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本部のショーチン

本部朝勇のソーチンについて、ときどき質問を受けることがある。上原清吉によると、本部朝勇は型を30近く知っていたから、ソーチンはあくまでそのうちの一つである。ただ大正7年(1918)の琉球新報記事に、「本部朝勇氏のシヨーチン」という表記が出てくる。また、糸満盛信『唐手術の研究』(1934)に、「本部氏ソーチン」という型名が記載されている。つまり、ショーチン(ソーチン)は、本部朝勇が知っていたと戦前の文献から証明することができる型なのである。

2016年に筆者はアメブロで「本部のソーチン」という記事を書いたことがある。その記事を書いたきっかけは、海外の空手家から剛柔流の喜納正興氏が本部朝勇から学んだソーチンだという動画を見せてもらったからである。しかし、そのソーチンは、糸東流の「新垣派のソーチン」とは大きく異なっていた。ただ上原先生が創作した合戦手カッシンディーという型とは似た雰囲気があったので、本部朝勇伝だという話に説得力を感じた。しかし、その後やはりその動画をみた海外の空手家とも対話して、その型は本部のソーチンではないであろうという点で意見が一致した。仮に本部朝勇が伝えた型だとしても、ソーチンとは別の型であろう。

では、本部のソーチンは失伝したのであろうか。最近の筆者の仮説は、剛柔流の「シソーチン」が「本部のショーチン」ではないかというものである。

突然、突拍子もない説を主張していると思われる方がいるかもしれない。剛柔流の公式の歴史では、シソーチンを含む型は、宮城長順の創作型を除いて、東恩納寛量が中国の「ルールーコー」から学んで持ち帰った型ということになっている。

しかし、1867年に、新垣通事親雲上あらかきつうじぺーちんが「ちしやうきん」の型を首里崎山にあった御茶屋御殿で演武していた事実を鑑みると、シソーチンは東恩納先生の渡清以前から沖縄に存在したと考えられる。また、宮城先生の兄弟弟子の許田重発の東恩流にはシソーチンは伝わっていない事実を考えると、シソーチンは、宮城先生が東恩納先生の没後に、沖縄の誰かから習得したと考えるのが自然ではないであろうか。

御茶屋御殿。出典:沖縄県立図書館

上原先生によると、宮城先生は友人で兄弟子にあたる照屋亀助と一緒に本部朝勇から個人指導を受けていたから、本部朝勇から伝わった可能性は十分ある。

本部朝勇からシソーチンが伝わったかどうかは別にして、ソーチンとシソーチンが同系統の型であろうという指摘は、他の空手研究者からも出ている。

1867年、尚泰王冊封の祝宴で久米村の新垣(世璋)通事親雲上が披露した「ちしやうきん」は、剛柔流の「シソーチン」か、または摩文仁や船越が継承した「ソーチン」なのか。
1918年に師範学校で行われた武術研究会に来賓として参加した首里の本部朝勇は、「シヨーチン」を演武したとある。1934年、糸満盛信は自著『唐手術の研究』の中で、「本部氏ソーチン」と「新垣氏ソーチン」を分けている。当時の大家を鑑みると、本部は本部朝勇、新垣は新垣世璋を示しているので、「ちしやうきん」「シヨーチン」「ソーチン」は同系統の型ではないか。
(中略)
このような経緯から「ちしやうきん」「シヨーチン」「ソーチン」と「シソーチン」も同系統の型で、近代以降に発音や表記が区別され、技法と型の構成が大きく変容したと考えれる(注)。

糸満盛信の『唐手術の研究』には当時の型が列挙されており、本部氏ソーチンと新垣氏ソーチンの2つのソーチンが挙げられている。「本部氏」とは、1918年に沖縄県師範学校で「ショーチン」を演武した本部朝勇のことを指していると考えられる。従って、 「本部氏ソーチン」とは本部朝勇のソーチンを指すことになる。

糸満盛信『唐手術の研究』より

つまり、1934年まで沖縄には2つのソーチンがあったが、本部のソーチンは消滅したということになる。

ちなみに、嘉手苅先生は、ソーチンとシソーチンが同系統の型であろうと述べているだけで、剛柔流のシソーチンが本部朝勇から伝わったとは主張されていない。これはあくまで筆者の私見である。

さて、シソーチンとソーチンは似ているであろうか。以下に剛柔流のシソーチンと糸東流のソーチンの動画を紹介する。

開掌と握拳の違いはあるが、開掌当て(受け)や外から内へ払うような動作は似ている。確かに元は同系統の型だったかもしれない。ちなみに、この内払いのような動作は、関節技(取手)と解釈するようである。こうした点も本部朝勇との共通点を感じさせる。

『沖縄タイムス』2019年1月6日、より。

果たして、「本部のショーチン」が剛柔流のシソーチンになったのか、それとも今後ひょっこり沖縄のどこかの道場で受け継がれているのが見つかるのであろうか。国内外の空手研究者の関心が高いテーマなので、今後も研究の進展が期待できるかもしれない。

注 嘉手苅徹「沖縄空手『型』を探る(18)」『沖縄タイムス』2019年1月6日。

出典:
「本部のショーチン」(アメブロ、2020年8月9日)。

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