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「郷に入れば郷に従え」お湯も出ないインドネシアのジャングルで学んだお付き合いの基準

皆さん、おはようございます。山崎美穂です。

国から全国立大学に配分される予算のうち、東大と京大に割り当てられる比率が圧倒的に多いのは有名な話ですが、さすが京大でしかできないことを沢山経験させていただきました。

本記事では、学生時代の番外編として山地保全学研究室で経験させていただいたことについて書いていきます。

①お湯すら出ない環境の中で

助教の研究のお手伝いとして、インドネシア奥地でのフィールドワークに同行したことがありました。

話をもらった時に行き先がインドネシアと聞いて、「きっと私の人生の中でインドネシアで行くことはないだろうな」と「ジャングルを経験したなんて森林科学科らしいことしてみたいな」と軽い気持ちで手を挙げて連れて行っていただきました。

行き先はボゴール(Bogor)

東洋最大規模、最大栽植種を誇るボゴール植物園が有名な場所ですね。

宿泊したのは研究施設だったのですが、当然お湯も出ず、水道をひねって出てくる水は少し濁っていて、「池の水を引いているのか、、、?」と思ってしまうような、そんな場所でした。

停電も日常茶飯事で、そんなことをいちいち気にする風でもない文化。

現地はイスラム教徒(ムスリム)が多く、教徒の方は1日5回の礼拝が何よりも優先なので、フィールドワークもその時間帯を避けて実施しました。(日本ではなかなかありえないことですよね、、その時間サッカーをして待っていたことを覚えています。)

もちろん食事も豚肉を食べないなどのルールがありました。

そこで滞在した約1週間は、古いですがウルルン滞在記のような完全に非日常な空間でした。

②身につけたインドネシア語 バハサBahasa

インドネシアはインドネシア語が国語となっています。
マレー語と結構似ているらしいのですが、当然私には馴染みがなく最初は戸惑いました。フィールドワークは現地の研究生と一緒に実施したので、そこで身振り手振りもふまえてなんとかコミュニケーションを取りながら、バハサを教えてもらいました。

数字(サトゥ、ドゥア、ティガ、ウンパッ、リマ、、「1、2、3、4、5」)
挨拶(Selamat pagi スラマッパギ「おはようございます」)
そして雑学(旅行紙「じゃらん」の由来は、インドネシア語「jalan」で道やプロセスという意味)
を教わって、今でも覚えています。

もちろん言語はペラペラに話せるに越したことないですが、まず臆せず現地の言葉を使ってみると仲良くなりやすいというのは経験則としてあります。
日本語を一生懸命話している海外の方を見ると、話を聞きたくなりますもんね。

郷に入れば郷に従え

まずその土地の文化に自分が合わせていく柔軟性ってとても大事だし、その姿勢が信頼を生みます。それをこの経験で学び、私はどこに行っても「お付き合いを徹底する」というのを心がけ、今も大事にしています。

③サソリは黒かった

さすがは熱帯。
当然ですが、虫や生き物が沢山生息しています。
毒や棘がある植物や動物もうじゃうじゃいる環境。

その時の格好はというと【全身雨ガッパと長靴と帽子】という完全防備でした。ちょっとやそっとの虫や切り傷ぐらいでは問題ないし、肌を露出するのが一番危険とのことでした。

「暑くないの?」と思いましたが、当然暑いです。

それよりも安全第一だということでの重装備でした。

そんな中、遭遇したのは「サソリ」です!
騒いでいる現地の学生に呼ばれて見に行ったら

サソリは黒かった。。。。(笑)

何故か勝手にサソリって赤いと思い込みがあったのですが、
私が目にしたサソリは真っ黒で猛々しくて威厳がありました。

現地の方いわく、サソリに遭遇したらスルーが一番だと、変に触発すると威嚇モードになるからより危険とのことでそっとその場を離れました。

まとめ

今回は、インドネシア滞在記について書いてみました。

インフラなどの環境から、言語から、文化から全く違う世界。

その圧倒的な違和感に触れることで、自分の当たり前に気づくことができるし、自分が生きている世界が狭いということを学びました。

まだまだ世界は広いし、知らないことが沢山ある!

きっともう二度と行くことがないであろうジャングル(笑)。
そんな貴重な経験をさせていただき感謝です。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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