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WSBKのレブリミット規制を振り返る

 WSBKにレブリミット規制が導入されたのは2018年の事でした。導入の目的はコストダウンやメーカーおよびチーム間の戦力格差を縮小するというものでしたが、FIMはこのレブリミット規制を今年2024年限りで廃止し、これに替えて2025年からは燃料流量制限を導入する予定です。今回から今年で最後となるであろうレブリミット規制について取り上げていきたいと思います。初回はWSBKのレブリミットの導入の経緯と各社に課せられたレブリミットについてです。

レブリミットとは

 一般的に、レブリミットというのは2輪・4輪を問わず、エンジンをここまでなら回しても大丈夫、言い換えればこれ以上回すと壊れる危険性が高まるから回すな、というメーカーが定めた回転数の上限値ですが、レース用にチューニングされたエンジンではこれよりもさらに高い回転数に設定されます。エンジンの出力はトルクと回転数の積ですので、モータースポーツにおけるエンジンチューニングにおいてエンジンの高回転化は王道なのですが、過度な高回転化はコストアップに直結し、エンジンの耐久性も犠牲になります。そのため、F1などでは開発費の高騰を防ぐためにルールとしてエンジンのレブリミットを定めています。2輪ロードレースでも、Moto3やMoto2にもレブリミットが導入されています。Moto2(14,400rpm)はワンメイクエンジンなので当然として、複数メーカーが参戦している(と言っても実質2社だけですが)Moto3には13,500rpmのレブリミットが課せられています。

WSBKの性能調整

 WSBKは異なるコンセプトの車両同士でレースが行えるように、気筒数に応じた排気量区分が採用されています。1988年に選手権が始まった当時は2気筒は750cc〜1000cc、3気筒は600cc〜900cc、4気筒は600cc〜750ccでした。これは気筒数が多い方がエンジンを高回転化しやすく高出力化に有利なためで、少ない気筒数の車両が不利にならないようにと決められたものでしたが、今にして思えば2気筒車両に与えられた排気量は過剰なもので、結果的に2気筒車両が4気筒車両を圧倒するようになってしまいました。また、1990年代末頃には市販スーパースポーツ車両の市場は1000ccクラスの4気筒が主流になっており、750cc4気筒車両はレースのために仕方なく売られていた状態でした。こうした事情もあり、2003年からは気筒数に関わらず750cc〜1000ccに排気量が統一されました。その後、2008年からは2気筒車両の排気量が850cc〜1200ccに拡大され、現在までこの排気量区分が引き継がれています。
 この時、以前のように特定の気筒数が有利にならないようにするため、WSBKにシーズン中の性能調整が導入されました。当時は排気量で優遇されている2気筒車両のみが対象で、3大会毎の成績に応じて吸気リストリクターの内径や車両の最低重量を調整することで行われていました。2015年からは最低重量の調整が無くなり、吸気リストリクターのみで性能調整が行われました。吸気リストリクターによる性能調整は2017年で終了し、2018年からは全車両を対象としたレブリミット規制が導入されました。

レブリミット規制導入の背景

 レブリミット規制が導入された当時の状況を振り返ってみましょう。レブリミット規制の導入が決まった2017年当時、チャンピオンシップは2015年、2016年とカワサキのジョナサン・レイが連覇しており、2017年シーズンに入ってからもその勢いは一向に衰えを知らないもので、これに対してドルナとFIMは勝者が固定されてしまうことを危惧していました。それと共に、表彰台をワークスチームが占めるレースばかりでプライベートチームが表彰台に登壇できなくなっていることにも危機感を抱いていました。これらの問題を解決すべくドルナとFIMが取った方策がコンセッションルールとレブリミット規制の導入でした。
 レブリミット規制には、同一メーカーの車両を使用するワークスチームとプライベートチームに同一のレブリミットを課し同じメーカーの車両を使用するチーム間の戦力差を無くし、異なるコンセプトの車両間の性能調整もレブリミットによって行おうという考えがありました。また、設定されたレブリミットは前年まで各社が使用していたよりも低い回転数に設定し、エンジンの負荷を減らし信頼性を向上させ、コストダウンを図る目的もありました。
 レブリミット規制の導入には性能調整の手段としての目的もありました。これまでの吸気リストリクターによる性能調整は効果が限定的で2気筒車両と4気筒車両の戦力格差の是正に限定されており、前述のとおりカワサキとジョナサン・レイの一人勝ち状態を阻止することはできません。ドルナには同じ4気筒車両間の戦力格差をどうにかしたいという意図もあったので、吸気リストリクターに替えてレブリミットを性能調整に使用し、メーカー単位で適用する事になりました。

各社のレブリミット

 レブリミット規制の導入を含めた2018年の暫定レギュレーションが発表されたのは2017年の10月25日で、10月22日にカワサキがマニュファクチャラーズタイトル3連覇を決めた直後の事でした。
 2018年開幕時の各社参戦車両のレブリミットは以下の通りです。

 これらの回転数は全てレブリミット規制の導入前、2017年に各社が使用していたレブリミットよりも低く設定されました。この8社のうち、ドゥカティ、ホンダ、カワサキを除く5社が同一のレブリミットです。
 ドゥカティが極端に低いのは当時の参戦車両が2気筒1200ccのパニガーレRだからです。ホンダとカワサキ以外の4気筒車両は原則14,700rpmで統一されていたことがおわかりいただけるのではないでしょうか。これは、排気量が4気筒車両の1.2倍ある2気筒のドゥカティが14,700rpmの1/1.2に近い回転数であることからも伺えます。ドルナとFIMは4気筒車両のレブリミットの基準を14,700rpmに設定していたのでしょう。
 ホンダとカワサキにこの14,700rpmより低いレブリミットが課せられたのには理由があります。ホンダは前年使用していたレブリミットが14,600rpmだったので14,700rpmを適用すると前年よりも高くなってホンダ一社を利することになってしまうからでしょう。カワサキは2017年に15,200rpmまで回していたので事情が異なります。カワサキに4気筒勢最低のレブリミットが適用されたのは単純に当時の最強メーカーだったからでした。つまり、FIMとドルナはカワサキにレブリミットのハンディキャップを負わせて勝てなくさせようとしたのです。
 2017年のレブリミットと見比べるとこの600rpmの差がどの様に決められたのかが伺える点があります。レブリミット導入の前年の2017年、アプリリアは15,800rpmまで回していました。これは当時のグリッド上最も高いレブリミットだったと考えられます。同年のカワサキは前述の通り、15,200rpmでした。両者の差は600rpmです。アプリリアとカワサキの2017年のレブリミットからそれぞれ1,100rpmを減じると14,700rpmと14,100rpmになり、これは2018年両社に適用されたレブリミットと同一です。そして、2018年にアプリリアに適用された14,700rpmはホンダとカワサキ以外の4気筒勢にも適用されました。このことから、レブリミット導入以前最もレブリミットの高かったアプリリアを基準にしてカワサキとホンダ以外の4気筒勢のレブリミットが決められたと考えられます。カワサキについては2017年、最もレブリミットの高いアプリリアより600rpm低いレブリミットでもタイトルを獲得しているので2018年も他のメーカーより600rpm低くしよう、といった具合に決められたのかもしれません。実際にはここまで単純な話では無いと思いますが。
 レブリミットについては最近でもネット上で「カワサキはハンディを負わされている」という書き込みを目にしますが、実際にハンディキャップを負わされていたのは2018年だけで、後年カワサキのレブリミットが引き上げられなかったのはまた別の問題です。

レブリミット規制の運用開始

 こうして始まった2018年、理不尽とも言えるハンディキャップを背負わされたカワサキでしたが、御存知の通りジョナサン・レイがこの年も圧倒的とも言える成績でタイトルを制しました。圧倒的な成績を収めたレイとカワサキでしたが、さすがに元々他社より600rpmも低いレブリミットをそれ以上削減しようということにはなりませんでした。一方、第7戦ブルノよりBMW、MVアグスタ、ホンダの3社に対してはレブリミット250rpm増の性能調整が行われています。これによりBMWとMVアグスタは14,950rpm、ホンダは14,550rpmになりました。
 2018年には新型車両が無かったのですが、翌2019年にはカワサキ、BMW、そしてドゥカティが新型車両を投入することになります。新規にホモロゲーションを取得する車両のレブリミットをどう決めるかもすでにレギュレーションに定められていました。具体的には、市販車両をダイナモメーターで計測し、「最高出力発生時の回転数+1,100rpm」又は「3速と4速のレブリミットの平均の103%」のいずれか低い方、というもので、これに従って新型車両のレブリミットが決定されるのですが、これが後のWSBKの戦力図に大きな影を落とし続けることになります。

 次回は2019年以降の各社のレブリミットの推移について扱いたいと思います。最後までお読みいただきありがとうございました。


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