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「元映画館」のこれまでとこれから。

00.INTRODUCTION|はじめに

初めまして。東京都荒川区東日暮里にあるアート/イベントスペース「元映画館」の館長です。

「元映画館」は常磐線の日暮里駅と三河島駅のあいだの、東京のどこにでもある下町の風景の中にひっそりと取り残されていた廃映画館を改修したアート/イベントスペースです。
2019年の春から改修を進め、2019年10月にオープン。そこから、世の状況に振り回されながらも試行錯誤を重ねながら運営を続け、気づけばあっという間に2年が経過し、2021年11月から3年目を迎えました。

この2年間「廃映画館を(ほぼ)そのまま開く」という施設の特殊性が前面に出るよう、その背景にある「関わる人」や「運営の内側」についてはあまり焦点は当てずに発信をしてきましたが、幸いこの2年間で想像もし得なかった多方面の方々にご利用いただき、ある程度は認知してもらえるようになってきた気がするので、そろそろ前述のような抽象的な発信のフェーズを終え、訪れたことのある人や興味を持ってくれている方々に、より解像度高く元映画館の事を理解してもらい、単なる利用者に留まらない僕らの共犯者を生み出すための発信をしていくべきかな?という考えに至りました。

そんな訳で、これまで(実質)館長として元映画館で起こった全てを見てきた僕が、特に具体的に何を書き綴るかも決めずに勢い任せにこのノートを開設してみた次第であります。
ここまでが前置きで本題はここから。
最初の記事として、元映画館の内側を説明しつつ、2年を振り返り、且つこれからの展望を包括的に語ろうと思っており、どう頑張っても冗長になることは目に見えていますが、熱心な極少数の元映画館ファンの皆様が、最後まで読んで下さる事を信じて、躊躇なく書き綴りたいと思います。

館長がご近所さんから譲り受けたVHSコレクション


01.OPERATING|運営会社

まずは、元映画館を運営する会社についてご説明を。
株式会社デリシャスカンパニーは「総合芸術制作会社」として、東京藝術大学の多学科の出身者が集まり立ち上げた、建築の設計を中心にグラフィックデザイン・映像・WEBなどのデザインのチカラで世の中の様々なお悩みを解決する会社です。
"It's not 0-1, it's not 1-100. We want to turn 1 into A."
をキーワードに、単純に美しく効率的なだけにとどまらない、常に捻りのあるユーモラスな解法のデザインで答えを導き出すことをモットーに活動しております。

元々学生時代からの交友関係から活動を始めたグループでしたが、2016年末にとある薬品倉庫を借り上げて行った展示「DELICIOUS COMPANY EXHIBITION "TAG"」をきっかけに、本格的に会社としての活動が始まりました。

この元映画館もまた、会社の制作アトリエを探す中でたまたま見つけ出してしまった廃映画館を、その希少価値のある物件をただただ自分らのアトリエにしてしまうのはあまりに勿体ないのではとなり、連日連夜の話し合いの末、あえて用途を定めずに改めて開くのが最もこの場所のもつ価値を引き出せるという結論に至り、手探りで運営を始めてみた、という経緯があります。
「やりたい事に合わせて適する場所を見つける」というのが一般的な流れなのに対して、「場所に合わせてやる事を決める」という180度違う物事の進め方も、デリシャスならではの思考過程なのかな、と考えています。
そんな変則的な場所運営に至る僕らの考えの経緯は、元映画館の開館当初に取材していただいた以下のいくつかの記事でご覧いただくことができます。

また、この元映画館を見つけて運営を始めた事で、新しい建物が建ちづらくなり、”リノベーション”という言葉が当たり前に使われるようになった今、さらにそこに元々あった土地/建物のもつ文脈を、次の場所に如何にして継承させていくかというのが、これからのデザインにおいて必要な思考なのでは?という考えに至るようになりました。

02.BEFORE|日暮里金美館

そんな訳で、ここで元映画館が元映画館に至るまでの歴史をご説明いたします。
元映画館の前身である映画館「日暮里金美館」は、1926年(大正15年)にオープン後一度戦災で消失したのち、1950年(昭和25年)に現在の場所に再オープンし、1991年(平成3年)10月まで営業されていました。金美館は、東京の東を中心に20館あまりを有するチェーンであり、この日暮里金美館は、様々な要因で映画館が次々と閉館していくなかで最後まで「金美館」の名前を掲げていた映画館でした。

今でこそ荒川区には映画館は一軒もありませんが、大正・昭和期には10館近くも存在したそうです。今では考えられないような数ですが、勿論これらは今のシネコンのようなものではなく、1903年(明治36年)に日本最初の映画館「電気館」が誕生し当時の映画興行の中心地となっていた浅草で封切りされたものが巡回してくる2番館3番館といったものでした。
今ではもうほとんど見られなくなったこれらの所謂「町の映画館」は、現代の商業地区の中心に位置するような映画館とは異なり、住宅街/商店街の並びに溶け込むように建ち、より地域住人の生活と密接な、日常と地続きの関係にありました。
情報に溢れ、沢山の映画が次々に公開され、いつでもどこでも気軽に映画が視聴できるようになった現代では、映画館はここぞと狙いを定めて行く場所になっているかと思います。しかし当時(それこそテレビが普及する以前)の映画館は、映像でのニュースを見て情報収集するための場所であったり、地域の人々の交流の場であったり、気まぐれに連続上映される作品を暇つぶし程度に長めに行く場所であったりと、目的がなくとも訪れられる/偶然の何かに出会える場所だったはずです。

ある随筆の中で、雨の夜の上野入谷から当てもなくふらふらと歩いていたら、この映画館にたどり着く、なんてノスタルジックな文も見つけました。(因みにこの映画館は最後の方はピンク映画館となっていたそうです。家に居場所がなく、休みの日なのに「家のことしないで寝転んでんなら外行っとくれ!」と母ちゃんに追い出された親父たちの溜まり場にでもなっていたのではないでしょうか。)

そのような歴史もあり、元日暮里金美館は1991年の閉館以降もそう軽々と看板をおろせないという後継オーナー様の意向で、特に改装をされることもなく看板も掲げられ続け、閉館当時のままの状態で僕らが運営を始める2019年まで、実に28年の年月を、街の片隅でひっそりと取り残されていました。

元日暮里金美館に初めて足を踏み入れた時の写真

03.NAMING|名前に込めた想い

そんな今では稀な場のあり方をしていた場所が奇跡的にそのままの状態で見つかり、それを新たに我々で街に開くとなったとき、僕らは当時の映画館がそうであったように、目的なく訪れられる/偶然の出会いの起こる場所であってほしいと考えました。
そのような場所にするためにはどういった名前を掲げるべきかと話し合いをする中で、様々な名前のアイデアは浮かんではしっくりせずにかき消されていきました。そんな折りメンバーの一人が、「元映画館だから〇〇はどうか?」「いや、元映画館だから〇〇の方が伝わり易いのでは?」と全員が口々に「元映画館」という言葉を無意識に発していた事実に気がついたのです。その事実に気づいた瞬間に、全員腑に落ちました。

かつての映画館のチケットもぎりに掲げた「元映画館」のロゴ

「元映画館」という状態をそのまま示す名前をあえて掲げることで、我々がそうであったように、この場所を見つけた時の驚きと、この場所で出来る事/やりたい事は何だろうと想像力が加速した感覚を、訪れる多くの人と共有できるのではないかと考えました。

また「元映画館」と名付ける事で、映画館であった頃の僕たちの知らない過去を想起させつつ、一方で、もうこの場所は映画館ではないという事実を認め、その過去を終わらせることができると思いました。
そんな想いを込めた場所で、「元映画館」だから出来る事を、より多くの人に実現してもらえたら、と願っています。

最終候補に残りつつお蔵入りとなった”街並み”をモチーフにした元映画館ロゴ

04.EVENT|貸切利用

「元映画館」は2019年10月に開館して以来、そんな僕らの思惑/想像を大きく上回る様々な種類のイベントを開催いただいてきました。
ここでは、過去2年で開催されたイベントのいくつかを、館長の勝手なセレクトでご紹介させていただきます。

まず一番に多いイベントが、自主制作映画の上映会や、大きなスクリーンを用いたトークショーです。会議室ほど堅苦しくなく、かといって映画館ほど大袈裟でなく、学生さんや個人の規模の発表の場として、有効にご活用いただいております。

そして昨今の状況もあって昨年春より増えたのが、配信ライブの会場としてのご利用です。元映画館という趣のある空間が舞台セットのように作用して、更にはそこに様々な美術が加わる事で、浮世離れした空間が館内に作り上げられ、配信のコメントに「ここはどこ?」などといった言葉が流れてくるのを館長は眺めてはニンマリしております。
また配信ではなく、ミュージックビデオの撮影場所としても、いくつかのアーティストさんにご利用いただいております。それぞれ趣向を凝らし、元映画館をそれぞれの楽曲の雰囲気に合わせた撮影をしていただいております。

また演劇/舞台的な活用も多くしていただいております。これまでに、生け花のパフォーマンスショーや、舞踏、タップダンス、弦楽四重奏、ピアノ演奏会、など多種多様なショーが、元映画館のまっさらなフロアの上で繰り広げられてきました。

最後に、現在に渡り継続して定期的に開催いただいているイベントが一つ。
高円寺の古着屋「雑踏」さんが主宰する、古着に雑貨に古物に書籍に音楽に美術にと、兎に角多岐にわたる出店者が一堂に会す、ミックスカルチャーフリマイベント「みちくさ」です。月イチで開催されていますが、毎度100近い前売り券が売り切れ状態で、元映画館が最も賑わうイベントとなっております。ぼんやりと何かしらの新しい出会いを求めている人は、このイベントに参加すればきっと何かが見つかるはずなので、是非。


05.SNACK|シネマのあとで

このように様々なイベントが開催され、都度沢山の方々にご来館いただいている一方で、訪れた方々に次はいつ開いているのか?といったご質問を頻繁に受けるようになりました。
そこで、折角イベントや展示に訪れこの場所を気に入ってくださった方達が気軽に再訪できる場を用意するため、元映写室を改修しスナックを設けることを2020年の春に決めました。それが「スナックシネマのあとで」です。

スナック「シネマのあとで」は館内の内階段を通って登った先の元映写室にあります

スナックがあることで、気軽に元映画館に訪れていただく窓口的な場所になりつつ、館内で行われる展示に訪れたお客さんと作家が、或いはイベントで訪れたもの同士が、より落ち着いて語らい親密になれるサロンのような場としても機能していけば、単なるイベントスペースに留まらない、かつての映画館が担っていた社交場のような立ち位置に元映画館もなれるのではないかと考えています。
また、かつてフロアに座る人々に物語を観せるために機能してた映写室が、時を経て、あの「ニューシネマパラダイス」のアルフレードとトトの二人ではないですが、そこ自体が誰かと誰かが出会い物語を生み出す場所として機能していくという転換もまた元映画館だからこそのものでは、なんて捉えています。

オープン以後程なくして休業を余儀なくされていましたが、休業期間を利用して随所に改修を重ね、2021年11月より金土日夜(18:00 - 23:30)に不定休で営業を再開しております。
金曜はウイスキーを、土日はクラフトジンを中心としたラインナップで営業しており、有難い事に休業前から好意にしていただいていた常連さん達を始め多くのお客さんにご来店いただいております。
今後は休業前にも幾度か開催し大変好評でした、デリシャスカンパニーに縁のある、様々なクリエイティブな業種の方々がカウンターに立つゲストママによる営業も定期的に開催を予定しております。
最近元映画館の存在を知って興味を抱いていただいた方や、展示やイベントで訪れて空間自体を気に入ってくださった方は、是非一度スナックにお越し頂き、映写室の窓から眺めるフロアを肴に元映画館での夜を楽しんでいただけたら何よりです。

映写室の窓越しに覗くスナックのカウンター


06.MUSEUM|映像の美術館

フロアの貸出と映写室のスナック営業を中心としてカレンダーが埋まっていく一方で、美術/デザインに携わる自社運営の施設としての強みを活かし、自主企画の招待作家による展示も、2020年に外部のイベントの開催が難しくなった時期から不定期で開催するようになりました。

大きな美術館などではどうしても映像作品の展示室はさらりと見過ごしてしまうし、一方で映像作品に特化したギャラリーも殆ど目にすることはないかと思います。アーティストは普段なかなか上映する場に恵まれない、鑑賞者は普段なかなか巡り会う機会のない「映像作品」に焦点を当てた新たなアートの発信の場に元映画館がなれればと考え、上映にこの上なく適した空間を活かした映像作品が主役となる展示を『映像の美術館』と題し、近年注目を集めるアートプラットフォームのArtStickerさんとの協働という形で企画しています。

これまでに、美術家の岡田裕子さんによる、音声ガイド機能を用いて館内を巡りながら鑑賞する体験型サウンド作品を中心とした展示『岡田裕子展ー誰も来ない展覧会ー』を2020年9月に、アーティストの永田康祐さんによる、食文化や調理技術についてのリサーチをベースにした映像作品とその作品内で作られるコース料理をアーティスト自身が実際に調理して提供した展示『永田康祐「Eating Body」』の2展示を開催しました。
いずれの展示も、映像作品の上映にとどまらない空間を活かした体験型のインスタレーションのような形式をとり、観覧いただいたお客様には場所性も含めて愉しんでいただくことができました。

永田康祐「Eating Body」料理提供風景

また『映像の美術館』の他にも、アーティスト安井鷹之介さんの展示『安井鷹之介展 “ Gate of Absence_ 不在の門 ” 雄勝防潮堤美術館 予告編』を元映画館の企画展として開催しました。

安井鷹之介 彫刻作品「Gate of Absence_ 不在の門」photo by Atsuki Ito

このように定期的に自主企画展示を重ねていく事で元映画館のギャラリーとしての認識も高まり、2021年春からは魅力的な展示を貸出利用でも開催いただくようになりました。
今後も楽しみな展示が沢山控えており、また展示に合わせて作家さんがスナックに立つ特別営業などもしばしば開催されますので、是非展示の告知をチェックしていただければと思います。

丸山喬平 × 磐井賢志展「 食卓のインタバル 」
ユゥキユキ × 平山匠展「 三すくみんぐ 」

07.SCREENING|上映会

ふたりのための上映会開催時のフロア

イベントや展示での利用と並行して、もっと気軽に/もっと個人的に、元映画館を利用してもらえる機会を作れないものか、と模索していた時に、時を同じくして巷ではソーシャルディスタンスが叫ばれ始めました。そんな状況を眺めていて思いついたのが「ふたりのための上映会」でした。
人と集まれない/距離を取らなければならない、ならばそんな状況を逆手にとって、いっその事ふたりっきりにしてしまえば良いのではないか?元映画館を貸し切れるなんてとてもロマンチックじゃない?と考えた訳です。

2021年の年明けから不定期で開催し、カップルやご夫婦、ご友人に会社の同僚さん、これまでに100組近いおふたりにご利用いただき、様々なおふたりの物語を館長もご案内時にご挨拶する際にお聞かせいただき、一緒になって楽しませていただきました。
中には、映画公開時にまだ出会っていなかった奥様に自身の撮った作品を今一度大きなスクリーンで観せてあげたくて来ました、という、その経緯が最早映画の中の物語かのようなご利用者さんもいらっしゃりました。
ご利用者さんのレポートは以下のウェブマガジンEVELAさんにて、素敵な写真と文章で記事にしていただいております。
現在もご利用の定員を最大6名様として、毎月末25日に翌月のイベントや展示の入っていない平日夜の予約を受付しております。

08.CONCLUSION|最後に

ここまで、長々と元映画館の開館に至る迄/開館からの2年間、で試行錯誤を重ねながら形にしていったものをご紹介させていただきました。
3期目を迎えた2021年冬〜2022年春にかけても、ありがたいことに沢山のご利用予約が続いており、ご紹介が楽しみな展示やイベントの予定が目白押しく控えております。
月間のスケジュールや直近の予定などは、随時元映画館のInstagramにて公開していきますので、少しでも興味を持っていただけた方は、是非フォローいただければと思います。

また、今までは「街に需要がなくなり取り残されていた廃映画館をあえてそのまま街に開く」というコンセプトが為に、元映画館の周辺の地域の人々の利用を特別意識してはいませんでしたが、やはりその土地に受け入れられ地域の人々に愛される場所であるに越したことはありません。
SNSでは伝えきれない現場で起こる詳細や携わる人々についてをより深くここで定期的に発信していくことで、そういった今まで届いていなかった人々にも元映画館の在り方を理解してもらい興味を抱いてもらうきっかけになればと思っております。
決して順調という訳ではないですが、日々少しずつ在り方が定まってきた元映画館ですが、本文でも触れた通り元映画館は築70年を超える非常に古い建物です。それが故に、いつ取り壊しが決まりなくなってしまうかは、運営する我々もわかりません。
そんないつか訪れる元映画館の最後に、やり残して後悔することがないように、今まで以上に色濃く活動をしていければと思っております。

この冗漫な文章を最後まで読んでくださった誰かが、いつか元映画館に訪れ、劇的に加速するような更なる変化のきっかけになってくれないかな、という淡い期待を結びの挨拶の一文とさせていただきます。

それでは皆様、元映画館でお会いましょう。


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