新聞配達の日々

尊敬する友人に話の流れで「思い出のアパートとか下宿ってありますか」と聞いてみた。その時に話してくれたことが興味深かったのでここに書いてみることにする。

彼女(以下Aさん)は15年ほど前、寮に住み込みで新聞配達のバイトをしていた。Aさんがその配達バイトで出会った多様な人々とできごとの話。以下箇条書き。

・Aさんが配属になった事業所は高級住宅街の一画にあった。寮もきっと立派だろうと思って引っ越してみたらものすごいボロだったので驚いた。部屋で勉強しているとき、机の下に落っことした下敷きが滑って壁の穴から屋外に出ていった。

・同僚は変わった人ばかりだった。ある朝、同僚のYさんがおでこから血を流していた。Aさんが驚いて「大丈夫ですか!?」と聞くとYさんは「大丈夫だ、大したことねえ」と答えた。それでもAさんは心配だったので、チラシ折込係の人(情報通)に「Yさん大丈夫でしょうか」と聞いたら「Yさんアル中だから、配達中電信柱にぶつかったのよ。よくあることだから気にしないで」と言われた。ほんとに気にしなくていいのか…?と思った。

・ある日Aさんが寮の階段を下りたとき、変な匂いがした。チラシ係の人に「階段変な匂いしませんか」と聞いたら「K君がトイレ(部屋の外にある)に行くのを面倒くさがって一升瓶に用を足してたんだけど、それを捨てに行くときに階段でコケてぶちまけたのよ」と教えてくれた。隣人が一升瓶に用を足しているのは嫌だなと思った。

・ひと月に一回従業員の会議があった。血気盛んな人が何人かいて、ケンカになることもあった。一度大ゲンカになったとき、事業所のオーナーが「この際だから全員思ってること言ってみろ」と言った。「仕事しんどい」「寝坊すんじゃねえ」「給料安すぎ」「特にない」などいろんなことを言う人がいるなかでひとり「俺は昔ヤクをやってて、今も公安につけられてる。ここに留まってるのも安全ではないから、そろそろこの仕事を辞めて寮を出ていこうかと思っている」とすごい自分語りをする人がいた。オーナーは「はい次の人」と流した。

・賄い当番の子が寝坊した日は従業員全員に1000円ずつ配られた。その子はよく寝坊して「ごめんね~」と謝っていた(その後オーナーから叱られていた)。
賄い当番がいなかった時期もある。そういうときはオーナーが納豆と豆腐と生卵を買ってきて、それらと白飯だけを繰り返し毎食食べた。卵が人気だったが、オーナーが一食に5個くらい生で飲んでしまうため卵かけご飯はなかなか食べられなかった。そんな生活を続けるうちにAさんは納豆と豆腐を食べられなくなってしまった。一時期は見たくもなかったが、最近になってようやくまた食べられるようになったらしい。

住み込み新聞配達は相当ディープな世界だと思った。Aさんや私の今の暮らしとは違いがありすぎて、とても興味深い。新聞配達についてもっと話を聞きたいが、渦中にいた人にとっては深刻な場面もあったと思うので、聞くときは変に面白がらないように気をつけよう。新聞配達の体験談が書かれた本があったら読んでみたいと思って少し探してみたが、私の探索力では見つからなかった。
とりあえず、Aさんのお話のメモでした。




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