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COMICO ART MUSEUM〜①草間彌生〜

1 美術館について

 湯布院の観光客用の猥雑な通りから一歩横路に入ると、ほぼ黒一色の外観の建築物が現れた。観光地特有のけばけばしい建物を横目に歩いてきた身からすると、装飾性なく黒で統一された物体はむしろ刺激が強く、目がチカチカしてしまう。
 

 COMICO ART MUSEUM は隈研吾が建築した美術館である。筆者は、建築については入門レベルを絶賛勉強中であり、詳しいことはわからないが、本建築の軒やその下の通路のあたりなど、どこか根津美術館を思わせる造りになっている。
 もっとも、美術館の入り口で、明らかに根津美術館とは異なる特徴があることに気付かされる。
  それは、水の存在である。この黒色に統一され、装飾性をできるだけ排除された建築物の外縁に、なぜわざわざ水が張られてあるのか、これが、この建築物の最初の違和感であった。この違和感については、美術館の敷居を再度またぐ時には解消されることになるのであるが。。。

根津美術館を思わせる軒と通路


美術館の外縁に張られてある水


2 展示物について


 本美術館では、草間彌生、宮島達男、杉本博司、村上隆、奈良美智、名和晃平、森万里子といった現代美術の有名所の作家の作品が展示されており、パンフレットには丁寧に、鑑賞順路までも指定されている。その指定された順路に従うと、まずギャラリー1、2の展示室ににおいて、草間彌生の作品を鑑賞することとなる。

3 ギャラリー1、2 草間彌生


⑴ 展示空間
 ギャラリー1の展示空間へ進むと、そこでは外光はほとんど遮られ、草間の例の水玉の作品群がそれぞれスポットライトを浴び、空間内で浮き出ているかのように展示されている。また、空間の四方の壁にうち3辺にのみそれぞれ作品が展示され、残りの一辺はガラスばりになっており、ギャラリー2の空間がガラス越しに視界に入ってくる構造になっている。ギャラリー1と2は、ガラスで仕切られているため、物理的にはつながってはいないが、視覚的にはガラス越しに双方の空間が目に入る設計になっているのだ。
 さらに注意深く空間を観察すると、ギャラリー1と2の間には、深さ数センチほどの水の張られた空間が設置され、その空間がガラスで仕切られていることがわかる。
 このような構造の結果、二つの空間は、物理的には独立しているのだが、視覚的には半一体的な空間になっている。
 

⑵  作品との対峙
 この空間の中央に立ち、正面に展示されてある大きな水玉のカボチャを見つめる。そうすると、暗がりの中で浮き上がったカボチャが僕に向かって迫ってくるような感覚に襲われる。たまらずカボチャから目線を逸らすが、目線を逸らしたところで、他の壁に展示されている無数の水玉が僕の視界に入ってくる。そこで僕は、この空間内で唯一壁のない方向に目をやるが、その方角には、ギャラリー2で展示されている水玉がガラス越しにぼんやりと照らし出されている。しかも、張られてあるガラスにはギャラリー1の空間のメインの展示物である、例のカボチャが反射して、暗い空間の中に浮かび上がっていた。
 そこから視線を下に逃すと、今度はガラス張りの空間の中に張られてある水に、例の水玉が反射し、ついに僕は水玉から逃げることを諦めた。

 この空間は草間彌生の世界で物理的に存在しているものであり、展示されてある作品を「人間が描いた絵」として見ることは相応しくないように思える。展示されてある作品の方が、正しい現実認識であり、普段僕が「認識」している世界の方がフィクションではないのか。
 この空間を後にして数日後に僕はそんなことを思った。


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