(仮)猫である僕を日本全国の旅に連れていってくれてありがとう第1話「フア」

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ぼくが新しい家に来てから数か月が経過しようとしていた。最初はやっぱり落ち着かなかったけど、最近になってようやく家になれた気がする。

 この家には二人の人間が住んるんだけど、ぼくがこの家にやってきてからずっと二人はぼくを新しい家族の一員として扱ってくれる。

 ぼくはあの日、彼と友達になって欲しくて飼い猫になったけど……ぼく達は友達にはきっとまだなれていない。

 ……ううん、本当は多分違う。彼は既にぼくを友達としてみてくれているかもしれない。

 でもね、ぼくがまだ彼を友達としてみれていないんだと思う。だから、彼や嫁さんが、ぼくの身体に気軽に触れてくる時にはどこか警戒心が働いて、彼らに噛みつくこともあったんだ。

 ただね、それでも今までと違って、ぼくはこの家から出て行こうとは1度も思ったことはないんだ。

 その理由は、ぼくが彼に完全に惹かれてしまっているからなんだと思うんだよね。そう、あの日、初めて彼と目線があった時から……

 種族は違うけども、ぼくと同じ匂いがしたことで、ぼく達はきっと友達になれると今でも思ってるんだ。

 だから、ぼくはぼくのペースで少しずつそれに近づければいいんだ。だって、まだまだ時間は沢山あるんだから。

 その為にも、ぼくは今日も彼と一緒に散歩へ出かけようと思う。最近のぼくにとっては、この散歩が何よりも楽しみの1つなんだ。

 家を出てから、僕は彼の少し前方を歩きながら、彼がしっかりぼくの後についてきてくれるかを確認する為に何度も振り返る。

 過去に何度も、ぼくはこの道を通ったことがある何気ないただの道。でも、彼と一緒に通ることで、そんな何気ない道がキラキラしているように毎回感じるんだ。

 何度も何度も彼と一緒に散歩した。

 そんなある日のこと。気が付けば、歩調を合わせるように、ぼくと彼の歩みは同調していったんだよね……それが、心地いいリズムへと変化した時だった。不思議なことに、ぼくは彼と会話が出来ているかのような感覚を覚えたんだ。

 ぼくは猫だから人間とは話せないし、人間が何を言っているかもぼくには分からない。でもね、この時には確かに理解出来たんだよね。

 それはね、彼がぼくの事を「フア」と呼んでいることが。

 フアかぁ……フフフ、ぼくの名前はフア、そうフアなんだ。凄く可愛い名前だよね? 可愛い名前を付けてくれた事、ぼくの事をフアと呼んでくれること、ぼくと一緒に散歩してくれること、ぼくを理解してくれることで、ぼくの中で少しずつ変化が起き始めていたんだよね。

 不思議なことだけど、この日を境に、ぼくには彼やもう1人の人間の声が少しだけ理解出来るようになっていたんだ。そこで、ぼくはようやく知ったんだ。

 ぼくが友達になりたいと思った人間の名前がジュンタということを。もう1人の人間がジュンタの嫁さんであることを。

 2人の名前が分かった時、ぼくはとても嬉しかったんだ。だって、彼らがぼくの事をフアと呼んでくれるように、ぼくも彼らの名前を呼ぶことが出来るんだから。

 お互いの名前が分かったこの日に、ぼくの中でくすぶっていた彼らに対する警戒心が完全に消えていったんだ。

 これまではどことなく落ち着かない気持ちがあったんだ。同じ場所で寝食を共にしても、ぼくの中では完全に警戒心を解くことが出来ずにいたから。でもね、少し時間はかかったけど、ぼくと彼らにとって本当の意味での共同生活が今日から始まったんだ。

 ねぇ、ジュンタ? 今夜はお互いぐっすりと寝られるんだよ?

 そうそう寝る前に言わないとだね。ぼくに「フア」という素敵な名前を与えてくれてありがとう!

  

 

 

 

 

 

 

 

 

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