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溜まった先から怒れ

怒りは火薬に似ている。溜め込めば溜め込むほど爆発しやすくなり、一度爆発した時の威力も凄まじい。反面、溜め込まなければ爆発の威力はさほどでもない。

火薬は、特定の何かへ向けられた指向性のエネルギーではない。方向性のない純粋なエネルギーだ。誰がどれだけ溜め込ませようと、爆発の威力を受けるのは、それを爆発させた人間だけだ。『キレる』という言葉の背後には、こういうプロセスがあるのだろう。

当然ながら、キレることは好ましい結果を生まない。周りの人間も、キレた当人もそうだ。当初は『スッキリした、解放された』と感じるかもしれないが、すぐに人間関係もスッキリしていく。誰も火薬を溜め込んだ背景に気をかけてなどくれない。君子危うきに近寄らず。それで終わりだ。

では、キレないためにどうするべきか? それは怒りを溜め込まず、こまめに処理していくことだ。「エッでも周りの人が迷惑するから……」などと考えてしまうかもしれないが、別に誰彼構わず怒れ、とかコンビニや飲食店の店員に怒鳴れ、とかそういう迷惑行為を推奨しているのではない。

処理の方法はいくらでもある。前述の通り、溜め込んだ怒りというのは指向性のないエネルギーだ。何にぶつけようが消費されるのは同じだ。ならば対象が人である必要はない。物である必要すらない。口に出す。紙に書く。それだけでも構わない。

「そんなことでこの鬱憤が無くなるか!」と思われるかもしれないが、これが意外と無くなる。何故ならこれらの行為の本質は、行き場を失ったエネルギーを外へ向けることにあるからだ。なんならカラオケの個室で叫んだり、バットを(人を殴らないように)振り回しても構わない。怒りを込めさえすれば、これも本質は同じだ。

風呂の残り湯を処理する時、バケツで何往復もして汲み出したりはしないだろう。栓を抜いて、水が無くなるのをのんびり待つはずだ。それと同じだ。怒りの総量がどれだけあろうと、重要なのはそれが流れる『穴』を空けてやることなのだ。そうすれば、時間が怒りを流してくれる。

怒りたい時にどうするか

溜め込んだ怒りをどうするかは先ほど書いたが、ここではその前に触れる。すなわち『怒るようなシチュエーションに置かれた時にどうするか』だ。

まず、何でもいいから自分に理由をつけ、その場から離れることだ。これは仮病でも嘘でも社交辞令でも何でもいい。ズルくもない。目の前の連中にドロップキックするより遥かに平和的で、卒業アルバムをお茶の間のオモチャにされることもない。

それでも離れられない、どうしてもその場に留まらなければいけない時は、そこから逃げる時のことを考えるといい。そしてその間も、隙あらば逃げられるかどうかを見定めることだ。逃げる場所はいくらでもあるし、その権利もある。

逃げることで何かが失われるかもしれないが、ハナから切り捨てず、その可能性を天秤に乗せておくべきだ。人間にとって最もストレスな状況は、命が脅かされることだ。大げさと思うかもしれないが、逃げられない状況で責め立てられる時、そういう風に体が感じてもおかしくはない。

『自分には逃げる権利があり、こうやって逃げることができる』そのことを常に意識に留めておくといい。少なくとも逃げた先に、全く同じ状況は存在しない。似た状況になったとしても、所詮は一度逃亡という形で勝った状況だ。大した相手ではない。

ちなみに相手のいいところを考えるという手段もあるが、これはあまりオススメしない。何故ならその時、すでに目の前の相手に怒っているからだ。そんな頭で悠長にいいこと探しなんて出来るはずがない。

まず一度その場から離れ、冷静になることだ。相手の言い分を吟味するのは、それからでも遅くないだろう。

いっそのこと怒れ

最後に逆の話をするが、もし一度も怒ったことがないのなら、今すぐでも怒れ。ここでの『怒る』は心の中でおさまる話ではなく、ちゃぶ台を返して怒鳴るような怒りのことだ。不満を吐き出すことは一度体験するべきだ。

自分を苛むことは誰にも迷惑をかけない。だから手軽だし、そうして怒りを処理することでいいことをしたような気にすらなってくる。だが止めた方がいい。代償のない行為など存在しない。自分を苛むことで失われるのは、自分自身の怒りだ。あって当然の感情であり、大切な感情だ。

怒るべき状況になっても『私は怒られて当然の人間だ』なんて思い込み、誰にも文句を言わない。周りからはいい人と思われるかもしれないが、それで何かが解決するわけでもない。そこにあり続ける歪みに対し、誰かが責任を全て肩代わりしてあげているだけだ。

その誰かがいなくなれば、次の誰かが充てがわれ同じようなことが起こる。そしてその誰かが『怒られて当然』だなんて割り切れるかはわからない。
苦しみに耐えかね、逃げることもできないかもしれない。

それでも周りは全てを押し付ける。『あの人は耐えてくれたのだから、お前の我慢が足りない』と。

だから、怒れ。受け入れられるものは受け入れ、本当に駄目なものからは逃げろ。自分を痛めつけないでくれ。逃げたことを気に病む必要はない。何もかも受け入れられる人間などいないのだから。

まとめ

怒らないのは美徳だが、怒りを持たない人間などいない。誰しも大なり小なり不満を持ち、それを抱えて生きている。だからむしろ怒れ。怒って、そのエネルギーを溜め込まないことだ。ただ、その手段だけは注意深く考えなければならない。

怒りは火薬だ。そのエネルギーは外へと向けよう。ただ発散するだけでもいい。だが、それでエンジンを回せる。金鉱を掘り当てられる。ロケットを打ち上げられる。何かを作り出す事もできるそのエネルギーは、自分だけの財産だ。

(おしまい)

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それは誇りとなり、乾いた大地に穴を穿ち、泉に創作エネルギーとかが湧く……そんな言い伝えがあります。