フラッシュバックと自己嫌悪と罪悪感と気持ちの悪い親と私

過去の感覚が今でも蘇る

フラッシュバックがこんなに恐ろしいなんて思わなかった。日常のあらゆるところに骨折のような事故があるなんて思っていなかった。高速道路で反復横跳びをするような行為をすることが人と同じことをすることだなんて私自身も思っていなかった。

家にいれば親からの叱責、学校に行けば同級生からのいじめ。どこにいても痛い、怖い、苦しい、悲しい、許せない、許せない私がよくない?私が何に許されない?明日も学校に行けば死ねと言われる。その子は許されるのに私は許されない。

そんな学校で自信を持ってやる気を出していろんなことに挑戦して欲しいという大人の言葉が辛かった。私は地雷に囲まれているのに踊って見せよというのが信じられなかった。やっても笑われるし、怒られる。やらないと親から怒られるし捨てられる。

誰か私を家と学校の往復から連れ出して欲しい。私の記憶、私の頭の中から学校と家の存在を消し去って欲しい。もう戻らない。身体が神経が心が感性が願いごとがあの場所で歪んでから何も戻らない。

母の理想像

親は私に夢見がちで嘘吐きだというけれど私の夢はいつだって母が知らない世界にしかない。母に言っていたことはいつだって現実だった。小学校では同級生がいじめを常に誰かしらに行っているし、悪口が話題の中心だし、女子グループ同士が常にいがみ合っている。母の中では仲良しで卑屈な私が勇気を出して歩みよれば優しいみんなと仲良くなれるなんて馬鹿げたことを私の希望さえ無視して押し付けてきた。母が読んだわけでもないが、頭の中は本気で外がまんがタイムきらら時空だと思っている。

苦しい。一人になりたい。私はただ学校で勉強して先生に褒められてたまに持ち帰ったテストの点数で親に褒められればそれで充分だった。こどもちゃれんじをやった後に、好きな作品のことを考えていれば楽しかったし、父が買ったゲームと録画したアニメがあれば暇はたくさん潰せた。

それなのに母のエゴで友達といる時間を押し付けられた。楽しいことや上手くいったこともそれなのに貴方は友達と仲良くしないって一蹴りされる。私が趣味を楽しんでいる時の顔は偽物の笑顔で人といて笑っている時の笑顔が本物の笑顔だなんて身の凍るような話をする。要するに母は私の趣味を否定して母の理想の動きをして欲しいのだ。

母は私が身勝手だとか我儘だと言うが、私の余暇にまで指図をする母の方がよっぽど我儘だ。母は私の小遣い制度を始めたし小遣い帳も買わせたと思ったらすぐにやめた。それは私がゲームソフトやゲームハードを買う為に貯金することが気に食わなかったからだ。一時期小学校の担任がゲーム脳の概念に触れて、私のゲームの話をゲーム脳だと言いながら聞いてくれていたことを思い出す。ゲーム脳の話を信じている先生の方がマシだと思うほど、私は私の好きという感覚をチクチクと母から否定され続けていた。私は今でも自分は間違っているとか、自分は死んだ方がいいのではとか、そうした感覚が頻繁に浮かんできて苦しくなる。友達という概念を押し付けられたことが強烈なトラウマになっている。勉強を押し付けられて苦しんでいる人は良く見るけど、友達作りを先生ではなく親から押し付けられて苦しんでいる人ってどのくらいいるんだろうか。

親と子供の性の関わり

男の同級生が好きなのかと父も母も自分を笑いものにするためのネタにしてきた。汚らわしかった。ヒソヒソと男女関係の話をしている小学校の同級生と同じような行為を親がしてくることが心底嫌だった。人と交流しろというのにいざしたら笑いものにしてくることでさらに嫌悪感が増した。関わっても関わらなくても結局私は安全にはならなかった。

男のような名前をつけられていじめにあって苦しんでいる私を余所に○○どんとかトドみたいなふざけた呼び方をしてくる父が、隙ありとふとももや尻だけはふざけて触ってくるのが嫌だった。私は毎回驚いて疲れた。よくよく考えてみると隙の作れない家なんて最悪すぎる。それでも豹変して怒鳴られるよりは笑ってるからマシだと思わせるのがさらに嫌だ。人は尊厳を守るために怒るべきだと言うが、常にフラッシュバックに迫られ感情的になっているはずの私がこの話に対してだけは感情が鈍る。漠然と詰まったような状態になる。私はあまりに精神的な搾取をされすぎているらしく、身体的な搾取がボディタッチくらいに留まっている父の言動に大したことはないと思ってしまう。性被害が及ぼす悪影響などの理屈で間違ったことだと言えるだけで、私自身の心は今もなお追いついていない。

私がトイレに行こうとしても父が扉を閉めさせず、私が失禁するところを笑った父はどう考えても下劣で異常だった。だけど普段は私ばかりを責める母が父を蔑んだまなざしで見つめたことの衝撃が強くて他の感情が消えた。母が母として機能した唯一と言ってもいい瞬間だった。

母が許し母が罰してきた

いじめからもそうやって守ってほしかった。プールで水を掛けられて苦しんでいる時も見ていないで助けて欲しかった。受けた被害が事実だと信じて欲しかった。いじめの加害者を許すように諭さないで欲しかったし、許さなかったり苦しんでいる私の人格否定をしないで欲しかった。私が父より母が憎いのは加害者を母が一方的に許した挙句、私の怒りなどの感情を責め立てたからだ。母は精神的に執拗に私を殺した。あの一瞬をよすがにするには私の周りには悪意が多すぎるし、それだけの頻度があってなお助けてくれることはなかった。結局のところ、母は祖母の葬式に遅れた原因だとしている父が嫌いなのであって、外はきらら時空だと信じて疑わないからだ。

私が父のことでは心が騒がないのは偶然にもケアがあった希少な事柄だったからなのだろうか。本当は他の被害もこういう守ってくれる人がいたら私は酷いフラッシュバックにならなかったのかもしれないのか。性的な被害は解離を起こしやすいという話から私は無意識に感覚を切り離してしまっているだけなのだろうか。それとも怒りが出来事の多さのあまり追いついていないだけなのだろうか。

身体と心が過敏な日々

フラッシュバックを抑えるために神田橋処方を飲んで暮らす。加えて寝つきが悪いと漢方をさらに貰っている。もう甘草の量が怪しいので市販薬の利用には限りがあるだろう。それだけ薬を飲みながらも私は自己嫌悪が消えないし、残った恐怖や身体の反応に付きまとわれ続けている。

私は今でも無気力に過ごしている。人と関わることを恐れて隠れるように過ごしている。こうして文字を書いて入ればいつか消化しきれるのか、それとも身体の一部となって消化するしないではなくなっているのだろうか。フラッシュバックというきっかけのないものはどうにかしても、自己嫌悪や罪悪感というものは簡単には消えない。私は心地よさを感じる機会を増やさなくてはならないらしいが、自分が嫌いなのに自分の言葉を嬉しくは思えないし、自分を傷つけたい衝動が増すので身体的アプローチも困難だ。ミルクティーを飲みたいのにカフェインの反応が危ないので飲めない。私の身体はそれほど何なら受け付けるのかわからない状態でいる。

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