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『リング・ワンダリング』金子雅和監督インタビュー:想像の大切さ

2月19日から公開され、第52回インド国際映画祭では金孔雀賞(最高賞)を受賞された大注目の作品、『リング・ワンダリング』。
今回、本作の監督である、金子雅和監督に映画チア部がインタビュー!本作の魅力から監督の作品に込めた想いまで、たくさん語っていただきました。

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©️2021 リング・ワンダリング製作委員会

『リング・ワンダリング』に込めた想い



ー本日(取材日2/19)、映画『リング・ワンダリング』の公開初日を迎えられたこと、おめでとうございます。


ありがとうございます。この作品は2018年の2月に企画コンペで賞をいただいて、そこから本格的に動き出した企画です。
撮影は2年前の2020年でした。企画から数えると4年間ずっとこの作品に携わってきたので、それがついに一般公開され、お客さまに観て頂けるのは非常に嬉しい気持ちです。


ー本作で「第52回 インド国際映画祭(ゴア) 金孔雀賞(最高賞)」、「第37回 ワルシャワ国際映画祭 エキュメルニカ賞 スペシャルメンション」の受賞おめでとうございます。

コロナで世界中が大変な状況ですけど、運良く昨秋は一時的に落ち着いたタイミングだったので、10月にワルシャワ、11月にインドのゴアへと現地まで行けました。なので、現地のお客さんや審査員の方達の反応を生で体験できました。
今は映画祭もZoomで参加する事が多いんですけど、リアル開催ならではのヴィヴィッドなリアクションをいただいた上での賞だったので本当に嬉しいです。


ー作品についてもお伺いしていきます。まず先程も本作が企画のコンペで賞を取ったことから始まったとのことですが、当初は短編だったと事前に伺っています。金子監督の過去作でも長編は1作(『アルビノの木』)だけのようですが、何か映画の尺にこだわりはありますか。

短編を多く作っていたのは、どうしても長編を製作するほうが大変だからです。短編で色々やりたいことを試みて、やりたいことに対する方法論や技術といったものを身につけて、そこから前作の『アルビノの木』で初長編を撮りました。『アルビノの木』は長い時間掛けて作ったので、その後、また長編を作ると色々大変なので、すぐに作れるとは思っていませんでした。
ただ、作品を作らない時間を長くしたくないと思っていたので、『リング・ワンダリング』の原型となる短編企画をスタートさせました。
その企画が、あるコンペティションで大賞をいただいた時に、審査員のお一人から、「既に長編を撮っている監督なのだから、この企画は短編より長編にした方がいいんじゃないか。」と言っていただき、それが長編化していく大きなきっかけとなりました。
また自分自身が短編を多く作っていて感じていたのは、短編は映画祭以外では中々上映されないですし、上映機会があっても他の監督の作品とのセットになってしまい、発表の方法が限られてしまうことです。短編と長編とでは上映できる機会も、お客さんのリアクションもまったくちがうんです。
もちろん長編の方が実現は大変ですけど、作り手として得られるものは長編の方が圧倒的に多いですし、監督としてのキャリアになります。なので、次もまた長編を作ります。


ー短編の企画を長編にするにあたり、新たにリサーチしたり、物語を構成する中で変更はありましたか。

『リング・ワンダリング』は、劇中で笠松さんが漫画を描いて、それが実写になって動き出すシーンがありますけれども、元々これは短編企画の時にはなかったです。
主人公の漫画を描いてる青年・草介が、東京でオオカミかもしれない骨を見つけたことをきっかけに、ミドリという女性と出会って、その経験から漫画を描くところまでが短編時の設定だったんですけど、そこからより物語を膨らませて、漫画の部分を実写化し、現代、過去、漫画の3つの世界にスケールアップしました。

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©️2021 リング・ワンダリング製作委員会


ータイトル『リング・ワンダリング』はどのように付けられましたか。

元々の短編企画では花火大会の一夜だけを中心にした話で、タイトルは「花火の夜」でした。でも長編映画のタイトルとしてはインパクトが弱い。
「リング・ワンダリング」は登山用語で、まっ直ぐに歩いているつもりが、どうどうめぐりして、遭難してしまうという意味があります。草介は幻のニホンオオカミを求めるあまりに不思議な世界に迷い込んでしまうし、彼自身もこれからの人生をどうしようかと迷っている。その心境も含め、『リング・ワンダリング』というタイトルを付けました。
あと、リング・ワンダリングって聞き馴染みのない言葉ですけど、一度耳にすると、中々忘れない不思議な語幹で、「なんだろうな」と思わせることができますよね。僕は映画のタイトルには、そういう引っかかる要素があった方がいい。
タイトルの候補はいっぱいあって、それこそ狼が出てくるから「オオカミの○○」など、色々なパターンを考えましたが、結果として『リング・ワンダリング』が一番しっくりきました。

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©️2021 リング・ワンダリング製作委員会


ーたしかに韻を踏んでいますし(笑)

そうですね(笑)あとこれは意識していなかったんですけど、『リング・ワンダリング』にはリングに挟まれて「ワン」ダがあります。偶然犬の鳴き声が入っていることに最近気が付きました(笑)。物語で狼と思わせたものが犬ということもあっておもしろいですね。

ー映画の構成についてお伺いします。漫画の世界と、過去と、現在の3つの世界が交錯する構成で、ファンタジーに描かれている一方で、リアルにも感じたのですが、リアルな描写の中にファンタジーな要素を取り入れたのはどうしてですか。

元々、僕自体が寓話や民話など、ファンタジーが子供の頃から好きで、そういうものは、昔の人が考えた不思議な物語なのだけれども、その当時の人々が日々の生活の中で切実に感じていたことや、生き方のメッセージが隠されているように思います。
僕の映画自体も、現代人の感覚で寓話や民話を作りたいと、いつも思っています。
この作品で描かれている空襲の記憶は辛く苦しい、生々しい事実ですから、みんな忘れたいし、見たくないものでもあると思います
でも忘れてはいけないことですよね。それを史実にのっとりリアルに描いて見せるのは、戦争を体験した世代の方たちやそのひとつ下の世代の方々が、映画や文学などの中で語り継いできました。僕も祖父から戦時中の話を子供のころ、ずいぶん聞きました。でももっと若い人になると、日本で戦争があったということにピンとこなかったり、他人事に思えてまったく興味を持たない可能性があります。だからリアリズムではない、寓話や民話のスタイルをとることで、誰もが見得る、普遍的な映画にしたかったのです。今回の映画は特に、若い人に見てもらいたいと考えながら作りました
ファンタジー世界を、まずはエンターテインメントとしても楽しんでもらいたいです。そして映画を見終えてから、あえて具体的には描かなかった空襲などの空白の部分が、「あれはなんだったのだろう?」と心のどこかに残って、そこから戦争に対する興味を持つきっかけになってくれたら嬉しいです。
この作品は、メッセージ性を押し付けず、言い過ぎないことにてっして、見た側が能動的に画面の中に描かれていること、描かれていないことを想像してもらえるように心がけて作りました。でももちろん、作り手の言いたいことが曖昧なわけではありません。

©️2021 リング・ワンダリング製作委員会

 

金子監督が観客に伝えたいメッセージ

ー戦争のシーンを直接描いていないのが印象的で、監督が話していたように戦争を想像をしたりしたんですけど、戦争のシーンを描かないことにこだわりはありますか。

戦争の暴力性=バイオレンスは、映画というエンターテインメントの中では最大の見せ場になり得ますし、人間はバイオレンスをおもしろいものとして消費する面があります。
でもこの映画の場合は、人間の最大の暴力である戦争を描きつつ、暴力的な描写自体は見せない、と最初から決めていました。
スペインのビクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』という映画があるんですけど、この映画は少女が不思議な体験をする物語で、子供目線で描かれたおとぎ話のような映画です。
詩的でかわいらしい映画である一方で、暗にスペインの内戦が人々の心に残した傷を描いています。戦争の描写を最小限にすることで、逆に考えさせられる作品です。
戦争や暴力の悲しさ・愚かさを、刺激的な映像によって描くのではなく、個々の生のかけがえのなさや心の動きを通じて、静かに訴えかける。『リング・ワンダリング』もそういう映画にしたかったんです。

©️2021 リング・ワンダリング製作委員会


ーこの映画の戦争の扱い方も、考えるための起点になるように構成したのでしょうか。

そうですね。だけど現代は、すごくネットなど情報が多いじゃないですか。ネット上では主張が強い程、数が多い程、正義という面があって、それに対して、みんなが疲れているんじゃないのかなと思うんですが、どうですか?僕自身は本当に大事なことこそ、小さな声で語ることが大事だと思っています。声高にならずに、最も繊細に、小さな小さな声で伝えるべきだと。こういう題材を描くときは、特定の政治的メッセージやプロバガンダにならないことが大事だと考えています。

 
ー戦争を体験していない人が撮る映画の意味ってどう思いますか。

もちろん僕自身も戦争を体験しているわけではないですよね。映画でも具体的には描いてないし、リアルな戦争を知っている人にとっては「弱いんじゃないか」や「伝わらないんじゃないか」と思う方もいらっしゃるでしょう。ただ、この映画で僕がいちばん描きたかったのは “想像することの大切さ”です。僕自身は戦争は実体験していないけど、戦争の苦痛や経験を想像しなければいけないと考えています。それに、実体験していない人が作っているから痛みが弱い、という論理だと、戦争を体験することを肯定することにもなり得ます。戦争を起こさない、戦争を体験しないで済むことが最も大切で、そのために必要なのは、他者の痛みを想像”出来ることではないでしょうか。過去の過ちを繰り返さないために、色々なことを知り、学び、想像することを忘れてはいけないと思います。


ー今回のインタビューで考えさせられることが多いので、もう一度見てみようと思います。

是非ご覧になってください。一回目はストーリーを追いかける方に強く意識が向いて、改めて話を理解した上で観てみると、一個一個のディテールに込められた意味や伏線が、より立体的に見えてきて、この世界の奥まで入り込んでもらえる作品なんじゃないかなと思います。
この映画はセリフは多くないですけど、映像の中に伝えたいものをひっそり籠めているので、もう一度、二度、三度と見ていただくたびに新たな発見があり、より楽しんでもらえる多層的な映画になっています

 

©️2021 リング・ワンダリング製作委員会


金子監督から学生へのメッセージ


ー最後に学生に向けたメッセージをお願いします。

僕は大学生の時に、それまで見ることのなかったヨーロッパの映画を見るようになりました。それらの映画はフィクションとしての物語がある一方で、個々の国の歴史、生活、社会などが当たり前のように描かれていて、若かったので最初はよくわからない部分もあったけど、日本に生きている自分たちとは価値観や境遇が違う人たちの行動や背景となる情景に、感じるものが多かったです。それがきっかけで世界の政治や経済、宗教など、社会の色々な物事に興味を持つようになりました。
そうやって心や知識が豊かになるのも、ひとつのエンターテインメントだと思います。色々な映画を見て、楽しみながら社会に対する関心を持ってもらえたらと思います。映画だけに限らず、小説でも絵でも舞台でも旅行でもアルバイトでも、気づきのきっかけになるものはたくさんありますよね。僕は20歳くらいに夢中になって見ていたものや経験したことが、今でもいちばん強い印象として残っているし、自分自身を形成しているといつも感じます。みなさんの年齢の頃にぜひ、色んなことに興味を持ち、チャレンジしてください。


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最後まで読んでいただきありがとうございました!
金子監督のインタビュー、いかがでしたか?
この映画に描かれなかった空白の部分を想像し、土地に刻まれた過去の記憶や無くなってしまった自然に思いをはせることでこの映画をより深く感じられるような気がしました。
この作品のテーマの一つである戦争は、悲しく辛い記憶であり、目を背けたくなるかもしれません。しかし、戦争を経験した方々が少なくなり、戦争を経験していない私たちが今後戦争を繰り返さないためには、後世に伝えていくにはどうすればいいのか、今だからこそ考えさせられるものがありました。
インタビューでもあったように、この映画では空襲や戦争の場面は直接描かれませんが、ミドリやミドリの家族との出会いから草介が感じたものを皆さんも感じて、戦争について今一度考えるきっかけになると思います。
幅広い世代の方々、同世代の学生の皆さんにも、今だからこそ見てほしい作品です。

映画『ワンダ・リングワンダ』は、3月18日(金)よりシネ・リーブル梅田、京都みなみ会館、3月19日(土)より元町映画館にて公開です!


公式HPはこちら↓

執筆:あさひ(映画チア部神戸本部)
執筆協力:かず、まっぴぃ(映画チア部神戸本部)


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