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サイコロシアン・ルーレット #12

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ミハエルが指を鳴らす。黒服の2人が台車を押して入ってくる。その後ろにシンシアが続く。

(だいぶん……減ったな)

タグチは何故か胸の苦しさを感じた。所詮は赤の他人。その上卑劣なギャング。悲しむ義理なんてないが、それでも何故か悲しい。

(……いや、きっと重いのが嫌なんだな)

そう考え、自身を納得させる。彼は不機嫌なドレッドとともに、名前も知らない死体を乗せていく。シンシアは睨み合う2者の間を通り抜け、スコアボードへ。ラルフは目で追わぬように努めた。

「1、0、1……」

ゴルデルが数字を数える。ミハエルは感心したように言った。

「綺麗に並んだものですね」

「フン……冷たいもんだな。奴はお前の右腕と聞いてたが」

「さて、何のことでしょう?」

ミハエルは目を細めた。この時点のスコアは互いに同じ。2人死に、1人が生き残った。これで生き残りは6名。義務を残すのは4名。

(嘘……)

睨み合うボスを他所に、リーズはスコアを見て顔を青くしていた。もしかせずとも、このままでは4人目で決着がつかないのでは? あたしが参加する? この狂ったゲームに? 血の気が引いていく。

「それで次は?」

びくりと身が震える。違う、まだ4人目。まだ無関係だ。まだ? いや、絶対に無関係だ。このあたしは。

「こちらはクラーク君を」

「ラルフが行く」

目配せ。ラルフは立ち上がり、絞首台へ向かう不遜な死刑囚のように堂々と席へ。対岸からは黒髪とメガネの青年。気の毒なほどに憔悴しきって……否。ラルフは違和感を覚える。おそらくは、薬切れ。

(哀れなものだな、お前も俺も……)

ラルフは平静を崩さない。独白が表情に表れるほど彼は若くなかった。

「で……どっちが先だ?」

代わりに、彼は対戦相手へと親しげに笑いかけた。


◆ ◆ ◆


死体を押している間、3人は無言だった。タグチはちらちらと目線を送り、無自覚に口火を催促する。1度目の頃はこうではなかった。だがそれは、彼らの立場が『嫌な役を押し付けられた同僚』同士だったからだ。今は少し、複雑になった。

「ヴィーコだ、こいつは」

1度目の角を曲がり、ドレッドが視線を落としたまま言った。

「知ってるのか?」

「アンタはどうなんだ?」

タグチを無視し、シンシアに問いかける。彼女はおずおずと振り返り、首を振って答えた。

「フン。おぼこのフリは止めないのか?」

「おい、やめろよ」

タグチが毒のある言葉を咎める。ドレッドは止まらず、憎々しげに続けた。

「こいつはな、アンタの仲良しさんとこの幹部だ。ガキの頃から組織にいて、成人してから仕事を手伝い始めた」

「……」

「俺はちょっとばかり調べた……あくまで趣味でな。問題は何故、そんな重鎮がバカな賭け事に命を投じているか……ってことだ」

「分かり……ません」

「分かりません、か。ハハ。少なくともフリは止めたんだな」

ドレッドは欠片も嬉しくなさそうに笑った。

「もういいだろ、この話はやめよう」

タグチが言った。心の底からの言葉だった。

「いや、ハッキリさせておく。口封じにズドン、なんてのは嫌だろ?」

「そんなことは……」

「それをハッキリさせたいってんだよ、俺たちは」

俺たちは。その言葉にタグチは口を挟まなかった。彼らはやがて階段に差し掛かる。面倒だが、死体は片方づつ上に運ばなければならない。そうして一階へ運んだ後は、食材運搬用のトラックに乗せる。ファミリーの事務所に死体を送るのはゲームが終わってからだ。

小さめのビニールシートを床に引き、2人は台車上のアルベルトの体をゆっくりと持ち上げた。頭部の下の血溜まりから、ねっとりとした何らかの……考えたくもない……液体が糸を引く。タグチは吐き気を堪える。その時、シンシアが一歩先へ進んだ。

「……先に駐車場へ行っています」

「話はまだ途中だぞ」

「お話できることはありません」

「それで済むと思うか?」

「思いません。だから……待ってください。この戦いが終わるまで」

「それで納得……」

返事を待たずにシンシアは一礼し、小走りで階段を上がっていく。ドレッドは舌打ちした。

「あの女……! オイ、後は任せたぞ!」

唐突に死体から手を離す。アルベルトの頭部が床に打ち付けられ、液体がさらに垂れた。

「ヒィ!」

タグチが反射的に悲鳴を上げる。構わない。ドレッドは女の後を追う。

「待て!」

背中に言葉を投げる。シンシアは足を早め、拒絶を無言で示すと駐車場へのドアを開けた。その裏から腕が伸び、彼女の体はドレッドの目の前から消えた。

「なっ……!?」

ドレッドは足を止める。女がもがいたのか、ドアに何かがぶつかる音。若い男の笑い声。ギリ、と歯噛みする。何が起きている? あの女の敵……すなわちブルーオーシャンの何者かが、彼女を始末しに現れた?

ギャングの争い事になど首を突っ込みたくはない。見て見ぬ振りをするのが賢い選択なのだろう。だが……まだ何一つ納得していない。奴らの間で何が起きている? あの女は何のために潜入している? 兄の死をもたらした連中が何故今ものさばっている? 自身の中でとうに折り合いは付けた。だがこれ以上秘密を増やされて黙っていられるか!

「誰だ!」

ドレッドは影に問うた。狂った笑い声が答えた。彼は駐車場に飛び出し、ナイフを持った男がシンシアの首を肘で締め上げているのを見た。

(こいつはさっきの……死に損ないか!)

「動くんじゃねえ! 動いたら殺すからな!」

口角から泡を飛ばし、ヨハンが怒鳴った。口をぱくぱくとさせ、シンシアが男の腕を掻き毟る。

「……何が目的だ?」

「車の鍵だ。鍵を寄越せ! 金もだ!」

「車だと? こいつの命じゃないのか?」

「何言ってやがる、早く鍵だ! こんなシケた町とはオサラバすんだよ!」

陰謀とは無関係ということか? ドレッドは舌打ちする。その時、廊下の奥から声。タグチだ。台車を放り出し、こっちへ……

「ドレッド! 何が起き……」

「馬鹿、来るな!」

ドレッドはそちらを向き、手で静止した。ヨハンはそれを好機と見た。ナイフを振り上げ、襲いかかる!

「ケヒィーッ!」

人質を捨て、目の前の男にナイフを振り下ろす! だが遅い! 即座に鬼の形相のドレッドが振り返る! 目を剥く暇もなく、怒りに満ちた拳が顔面を捉らえた!

「……ドレッド!」

忠告を受けたタグチは1分ほど待ち、それから恐る恐る同僚の後を追った。到着した時、駐車場には地にのびたヨハンと、舌打ちするドレッド、そして地に膝をつき必死に呼吸するシンシアの姿があった。

「シンシアちゃん!? オイ、ドレッド……」

「ただの馬鹿だ。馬鹿が暴れた」

ドレッドは唾を吐き捨てた。弱すぎる。アウトローと言えど、ヨハンは所詮引きこもりを卒業したてのガキに過ぎない。日常に鍛え上げられた労働者の拳を耐えられるはずもなかった。

「それより……重要なのはアンタだ」

「そうだ、シンシアちゃん!」

タグチは駆け寄り、彼女の背を撫でた。彼女の息遣いは次第に落ち着き、やがて自らハンカチで涙と涎を拭った。

「さて、思いもよらぬところでデカい借しが出来たが。……話せるな?」

シンシアは浅く呼吸し、首を振った。

「それ、だ、けは、死ん、でも……」

ドレッドは舌打ちした。強情な。だが、彼女はかすれた声で続けた。

「……でも、1つ、だけ。私たちの、計画が、成功、すれば……この町から、ドラッグは、無くなり、ます」

【続く】

それは誇りとなり、乾いた大地に穴を穿ち、泉に創作エネルギーとかが湧く……そんな言い伝えがあります。