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創作大賞感想 半径100mさんの円の中に入ったら。

タイトルからして、半径100mさんが真面目に攻めてきたなと感じた。このタイトルにどれほど気持ちを込めたのだろうか。「やりやがったな」と笑顔になったのが最初にタイトルを見て感じた事だ。

彼女の表現方法を私が好きな理由の一つに、心情や人の気持ちである、目で見えない部分の登場人物達の心の受け渡しに惹かれることが多い。人間をどこか優しく滑稽に描くからこそ感情移入出来て、登場人物を好きになってしまう。そして、正解は正解ではなく、人それぞれが導き出す結果だとその途中の道筋を丁寧に描いてくれる。

彼女がエンタメ要素のタイトルを入れるということは、エンタメでは終わらないのだろうなと最初から感じていた。人の期待を裏切る物語を書き続けるのは難しい。だけど、彼女は物語を生むのが得意だ。だから、どうやって「人間」を描くのだろう。そればっかりが最初から気になっていた。

「エロティックの素」これを吹きかければたちまち男女は惹かれあうという。そんな魔法の素を売る人間、買う人間、信用する人間、信用しない人間、その全員が「エロティックの素」一つに見事に翻弄されていく。

色々な立場の人間を表現するのが、小説の醍醐味だとするのなら、彼女の作品はそれぞれの立場からの正論を語っている。

正論だというのが、人間の厄介なところだ。全員が全員の正義で物語を語るからだ。こんなにワケが分からない正体不明の液体を巡り、人間は人間を演じるのだから面白い。

それぞれ個人という立場で、ふと自分が変化するキッカケが欲しいと願うときがきたりする。それが、自分以外の人から言われる言葉だったりもする。思いやりから発した言葉も言われた方は真剣に悩むことになるかもしれない。

そういう時に「言い訳の一つになる物」に出会ってしまったならば、誰しも試したくなるのかも知れない。一回信じてしまえば、簡単な違和感にも人間は気付かない。あり得ないということが起きても「言い訳の一つになる物」が心の支えになりそれを肯定し続けてしまう。

物語に存在しているのは「嘘」なのだが、登場人物の誰もが「嘘」とは信じ切れないでいる。人間世界の矛盾を突いて皮肉って遊んでいるようにも感じるし、本気で警鐘しているようにも感じる。こういったバランス感覚もとてもすごいと感じるところだ。こういうテーマに彼女の描くユーモア溢れる人間達は、実に自由に面白く動いていると感じる。

恋愛に対しての描写は軽い感じで書いてある。これは、あえて分かりやすくするために選んだのかもしれない。ユーモアにポップで攻めるのも良いのだが、私は彼女が描くもっと本気の男女のドロドロも混ぜたら面白いかなと感じた。彼女が描く怖い人間も読みたいからだ。緊張と緩和を使い分けた部分の濃淡を物語に入れるとさらに複雑かつ人間が滑稽に見えてくるような気がする。

そして、もっと内面が抉られていく人物も読みたいと感じた。きっと真剣に人に好意を抱かれたいと願う人達の行動には、すがって信じてしまった嘘の物に対してだろうが、暗示からくる副作用みたいなものが存在するのではないだろうか。それは、人間が起こす悲劇以外にあり得ないが彼女なら分かりやすく、どこか面白く滑稽に描く気がする。

それを彼女の表現でさらに読みたくなったりもした。

きっとこの物語は完成していないし、まだまだ膨らませる要素しかない気がする。私は、彼女が創作するショートストーリーの凄さを知っている。このテーマで進むのなら、色々な「他の種類の素」をテーマにした短編の集まりだって面白い。

私は、どれくらい彼女の作品を読んできたのか覚えていないが、彼女が描く物語そのものに惹かれることが多い。どんなに短い物語でもストーリーと登場人物に感情移入出来て、心のやりとりを感じられる。だから、絶対にきちんとしたプロの人達との出会いがあれば、もっと面白く、もっと手に負えないものになるのだと信じている。

創作大賞がキッカケになり、もっと多くの彼女の作品が多くの人に届くようになり、読まれるようになることを願います。

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