ソーチンとシソーチン

先日、「本部朝勇のショーチン」の記事において、筆者は本部朝勇のソーチンが剛柔流のシソーチンになったのではないか、という仮説を述べた。突拍子もない説であるにもかかわらず、幸い多くの方から評価していただいた。しかし、同時に、名前が似ているとか動作のいくつかに共通性があるというだけで、同一の型であるとするには十分な根拠が欠けていると思われた方もいたかもしれない。

ただこの仮説には、ある一定の合理的根拠がある。それは摩文仁賢和・仲宗根源和『攻防拳法　空手道入門』（1938）に、以下の記述があるからである（注1）。

東恩納先生の系統の型（現在の剛柔流）
三戰（さんちん）
轉掌（てんせう）
十三（セーサン）
セーエンチン
十八（セーパイ）
三十八原文ママ（サンセールー）
一百〇八（スーパーリンパイ）（又の名　百歩連（ペツチユウリン））
ソーチン
サイフアー
クルルンフアー

上記は東恩納寛量の系統、当時の剛柔流の型の一覧であるが、その中に「ソーチン」が含まれていることがわかる。このソーチンは、新垣世璋の「新垣派のソーチン」のことであろうか。そうではない。これは「東恩納派のソーチン」なのだという。

同じ名のソーチンでも東恩納派（今日の剛柔流）の型と、新垣派のとは違ひますし（注2）

この書を実際に執筆したのは仲宗根源和であるが、彼はソーチンを新垣派と東恩納派に区別して2つのソーチンがあると述べている。しかし、現在の剛柔流や糸東流に「東恩納派のソーチン」は伝わっていない。一方で、上記の型一覧には、後年創作された「撃砕」や「普及型II」を除けば、「シソーチン」だけが欠けている。それゆえ、東恩納派のソーチンとはシソーチンのことを指している可能性が高いのである。もしそうだとすると、当時（昭和13年、1938年）はまだ、シソーチンはソーチンと呼ばれていたことがわかる。

また、それより4年前に出版された『十八セーパイの研究』（1934年）の巻末に、近刊予定の本の広告が掲載されているが、そのなかに摩文仁賢和先生著『剛柔流空手拳法 ソーチンとクルルンファー』という本の記載がある。この本の存在は現在まで確認されていないので、おそらく未刊のまま終わったのであろう。この広告でも、やはりソーチンは剛柔流の型とされているのである。また、2つの型には他の型にはない、「逆の取り方、投げの手、羽がい絞じめの受け方」といった取手の共通点があると書かれている。

では、いつソーチンからシソーチンに改名されたのであろうか。もう閉鎖されたが、以前、「まるふじ文庫」というYahoo!ブログに、「大日本武徳會沖縄支部開殿式記念演武會空手道型」というプログラムが紹介されていた。これは、沖縄の武徳殿の開殿を祝って、昭和14年（1939）6月に開催された空手演武の型を紹介したものである。そこに「シソーチン」の型名が記載されていた。残念ながら、Yahoo!ブログのサービス終了とともに当該ブログは閉鎖されたが、以前紹介したように、その後当該プログラムは、まるふじ文庫の主宰者の佐藤茂先生から沖縄武徳殿関係資料の一つとして沖縄県立博物館・美術館に寄贈された。

いずれにしろ、糸東流と剛柔流との間で多少時差はあったかもしれないが、概ね昭和14年（1939年）までには、ソーチンはシソーチンに改名されたことがこの番組表から確認することができる。

さて、東恩納寛量はソーチンを教えていたのであろうか。

以前、「一百零八の読み方」という記事において、ペッチューリンからスーパーリンペイへの改名について論じた。ペッチューリンは実際に東恩納先生が教えた型であり、宮城先生と摩文仁先生は改名しても、この名称は「別名」として保存された。

しかし、ソーチンはシソーチンの「別名」としては保存されなかった。また、東恩流にも、ソーチンは伝わっていない。これは東恩納先生はこの型は教えておらず、また誰から実際に教わったか詮索されるのを二人は避けたかったからではないであろうか。もしそうであるなら、シソーチンがもともとソーチンだったという事実は今日まで知られずに来たわけだから、二人の狙いは成功したと言えよう。

ソーチンからシソーチンに改名した動機は不明である。ひょっとして、本部朝勇から「ソーチンはもともとはシソーチン（ちしょうきん）と呼ばれていた」という話でも聞いて、オリジナルの名称に戻そうと考えたのであろうか。

ちなみに、「ちしやうきん」の名称が記載されている、尚泰王冊封の祝宴のプログラムを載せた『島袋全発著作集』（1956）は、当時まだ出版されていなかったので、宮城、摩文仁先生がこの本を参考にして改名したというのはありえない。

注1　摩文仁賢和・仲宗根源和『攻防拳法　空手道入門』東京京文社、1938年、74頁。
注2　同上、75頁。

出典：
「ソーチンとシソーチン」（アメブロ、2020年8月29日）。