WSBKのレブリミット規制を振り返る その3
レブリミット規制の問題点
ドルナとFIMは今年、2024年を最後にWSBKのレブリミット規制を終了し、代わりに来年2025年より燃料流量制限を導入する予定です。過去2回に渡りレブリミット規制導入の経緯と経過について扱ってきました。その1で取り上げた通り、このレブリミット規制には当時のWSBKが抱えていた様々な問題を解決する目的がありましたが、結果としてその目的は十分に果たせたとは言えず、かえって新たな問題を生み出してしまいました。3回目はこのレブリミット規制の問題点について考察していきたいと思います。
目的は果たせたのか?
その1でも書きましたが、レブリミット規制の導入には以下の目的がありました。
メーカー間の戦力バランス是正
同一メーカーのワークスチームとプライベートチーム間の戦力格差の是正
参戦コストの縮小
これらのうち、目的通りの成果があったと思われるのは3.参戦コストの縮小だけなのではないでしょうか。
問題は1.と2.であり、共に目的を果たすどころか逆に状況を悪化させてしまった感すらあります。
バランス調整がアンバランスをもたらす
レブリミット導入初年、2018年から今年2024年までのレギュレーションには以下の一文があります。
これはレブリミット規制がメーカー間の性能を均衡させる目的のものであることの宣言だとも言えるのですが、実際には目的のために機能していたとは言い難いものがあります。
2018年、レブリミット規制導入初年はレギュレーションに設定方法が記載されているにも関わらず、適用されたレブリミットはその設定方法とはあまり関係無く多分に恣意的に決定されたであろうことが伺えるものでしたが、そのためか開幕時点における車両間の格差はあまり大きくなく、4気筒車両に限れば開幕時は600rpm、性能調整介入後は850rpmでした。
問題は2019年以降、新規ホモロゲーション取得車両にレギュレーションに基づいたレブリミットが設定されるようになってからです。この年、カワサキ、BMW、そしてドゥカティが参戦車両をモデルチェンジ、新たにレブリミットが設定されます。2022年までの新規ホモロゲーション取得車両に適用された設定方法は以下の通りでした。
これに基づいて設定されたレブリミットを表にしたものがこちらです。
ご覧の通り、開幕の時点ではレブリミットが最も高いドゥカティと最も低いホンダには実に1,800rpmの差がありました。第4戦アッセン以降性能調整が行われ、戦力が突出して高いとみなされたドゥカティは250rpm減少、低いとみなされたホンダは500rpm増加します。この性能調整後、レブリミットが最も高いドゥカティと、ホンダに代わって最も低くなったカワサキとの差は1,500rpmでした。これが果たしてバランスが取れている状態だと言えるでしょうか?WSBKは市販車改造のレースであり、ベース車両の性能もまちまちでエンジン特性も異なるのでレブリミットを全社統一するのは無理があるにしても、ここまで大きな差があるのは問題です。
レブリミットの設定方法に問題があるのは明白で、FIMはパニガーレV4Rのような突出した性能の車両が登場すること全く想定していなかったのでしょう。
この1,500rpmの差は2023年まで全く縮まることはありませんでした。結果的に性能のアンバランスが放置され続けたのです。カワサキもこの差をそのままにしておくつもりはなく、2021年にはエンジンに軽量ピストンを組み込み最高出力発生回転数を500rpm引き上げるモデルチェンジを行いましたが、前回説明した通り、FIMはエンジンの変更点が少ないことを理由にレブリミットの変更を認めませんでした。市販車両の性能を基準にレブリミットが決められるのに性能が変わっているにも関わらずレブリミットがそのままというのはおかしな話です。これに対し、当時FIMはピストンを変えただけで新しいエンジンと認める事はできないような事を言っていましたが、メーカーにレースのために大規模なモデルチェンジを強いるというのはどうかと思います。レブリミット規制導入の目的にはコストダウンがありますが、チームの参戦コストは下がってもメーカーの参戦コストが上がってしまっては意味がないのではないでしょうか。
このレブリミットの差が放置されたのは、それでもまだカワサキが勝てていたことと、バウティスタがホンダへ移籍してドゥカティに圧倒的なライダーが不在になりある程度接戦になっていたからです。ですが、2022年にバウティスタがドゥカティに復帰するとまた様子が変わってきます。
バウティスタは復帰1年目にタイトルを制します。そして翌2023年、モデルチェンジされたパニガーレV4Rはレブリミットこそ16,100rpmに据え置かれたもののその戦闘力は大きく向上しており、バウティスタは開幕から圧倒的な速さで勝利を重ねていきます。ヤマハとカワサキはこれまではライダーの頑張りでどうにか勝負に持ち込めていいましたが、ライダーの頑張りで性能差を埋められなくなったことで戦力の不均衡が一気に顕在化しました。これに対しFIMは性能調整を2回発動、ドゥカティのレブリミットは計500rpm削減され、15,600rpmになりました。一方、成績が低迷したカワサキは2回のコンセッションでレブリミットを計500rpm増加させて15,100rpmになり、レブリミットが最も高いドゥカティと最も低いカワサキの差は最終的に500rpmまで縮小されます。結果論ですが、これは開幕の時点ですでにそれだけ性能のアンバランスがあったということで、シーズン中にここまでの操作をする必要があったのであれば、開幕の時点でもっとバランスを取ることができなかったのかと思ってしまいます。確かに性能調整やコンセッションでアンバランスは是正された事になるのですが、あくまでも対症療法です。開幕時のレブリミットを決める際に車両間のレブリミット差が一定の範囲内に収まるように調整するなど、何らかの予防策が必要だったでしょう。
プライベーターのさらなる受難
同一メーカーの車両を使用するワークスチームとプライベートチームに共通のレブリミットを課すことで同一メーカー内の性能差を無くし、プライベーターにも勝利や表彰台のチャンスを与えるのがレブリミット規制導入の目的の一つでしたが、これは失敗だったと言えるでしょう。低迷したメーカーのレブリミットを増加させるのはともかく、圧倒的な成績を収めたメーカーに対するレブリミットの削減についてはそのコンセプトそのものに問題があったと言わざるを得ません。レブリミットを削減されたメーカーのプライベーターは以前にも増して苦戦を強いられたのです。
レブリミット規制導入初年の2018年、カワサキは同じ4気筒の他社より600rpm低いレブリミットを課せられました。これは前年までの成績による性能調整でしたが、そもそも圧倒的だったのはジョナサン・レイ、あるいはカワサキのワークスチームであってカワサキのプライベーターは必ずしもそうではありませんでした。2017年から2018年に掛けてカワサキには4チーム、4台のフル参戦するプライベートチームがありましたが、このうち1チームは入れ替わっているので連続して参戦していた3チームの成績(獲得ポイント)をレブリミット規制の導入前後、2017年と2018年で比較してみましょう。
チーム・ゴーイレブン・カワサキ 118→65
カワサキ・プセッティ・レーシング 117→165
ペデルチーニレーシング 42→35
プセッティはポイントを大きく伸ばしていますがゴーイレブンとペデルチーニは成績を落としています。プセッティがポイントを伸ばしているのはこの年からライダーがラズガットリオグルになったためで、ライダーの力によるものでしょう。また、ラズガットリオグル在籍時のプセッティはワークスに極めて近い仕様の車両を使用しており、メーカーのサポートもそれだけ厚かったと思われます。ゴーイレブンは前年と同じロマン・ラモスがライディングしているのですが、ポイントが半分近くまで減っています。これにレブリミット規制の導入が影響したであろう事は想像に難くありません。これに嫌気したのか、ゴーイレブンは2019年から使用車両をドゥカティに変更してしまいました。一方、ワークスチームであるKRTは2年連続でタイトルを獲得しています。メーカーの直接のサポートを受けられるワークスチームは大幅に削減されたレブリミットの影響をある程度補うことができましたが、プライベーターではそれが出来なかったのでしょう。ワークスとプライベーターの格差を縮小するという目的はが果たせないどころか、むしろ悪化させてしまったのです。
この問題はカワサキほどではないにせよ、翌年のドゥカティにも当てはまりました。2019年にパニガーレV4Rを乗りこなせていたのはバウティスタだけでした。チームメイトのチャズ・デイビスはパニガーレV4Rへの乗り換えに苦戦しており、第3戦アラゴン終了時点の年間ランキングはバウティスタがトップに立っていたものの、2位から6位まではカワサキとヤマハが占めており、ドゥカティ勢はバウティスタを除けば7位のデイビスが最上位でした。なのでバウティスタ以外のドゥカティライダーは皆、バウティスタの巻き添えを食らった格好です。とはいえ、パニガーレV4Rの動力性能は250rpm減じられた程度では全く揺らぐことは無く、翌2020年以降もこのレブリミットが適用され続けました。
2023年、前項でも述べた通り、ドゥカティのバウティスタが新型パニガーレV4Rで開幕からライバルを圧倒的します。これを受けてFIMとドルナはドゥカティに二度の性能調整を課し、最終的に開幕時から500rpm減の15,600rpmになりました。さすがにこれだけ削減されれば少なからず影響はあったようで、バウティスタの支配も多少は弱まったのですが、この性能調整に対する批判はむしろドゥカティのプライベートチームのライダーから多く上がっていました。実際、性能調整が介入して以降、プライベーターのアクセル・バッサーニとダニロ・ペトルッチはワークスのマイケル・ルーベン・リナルディにランキングを逆転されています。
ワークスとプライベーターの格差はレブリミット規制の導入によりさらに強まったと言えるでしょう。
頑張れば頑張るほど報われない。これでよいはずがない。
レブリミット規制導入以後、シーズン中の性能調整でレブリミットが削減されたのはドゥカティだけでした。これはパニガーレV4Rがそれだけ優れた車両だからなのですが、ドゥカティ陣営からは優れている者を罰するようなルールはおかしい、という声が上がっていました。これはまさにその通りだと思います。戦力格差があるのなら、劣っている陣営により多くの性能向上を促すだけで良いはずです。ですが、今のレギュレーションでは市販車性能が劣るメーカーが市販車性能に優るメーカーに追いつくのが難しくなっています。これは2015年以降改造範囲が大幅に縮小され、市販車からの性能の伸び代が減ったことと、レブリミット規制とコンセッションルールによりエンジンのアップデートが大きく制限されているためです。
コンセッションルールについても言える事なのですが、WSBKの性能調整には重大な問題があります。性能が劣る車両でライダーがそのテクニックを駆使して一定以上の成績を残してしまうと性能調整やコンセッションの対象にならず、同じレブリミット、同じ仕様のエンジンを使い続けなければなりません。コンセッションの対象外で行えるアップデートは限られており、特にエンジン性能に関しては大きな改善は期待出来ません。ライダーが車両の不利を補おうと頑張れば頑張るほど、車両の改善は遠ざかってしまうのです。
2023年のようにポイントリーダーが動力性能に優れた車両を使用していて、後続のライダーが動力性能に劣った車両の場合、車両の性能差がライダーのテクニックで補って勝てる範囲内であれば良いのですが、ライダーのテクニックでは補いきれない差があるともはやどうすることもできません。完全に手詰まりです。
バイクレースは4輪のレースに比べ道具の差よりも操る者の能力差が結果に及ぼす割合が大きいのですが、それ故に成績に基づいた性能調整ではこのような理不尽な事態が生じてしまいます。エンジン性能が全てではありませんが、エンジン性能はある意味ライダーのテクニックの及ばない領域です。エンジン性能に影響を与える規制を性能調整に使用するのであれば、その適用を成績に重きを置いて判断するべきではないでしょう。むしろ最高速や加速力といったエンジン性能が直接影響する要素に判断の重きを置いてライダーの技量が及ばないような差が生じないように運用するべきだと考えます。
2025年より導入が予定されている燃料流量制限による性能調整では、このような問題が生じないようにルールの策定、運用をしてもらいたいものです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
次回は先日発表された、MotoGPの2027年からのレギュレーション変更について取り上げたいと思います。
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