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【天使と悪魔が囁くIRONMAN 】

11/19/23 IRONMAN COZUMEL

【 Prologue 】
Swim3.8K・Bike180K・Run42.195K

何時間にも及ぶ、辛くもあり楽しくもある旅が始まろうとしている。

よく”マラソンは人生のようなもの”だと喩えられるが、IRONMANはきっと変わり者の人生なのだろう。 
山あり谷ありなんて当たり前。変化を好み、特殊なコースであればあるほど狂喜乱舞し、そして皆、”ANYTHING IS POSSIBLE”と信じて、また次のマイルストーンを目指すのだ。

今、その変わり者の人生のスタートラインを再び踏もうとしている自分がいる。 
「なんでエントリーしたんだったけな。」仲間の後押しがあったのは言うまでもないが、おそらく自分も変わり者の1人なのだ。
競技思考は全く持ち合わせてないが、長い旅路で生まれるさまざまな事象が、物好き心を揺り動かす。 レース当日だけではく、それまでに積み重ねてきた全てが、面白くも尊いのだ。
ここに立っている何人かも、おそらく同じ気持ちだろう。


【 Race Day 】
レース当日の朝、4:00の目覚ましで起きて(実際は二度寝して4:15)、スタート会場に向かう。
眠い…。
珍しく全く時差ボケが治らず、連日睡眠時間が2~4時間。
こんな状態で無事ゴールできるのかと不安に思いながらも、7:10の号令を待つ。 

しかし時間になってもなかなか合図がない。

確かに、3日前から連日強風で海は大荒れに荒れていた。とはいえIRONMANでスイムが中止になったのを聞いたことがない。実際、荒れていると言っても、泳げないこともなさそうに見えた。

【 No SWIM today 】
スタート予定時刻から40分が経とうとしていたところ、
「Ocean is unsafe. No swim today. 」のアナウンス。会場が一気にどよめく。
全員、シャトルバスでT1まで移動し、BIKEからスタートとなった。
なぜ中止になったのかは分からないまま、バスに乗り込む。

“IRONMANの中で一番美しい”と言われる海で泳げなくなった残念な気持ちと、2種目のレースをゴールした私たちは”IRONMAN”と言えるのか?というネガティブな気持ちに襲われ、モチベーションが落ちていく。
T1に到着。スイムアップエリアから3人ずつのローリングスタートとなったようだが、ここからも長かった。
1300人の参加者。長蛇の列はなかなか進まない。
私のスタートが近づいてきた頃にはGARMINは9:40を刻んでいた。陽は高く上り、強烈な日差しが、ゆったりと進む行列からじわりじわりと体力を奪っていく。立ちっぱなしの脚にダルさを感じつつ、ようやく計測ラインに並んだ。

【 BIKE 】
スタートの合図とともに走り出し、ギアバックを取りバイクラックへ急ぐ。
コースに出ると、スイムがキャンセルとなった選手たちの、ある種の高揚もしくは憤りにも似た感情を後押しするかのような追い風が吹いている。ということは帰り道は当たり前だが向かい風。

あまりここで調子に乗って飛ばしてはダメだと思いながらも、全体に漂う”我先へ”というエネルギーの波に吸い込まれそうになる。
そんな時、不吉な感覚。
時差ボケと睡眠不足で、ものすごい睡魔がやってきた。
加えて激しく照りつける太陽と、館山かと思うな向かい風によって余計なエネルギーを消費し低血糖気味に。さらに巨大な眠気の渦に覆われる。 
何度もバイクの上で寝落ちしそうになり、危うく落車しそうになること数回。

「まずい…次のエイドで休もう」と、毎回エイドで一度は止まるのだが、ドリンクを自分のボトルに移し終えると、なぜかすぐさま走り出してしまう。
自分の目の前を何人もの人が通過してくのが目に入ると、謎の焦燥感を生むのがレースの魔の力なのだ。

しかし走り始めると睡魔と戦いが終わらない。「ああ、やっぱり止まっておくべきだったなあ。」と思いながら90Kの半分にきたところ、今度こそ本当に意識が飛びそうになる。 「サイコン見ていると眠くなるから、目の前に見える緑色のジャージの人を目印にして走ろう。」と、補給食として持ってきた無印良品の練り梅を口に頬張り、もう一度刺激を入れる。

すると間もなく

「Sixteen Twenty One…」
 
マーシャルの低い声が近寄ってきた。
「You are in the drafting zone. Blue card. You must be stopping next penalty box for 5 minutes. If you will not stop, you will not qualify.」

青いカードを見せられた。ものすごく悪い犯罪者になった気分だった笑。
Bib Numberのコールが囚人番号のように聞こえた。

「えー…これドラフティングー?タイミング悪いよー(←自分が悪い)」
ダサいなーと思いながらも気持ちを切り替え、ペナルティテントに入る。ストレッチをして 再出発。 
この5分間の休憩がよかったのか、眠気が少しだけスッキリした。
しかし相変わらず向かい風は強いし、太陽はギラギラと攻撃の手をやめない。
やっと残り50Kほどを過ぎたところで、先ほどまで先行していた選手がズルズルと落ちてくることが多くなってきた。疲労の色を隠せない様子だった。

IRONMANという特殊な人生の旅路では、途中で一つボタンを掛け違えると途端に何かが狂い始めるのだ。それは他人事ではない。

残り20K。
メーターの数字では、このままなら6時間を切れる模様。エイドとペナルティに時間を費やした割には上出来である。
しかし上出来であるからこそかえって不安になる。「このスピードで大丈夫だったかな。」
今は、脚に大きな疲労を感じていないのだけど、ランに入ったらきっと自分でも気づいていない痛みが顔を出すのだろうな…。残り10Kは少し控えめに走ってバイクアップ。

【 RUN 】
ランコースに入ると、対抗のコースにキラキラと走る女性は目に入った。
上田藍選手だ。もうラストラップであろう彼女の走りは力強く、その眼は自分を信じていた。

軽快な足音が背後に迫ってくる。藍ちゃんは追い抜きざまに、私の腰のあたりをポンっとタッチし、「頑張りましょう」と声をかけてくれた。
それは、いつもニコニコ元気な藍ちゃんの声ではなく、アスリートの深く芯の通った声だった。後から彼女のレースレポートを読んだが、彼女も終盤少し失速するなど試行錯誤しながらのランだったようだ。しかしそれを感じさせない、勇者のような走りだった。

かっこいいな。藍ちゃんにもらったエールをお守りに、集中力を高める。
しかし、やはり脚のダメージがすぐさま表に現れた。
体も火照り、少し熱中症の傾向も感じ取れる。
そういえば私って暑いの苦手だったわ〜。吹き出す汗の量を見ても、これは無理せず想定していた範囲の5時間以内を目標にすべきと判断し、ペースを刻む。

一周14Kを3周回。幸い、ランのエイドは1K毎に設置されているため、補給や冷却に困難はない。水が入ったプラスチックバッグに小さな穴を開け、内臓と体を冷やし過ぎないように、ごく少量を何回にも分けて口元に運び、熱った体にかけ続けた。
エイドにはバナナやプレッツエルなどの固形物もあったが、カラダはそれらを欲しがらない。
水、GATERADE、pepsiを順番にゆっくりと胃に流し、消化不良を防ぐしか出来ることがなかった。
手元にあったMag-Onを口に含むと、少し回復した気がしたので、少ししてからもう一つ封を切る。

これが良くなかった。途端に吐き気が襲う。

オエー….。な気分でふらふらと進む。

“エイドでは歩いても良い”と勝手に自分に許可を下し、1K毎に歩く、走るを繰り返すようになる。

すれ違う仲間たちの表情にも疲れが見え始める。 お互い疲れた気持ちを交錯しないようにせめて、仲間と交わす言葉と表情だけは、明るく元気にいこう。と決めて、少し先にジャージが見えてくると気を引き締めて、ナイスラン!と声をかけるが自分は全然ナイスランじゃないのが笑える。

やっと1周。まだ半分以上も残っていると思うと絶望的な気持ちになる。
すると頭の中で二人の自分が囁き始める。

自分A:
もうよく頑張ったじゃないか。ここでゴールして、手に入れられるもの一体はなんだかわかるか?翌日のひどい筋肉痛だけだ。やめちまえ。ほら見てみろ、みんなゾンビのようだ。こんな老化促進剤の過剰摂取のようなことして何になる。(←そんなものない) どうせスイムもしてないし、こんなの真のIRONMANじゃないんだ。さあ、ゆっくり歩こう。(←悪い自分なので、あえて口調が悪魔風)

自分B:
何を言っているの、もう2周目に入ったのよ。想像してごらんなさい。ラスト1周の時の自分を。きっと最後まで笑っていられるはず。今のあなたにできることは、笑顔でゴールして、これまで共に練習を重ねてきた共に戦う仲間たちやトラッカーで応援してくれている友人、指導してくれたコーチ、大会を作り上げ、英断をした大会運営者、こんなに何時間も私たちのためにエイドで作業してくれるボランティアの皆さんに報いることよ!(←絵に描いたような天使口調)

そんな会話を頭の中で繰り広げながら暇つぶしをしている自分を滑稽に思いつつもとりあえず一歩ずつ刻んでいく。 
徐々に日は暮れて行き、それに伴って気温が下がる。
体が冷えてきた。走らなければ体から熱が生み出せなくなり、低体温症の危険がある。

天使の囁きを自分の中で反芻し、ボランティアスタッフと仲間に感謝しながら、できる限りの力を振り絞って、腕を振り、足を前に出す。


沿道では常に強力なサポーターたちの声援が聞こえてくる。
「JAPAN!Welcome to MEXICO!!」「You can do it!!」「 Anything is possible」「Nice smile!! Keep going」 
そうそう。これがもう枯渇しているエネルギーを再燃できる源なのだ。
たまに、「ガンバッテクダサーイ!」と言われるので、「アリガトウゴザイマース!」と、つられてカタコトで返事をする。
それがおかしくて自分も周りの選手も微笑する。

どこを走っても、必ずなんとなく同じペースの人が誰かしらいて、抜きつ抜かれつを繰り返していると、そこには一体感が生まれる。誰かが歩き始めると、背中をトンと叩き、走るよう促す。
「Come on JAPAN! You are looks good」そんな胸熱ワードをくれる。その人が歩き始めるのを見ると、今度は自分が。という気持ちになる。
挫けそうになっている誰かに勇気を与えられる自分になりたい。その思いが脚を前に出す原動力にもなる。
一緒に出場している仲間たちが初めて見せる辛そうな表情を思い浮かべながら必死に前に進む。  

そうこうしているうちに、ラスト2K。

ゴールから聞こえる音は次第に大きくなり鼓動は高まる。

沿道の声援も一段と騒がしさを増す。
自然とストライドが伸びていく。

花道が見えた!鼓動はさらに上昇し、さっきまでヨチヨチと弱々しかった歩調は一気に4:30min/kmと勇ましくテンポを上げる。
自分に翼が生えたようだった。

一緒に出場していた仲間たちも、どんなに苦しくても、誰も自らリタイアすることはしなかった。本当に心から素晴らしいことだと思った。その姿にも勇気をもらった。

変わり者たちの人生のほんの一部が、幕を閉じた。


【 Epilogue 】

3種目を完了させることだけがIRONMANではないのだ。どんなに不測な事態が起きても動じず、周囲に流されない勇気。
変化や環境に順応でき、常にプランBを計画できる柔らかさ。
折れない芯を持ち、諦めず、やり抜く逞しさ。
周りを鼓舞し、光を与えることができる優しき強さ。
自分の身に起こるすべてのことを受け入れ、楽しみ、感謝し、そして報いることができる懐の深さ。
それが真のIRONMANなのだ。それが人生を生きているのだ。

と、今回の旅で感じましたとさ。
ちゃんちゃん。

*現地にスーツケースが届かないとか、日本に帰ったら速攻体調崩したりとか、蕁麻疹と貧血がすごいか、相変わらず時差ボケとか、前後も色々ありましたが、メキシコシティでは治安悪いエリアのマーケットに行ったり(☠️がどこでも手に入りそう🥶)、カンクンでは遺跡観光や不思議なピンク色の塩田にも行ったり楽しい旅でした🤗


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