止まらぬ出生数の減少

先進国ではどこでも出生数を増やすために税金を注ぎ込んでいるが減少傾向は止まらない。これは豊かになった社会での女性の社会的立場の変化にある。

社会の変化、
ー 女性の人生の中で出産、子育てが当たり前のことではなくなり、選択するものとなった。
ー女性は自由になり子育てよりも外で働くことを楽しむようになった。そして男女の違いはなくなりつつある。
ー豊かになりやりたいことをやるために働く、つまり個人の生きがいが中心となった。
ー核家族化が進んだ。

最近の若者は個人主義で更に賢い
ー男女のお付き合いはエンターテイメント。
ー結婚はビジネス契約であり、より条件の良い相手を探す。
ー子供は自分たちの楽しみ追求のためには邪魔である。
こんな若者が増えているのかも知れない。“自由の行き過ぎ”かも知れない。

子供を作りたくない人々に子供を作らせることは出来ない。
子供を作ろうとする人達、子供を作っている人達の負担を減らすこと。
何よりも“子供が欲しい”と考える子供を育てる家庭が必要。

悪い例を考えてみよう、
親は成功者、弁護士と医師でエリートとして社会的地位を得て経済的にも豊か。そんな家で生まれた子供は乳児の時から保育園に預けられ鍵っ子として育つ。買いたい物はなんでも買ってもらえるが、親と過ごすのは週末のみ、それもいつもではない。
そんな家庭で育った子供が子供を持ちたいと思うだろうか?
社会的に重要な仕事を得れば個人的には成功者である。しかし、社会的成功者が温かい家庭を作れる親になれるとは限らない。

人類は繁栄と交換に生物としての幸福を失おうとしているのかも知れない。これを防ぐためには出産費用の公費負担のような散発的政策ではなく“子供は社会の宝”との観点から、妊娠から子供が成人するに至るまでの医療費・学費・食費・住宅費など全てを公費負担にするような大胆な包括的な施策が必要だろう。

子供を作りたくない人の権利を認める代わり、子供を作る家庭の子供にかかる負担を社会で負担し、親への負担を限りなくゼロにすることだ。個別的施策ではなく包括的政策が必要だろう。

これができない場合、人類の消滅を防ぐためには人間生産工場を作ることになるかも知れない。優秀な、容姿端麗な人々から精子、卵子を採取し、工場(病院)で人工授精から赤ちゃんになるまでを担当する。そのあとは全寮制の学校で学ぶようになるのかも。その頃には多くの生産活動はロボットによって行われるようになっていることでしょう。