での権利は今年2022年6月15日まで。事情あって劇場上映もできない状況となりましたので、この配信でぜひご覧いただければと思います。

3世紀の光


■緑豊かな地方の病院と近代的な都会の病院。2パート構成で感じる「記憶」と「輪廻」。
アピチャッポン監督の両親は、監督の故郷である東北タイのイサーン地方コーンケンの医師でした。本作では「自分が生まれる前の両親の物語」を描いたと言っています。映画は2パート構成で、前半の舞台は緑に囲まれた地方の病院。一人の女性医師の恋愛のエピソードが語られます。後半は一転して近代的な都会の病院が舞台となりますが、女性医師をはじめ同じ俳優が共通して登場し、エピソードも微妙な変化を加えながら反復されます。そこからアピチャッポン監督の作品に重要なテーマである「記憶」が浮かび上がり、また映画の中では「輪廻」についての会話も繰り返され、長編第5作でカンヌ映画祭最高賞(パルムドール)に輝いた名作『ブンミおじさんの森』への繋がりも感じさせます。さらに音響デザインには『トロピカル〜』以来のスタッフであるアクリットチャラァーム・カラヤナミット(リット)と、本作から清水宏一も加わり、前半の風に揺れる木々の音、後半の時間や記憶の全て吸い込んでいくような空気ダクトの音など音響の凄みもたっぷり感じられる作品になりました。

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■タイでは検閲された4箇所も含む完全版。
「最も幸福な映画」である本作ですが、タイでの公開時には検閲によって4箇所(僧侶がギターを弾くシーン、医師が酒を飲むシーン、医師が恋人とキスして勃起するシーン、僧侶がラジコンで遊ぶシーン)の削除を命じられ、削除しなければ国内上映が禁じられるという不条理な措置を受け、監督の怒りを表明する作品にもなりました。当局の削除命令に対して監督は「文化省は我々の血税を用い、空虚な道徳観を謳って“国家の尊厳”を口実に権威をふるっている」と憤り、タイの上映では削除された箇所に、なんと「黒いフィルム」を挿入したバージョンで上映することで政府に抗議をしたのです。日本での配信は、その4箇所も削除されずそのまま残っている国際版ですので、削除が命じられたシーンを見ることで、タイにおける権力とは何なのかを考えることもできるでしょう。アピチャッポン監督は本作の後に『ブンミおじさんの森』(2010)を完成させ、そして2014年のタイの軍事クーデター後に完成させた『光りの墓』(2015)を最後に「タイではもう長編映画を作ることはできない」と海外での映画制作へと移行していきます。

世紀の光サブ5


■映画公式サイト
詳しい情報はこちらでご覧ください。
https://www.moviola.jp/api/

■ここ見て・聞いて

◎アピチャッポン映画のタイ語はまあるく柔らかい。他のタイ映画ではさほど感じないにも関わらず、アピチャッポン監督の映画を見るとタイ語とは何とも柔らかなエロキューションを持っているのだろうとうっとりする。監督本人に尋ねたところ、「自分にはタイ語は母国語なので、そんなふうに聞こえるなんて思ってもみなかった」という返事。ただ、本作の女医役も『ブンミおじさんの森』のブンミもキャスティングには声が重要だったというので、アピチャッポン映画では「声」の存在も音響デザインの一つと捉えて良いのでしょう。

◎映画の最後の方に登場する空気ダクト。これについて監督は以前こう語っています。「あれはブラックホールとも言えると思いますが、あの穴にとても触発されたのです。この映画全体が、あの穴の中の過去の暗闇から生まれ、そしてまたそこに回帰していくようなイメージを持っています。僕にとっては『2001年宇宙の旅』のモノリスのようなものなのかも」。

◎映画の最後に流れる曲は、日本の音楽ユニット、NEIL & IRAIZA(ニール・アンド・イライザ)の「Fez (Men Working)」という楽曲。「僕の大好きな曲なんです。ジョギングをするときに聞いている曲で、映画の最後のエアロビのシーンのエネルギー・レベルにとても合っていると思って使ったんです」(監督)。

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■『世紀の光』本編 配信ページ:https://mirail.video/title/5230003

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