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「Shall we ダンス?」鑑賞記録

先日「すばらしき世界」を観に行った。その感想もまた今度あげたいと思うのだが、今日は「Shall we ダンス?」について書きたい。

私は「キツツキと雨」を観て以降、役所広司さんにはまってしまった。大好きになってしまった。その後、「孤狼の血」と黒沢清監督の「CURE」も観た。もっと好きになった。彼の魅力は一体なんなんだろうか。「キツツキと雨」がここまで強烈に私の印象に残ったのはなぜなのか。自分でもよく分かっていない。ただ、いい年して浮かれたりとか、ちょっと周りの人の視線が恥ずかしいとか、そういう恥ずかしさみたいなのもありながら、映画の撮影や関係者に心を躍らせて目を輝かせている青年のような、そんな無邪気さを感じさせる大人はそういないだろうと思う。彼自身がどこか一般人の空気感を纏っているのは役所勤めをしていたという過去があるからだと思うのだが、その空気感も重要なポイントなのだと思う。彼は私のような一般人と同じ目をしている。

さて、そろそろ映画の話をしなければ…「Shall we ダンス?」は1996年に公開された周防正行監督の作品だ。2004年にはリチャード・ギアとジェニファー・ロペスによってリメイクされている。私は小学生か中学生くらいの頃にこちらの作品を観たことがある。当時はShall we danceの映画といえばこっちしか知らないような状態で、オリジナルである本作は昨日になるまで観たことがなかった。96年、私はまだ生まれていない。でも、この作品が色褪せないように感じるのは役所広司演じる杉山の苦悩が、今でも多くの人が感じる苦悩であるからではないだろうか。

会社の経理部で課長さんをやっている杉山には妻と娘がいて、念願のマイホームも買って、まさに幸せの絶頂とでもいうべき成功者の人生を送っている。しかし、彼自身はあまりその幸せを体感できずにいた。妻や娘もそのなんだか元気のない様子を心配していた。

ある日、会社帰りに電車の窓の外を眺めていた杉山はある社交ダンスの教室の窓際に佇む美女の姿に釘付けになった。どこか遠くを見つめる彼女の姿が忘れられなくなった杉山は、それから会社帰りに電車の窓から彼女を見つめる日々が続いた。そして遂にそのダンス教室のある駅で電車を飛び降り、ダンス教室に見学へと訪れる…

妻も娘もいるし、恐らく不倫なんてしたこともないような本当に真面目な人なのだ。運動は全然ダメみたいで、グループレッスンでも人一倍踊れない。それでも杉山は通い続けた。踊るきっかけは不純なものだったかもしれない。しかし、彼は少しずつその面白さに目覚め、のめりこんでいく。映画の冒頭でナレーションが流れる。厳密な言い回しは忘れてしまったのだが、踊りについて、人類が発明した最も原始的な快楽、みたいなことを言っていた気がする。杉山は恐らく今まで快楽とは距離を保った生活をしていた。しかし、社交ダンスを通じて快楽を知った。それは彼にとっては不倫なんかよりも快を与えてくれるものだったのかもしれない。私は社交ダンスをしたことがないのだが、異性と合法的に触れ合う、それだけのことがどんな感情を呼び起こすか、考えたたけでもドキドキする。人は誰かと触れ合っていると安心することもある。不安な時や悲しい時、そっと肩に置かれた手のぬくもりにいくらか心が落ち着くようなこともある。そんな簡単にはいかないこともあるにはある。でも「触れ合う」ということは人がそばにいてくれるということをその力強い存在とぬくもりによって証明してくれる。物理的にも精神的にも人と距離を保って生きている、それも保ちたいというよりかはそうしてしまうだけで本当はつながりを求めている人間からすれば、社交ダンスのような人との距離感はとても新鮮で、衝撃的なものではないだろうか。そして心地よいものでもあるはずだ。

杉山のような人はきっといつの時代にもいる。人との距離感の取り方は今の時代の方がもっと難しいと言えるかもしれない。今の人々は、直接以外にもネットを介して人とつながることができる。生きるだけで、なんというバランス感覚の求められる時代だろうか。器用な人間か図太い人間でなければ、とても真っすぐには歩けない。でも杉山はダンスを通じて、相手との距離感を体で測るようになる。どこまで踏み込んでいいのか、そういったものを体で覚える。少しずつ杉山は変わっていく。だから妻との関係についても変化の兆しが見られる。

映画全体において、一部の役者を除いた役者たちの演技にぎこちなさがあるように感じられる以外はとてもいい映画だなと思う。観ている内にぎこちなさもご愛敬のように思えてくる。でもまあだからこそなのか、役所広司という人の凄さが浮き彫りになる。彼の話す言葉や、身振りは全て杉山からにじみ出るそれ以外のなにものでもない。本当にすごい。特に「孤狼の血」なんや「すばらき世界」の役所さんも知っているとより、その凄さが感じられる。本当にこの人は何者なんだろうか。一体どんな役作りをされているのだろうか。どんな風に世界が見えているのだろうか。もしお会いできるようなことが万が一にでもあればお聞きしたいことだらけだ。それくらい、役所広司という人間に私は惹かれているし、興味を持っている。自分のことながら面白いなと思う。ここまで興味を持つ原因が自分でもよく分からないから余計に面白い。これを解明できればまたひとつ自分のことが分かるかもしれない。

とにかくこの映画は杉山を通して自分の生活に思いを馳せたり、人間との関わり方について考えてみたりすることのできる映画だと思う。今後も役所さんの映画をどんどん観ていこうと思うし、新作もどんどん出てほしいと願うばかりだ。

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