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エッセイ:人生がやや眩しい。

砂漠を見たあの瞬間から、僕の人生にあの時の何かを結ぶような陽射しが差し込んできた。

昼下がり、砂漠の町『メッカ』に立ち寄り、小さなコンビニに併設されたしみったれたカフェでパンケーキを頼んだ。

店内は外の強い日差しの裏で静かな灰色の影になっていて、どんよりと気怠かった。

しばらくして、僕のテーブルから少し離れたところに、お手本のようなメキシカンハットを被った老婆たちが腰かけて談笑しはじめた。

それぞれが何かメキシコ風の軽食や、蛍光色の飲み物を持ち寄って、楽しそうに話していた。
これだけ小さく閉じこもった町で、齢も重ねいて、そこまで盛り上がる話題があることに驚いた。

僕は彼女たちを見る。
灰色の店内で彼女たちの陽気な話声が何かを膨らませては萎んでいくように感じた。

それからなんてことないパンケーキを食べ、目的地の砂漠を目指す。
誰もいないハイウェイを時速130キロで飛ばす。

砂漠の植物と、人の気配のない、まるで枯れたような海が、冬みたいに沈んでいた。
目的地にたどり着くと、そこにはとうとう砂しかなかった。

空漠としていて、風が遠く近く、そして耳のなかへと蜷局を巻いている。
多分、あのときの日差しは強すぎて、するどい質量を含んでいたのだと思う。

そして一時的に僕の頭蓋骨を割って、脳に刺さって、何らかの影響を与えたに違いない。まだ言語化できない何かの影響。

当たり前だけれど、砂漠は美しかった。

いつまでも砂が巻き上げられていて、何一つ人工的な音もなく、ただ、ただ、何かの信仰のような畏怖のようなものが僕のなかに沈んでいることに気づく。
まるで発掘されるまで眠っていた何千年前の遺跡のように。


砂漠から帰ってきて、日常生活に戻ってみると僕はしばらくぼんやりとしていて、あまり意識がなかった。
いつも、「なぜだろう?なぜだろう?」と原因を考えて、運動量や瞑想時間、野菜や果物の摂取量なども増やしてみたが、相変わらずぼんやりとしていた。

僕の頭のなかには、遮光カーテンがかかってしまったかのように、何もかもを遮ってしまっていたのだ。

それから二週間くらいして、急に体中の感覚が徐々に開かれていくのを感じるようになった。
頭のなかにはずっと砂漠を見た時から離れない感覚を避けるような言語化したいような、どっちつかずの消化できていないモヤがあった。

そのモヤのことを考えると鳩尾あたりが、むわっと気持ち悪くなるような感覚が抜けなかった。

「広大な自然を僕の脳が処理しきれないか、何か変にあてられたかもしれないなぁ」と思っていたが、それも違う。

どうやら、僕のなかでは、砂漠のなかでぽつんと立ったあの瞬間から人生というものへの見方や取り組み方が大きく変わったらしい。

ただ、僕のなかの海流はある一定方向に強く働いていて、運行する人生と船は抵抗することもなく、帆も広げず進んでいたのだ。

だがあることをきっかけにして、僕の人生という船が舵を取り出し、海流に逆らって、どこかへ走り出した。

そのときに感じる大波の抵抗が僕の鳩尾あたりに気持ち悪さを感じさせた。



砂漠に降り注ぐ、陽射しが僕を変えたことがわかった。


これまでは初の海外生活に対してもどこか浮いているようなふわふわした感覚があった。

所詮、この暮らしは僕には過ぎたものだ。
この経験をして僕に何になる?
ああ、まるで現実感がない、これじゃあ日本にいたときと変わらない。
生きているのか死んでいるのかもわからない。
頑張ったって、死ぬだけの人生に何の意味がある?
何かをするにも遅いだろう、28歳という年齢では。

せっかく18歳の頃、夢見て憧れた海外生活を受け止めきれなかった。
なぜかというと、僕は自分の人生にまるで期待していないからだ。

期待するのも怖かった。
低い段差から落ちるくらいなら衝撃もすくない。
でも3メートルの高さから落ちたら骨折するかもしれない。

その考えの原因となったのは僕の今までの世界のスケールがとても小さく、限定的で、例が少なかったからだ。
つまりは、日本にいたからだ。

海外にきて、色んな人を見た。
景色をみた。
それでも僕はその事実から目を背けた。
自分には何ら関係のないことだ。

でも砂漠の光からは目を離せなかった。
むしろ、無理やりこじ開けられた。

『これが、世界だ、お前が世界と捉えていたものはお前だけのテリトリーに過ぎない』みたいに。
僕は自分の頭のなかにある考えを世界と解釈して、独自の世界を作っていただけだ。
本来は、その解釈を全てするりと抜けた、何人も冒せない人工物を含む自然が、世界だったのだ。

その考えに至ってから、少しずつ幸福を感じるようになった。

挑戦したいこともできた。
最近は休みが週1日しかなくて、行動が制限されてしまっているけれど、それでもまぁ幸せだ。

バンクーバーの街がいつも美しく見える。
もう人々を見るのに羨望と自分への失望だけではない。

僕の頭は少し、開けた。
砂漠にぽつんと立って風に囲まれた時から、僕の人生はやや眩しい。







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