地獄の樹

数年前、向かい側に青年が住んでいた。青年は鉛筆を拾った。しかし翌日から二度と現れなくなってしまった。私が彼に「それが生きる理由でしょうに」と息を荒げて話しかけたからだ。

とぼとぼと俯く日々に無花果の木が立っていた。凛と目が合うので挨拶をした。「断ち切れない傷が煩わしいから逃げるのは、青いということ、苦いということ」と言い残し去っていった。微かに憶えているのはこの枝の一員だったということだけなのである。

地獄には大きな樹が立っている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?